高山 明さん(演劇ディレクター/アーティスト)♯1
立場の交換を生む装置としての演劇を

鳥取県立博物館では、シリーズ企画展「ミュージアムとの創造的対話04 ラーニング/シェアリング ―共有から未来は開くか?」が、2023年11月26日-12月28日の会期で開催されます。本展の参加アーティストのひとりである高山明さんに、本展の出品作品である『マクドナルドラジオ大学』についてうかがいました。


- 今回、鳥取県立博物館の企画展で展示される作品について教えてください。

高山:今回展示するのは『マクドナルドラジオ大学』というプロジェクト型の作品で、2017年に、ドイツのフランクルトで始めたものです。

2014年頃から、フランクルトだけでなくヨーロッパ全土に、シリアやアフリカ、アフガニスタンなど、様々な国から難民が大挙して押し寄せるという「欧州難民危機」と呼ばれる問題が起きていました。当時、僕はフランクルトのアートセンターでアソシエイト・アーティストをやっていたのですが、演劇や美術館、劇場といったアートの側面から、この危機に対してどういう風にアプローチすればよいか模索していました。何かやれないかと。

色んな人にインタビューする中で分かってきたのが、どうも難民の人たちは、大体ギリシャに入って、「バルカンルート」というルートを通って、何週間、何カ月もかけてヨーロッパにやって来ているということでした。

そうして、彼らがヨーロッパに辿り着くと、ドイツの場合、難民には食事や住居が無償提供されるなどの保護が受けられる代わりに、ドイツ語やドイツの慣習を勉強することが課せられます。つまり、勉強を続けている限りはドイツにいて良いが、ドイツに同化しないのならば出て行ってくれという方針なんです。

- なかなかハードな条件ですが、保護を受けられるなら仕方ないという気もします。

高山:でも、そうすると、母国で色々やってきた人がドイツ入った途端に、ドイツ語を学ぶだけの「難民」になってしまう。彼らのアイデンティティは別に「難民」ではないんだけれども、「難民」としてしか存在できなくなってしまうという悩みや苦しみを幾人かの人から聞いたんです。「あなたは誰ですか?」というような質問には「ドイツ語のクラスB1です。」と答えてしまうぐらい、「ドイツ語を勉強しなければならない」というのが内面化されてしまっていました。

これでは、ドイツ人はいつも与えるばかりで、難民の人はそれを一生懸命消化して何とか自分のものにしようとする。それでは立場は変わらないと思い、彼らが母国でやってきたことやアイデンティティ、得意なことについて、彼らが講義をする。それを、普段与えているだけのドイツ人が受け取る。そういうプロジェクトをやりたいと思いました。

- なるほど。それがプロジェクト名の「大学」につながるんですね。ただ、「マクドナルド」との関係性がまだ見えてきません。

高山:先ほどのインタビューの中でもう一つ分かったのが、難民の人たちは、ヨーロッパにやって来る途中途中で、マクドナルドに立ち寄るということでした。

というのも、食物は食べられるし、人に会えるし、場合によっては寝たりもできると。拒絶されずに。けれども、一番大事なのがWi-Fiが使えること、そして、スマホの充電ができること。スマホは彼らにとっては生命線で、「今、ここ行くと捕まっちゃう」とか「ここの国境が開いてる」とか、そういう情報をスマホでチェックしながら、彼らは移動しています。あとは、母国に置いてきた家族や友人と話すためにも。

マクドナルドは、ドイツ人はあまり好きじゃなくて。環境に悪いとかジャンキーが集まるだとか、資本主義だとか言って、アートとか劇場や演劇が好きな人は敬遠するんですよね。だけど、難民の人は、みんな行っているし、働いている人もたくさんいる。それなら、普段アートや演劇が好きな人は「多文化共生」とか「多民族共生」とか言ってますけど、もう実現されてるよと、マクドナルドでは。じゃあそこを会場にすればいいじゃないかということで、マクドナルドで、難民の人たちがラジオを使って授業をするというプロジェクトです。

- フライヤーにある写真は、フランクフルトのマクドナルド店舗での実際の作品の様子でしょうか。

高山:はい。写真を見てもらえると分かるんですが、一見、何も起こってないんですね。写真の真ん中でテキストを読んでいるのが難民の人で「教授」です。彼の名前は「Fusein(以下、フセイン)」。授業は「スポーツ科学」で、マラソンについてレクチャーをしています。というのも、彼は、ガーナ出身で、 元々は国を代表するようなとても優秀なマラソンランナーだったんです。

そんな彼の授業をトランスミッターで電波に乗せ、写真左側のお客さん、すなわち「学生」が壁を隔ててラジオで受講するというもの。マクドナルド店内で大っぴらに授業をやるのは駄目だということになり、ラジオで聴くというスタイルにしました。

高山明/PortB《McDonald’s University @Frunkfurt》 2017 撮影:蓮沼昌宏

- どんな授業なのか、もう少し詳しく知りたいです。

高山:そもそも、難民や移民の人たちは、悲惨な経験をしてやってきています。例えば、フセインはマラソンランナーとしてはトップクラスだったのですが、難民船に乗るときに、物のように扱われ、材木で足の骨を折られています、両足とも。そういう経験をしてきた人なんです。

難民や移民の人たちを作品化するといった時には、そういう悲惨な話を取り上げるのがほとんどです。舞台上に難民がいて、自分の悲惨な話を話し、客席にはドイツ人ばかりで、彼らを憐れんでいる。でも、客席の中に難民がいることはほとんどなく、公演が終わった後に立場が交換されるかといえば、そんなことはないんですよね。

「難民ポルノ」と揶揄されたりしますが、難民の人が舞台上で悲惨な話をして、それをドイツ人のお客ばかりが鑑賞しているという光景が、なんだかポルノを楽しんでいるかのように見えてしまってすっごい嫌だった。

フセインも、これでもかというぐらい悲惨な経験を語ってくれましたが、そういうことは話さずに、 彼が一番得意なことは何かといえば、マラソンに決まっているわけです。それならマラソンのことを自慢話としてやってくれと。すると彼は、マラソンとはどういうもので、自分がどのようにして速くなったかとか、何がコツなのかといったことをスポーツ科学として、授業をやってくれました。そうすると、 この人はただ悲惨な経験してるだけじゃなくて、本当はマラソンランナーなんだと、みんなの見方が変わる。ドイツ人が学ばなくちゃいけないという風に、ひっくり返したんです。
※フセイン教授の授業「スポーツ科学」は、今回、鳥取県内全10店舗のマクドナルドでお聴きいただけます。

フランクフルトでは、こういった授業を15人の難民の人たちと1年ぐらいかけて制作しました。その後は、ベルリンや東京、金沢、香港、ブリュッセルで、その街で暮らす難民や移民の人たちと授業を作って「マクドナルドラジオ大学」を開催してきました。

ベルリンでは市内を船で一周するリバーツアーを開催(2018年)


- 今回鳥取で展示される、鳥取で制作されたレクチャーについてお聞かせください。

高山:今回、3人の「教授」による授業を展示します。うち2人は鳥取市在住、鳥取大学の留学生さんで、1人はスーダンから、もう1人はパレスチナ出身です。彼らは博士過程に在籍し、それぞれ機械加工学と昆虫学を勉強しています。母国ではとてもエリートだと思うけれども、母国の状況からしても学べるところが無いということで、日本に来て、鳥取大学で学んで、帰ったら、自分の国のために貢献したいと思っている人たちです。

もう1人が、米子市在住で、日本に帰化した中国出身の方です。彼女は、 語学留学で日本に来て、それからずっと日本で暮らしていて、日本独特の「ムラ社会」的なところにすごく苦労されてきた方で、今はシングルマザーとして頑張っていらっしゃいます。彼女こそ、日本における「難民」ではないかと思います。

鳥取駅南店にて 撮影:田中良子

#2へ続く

※この記事は、令和5年度「県民立美術館」の実現に向けた地域ネットワーク形成支援補助金を活用して作成しました。


高山 明 / Akira Takayama
1969年生まれ。2002年、演劇ユニットPort B(ポルト・ビー)を結成。実際の都市を使ったインスタレーション、ツアー・パフォーマンス、社会実験プロジェクトなど、現実の都市や社会に介入する活動を世界各地で展開している。近年では、美術、観光、文学、建築、都市リサーチといった異分野とのコラボレーションに活動の領域を拡げ、演劇的発想・思考によって様々なジャンルでの可能性の開拓に取り組んでいる。主な作品に『ワーグナー・プロジェクト』(横浜)、『マクドナルド放送大学』(フランクフルト)、『ピレウス・ヘテロピア』(アテネ)、『北投ヘテロトピア』(台北)、『横浜コミューン』(横浜)、『国民投票プロジェクト』(東京、福島ほか)、『完全避難マニュアル』(東京)など多数。

マクドナルドラジオ大学 / McDonard’s Radio University
演劇ユニットPort Bによる町中のマクドナルドを大学に変えるアートプロジェクト。「教授」はなんらかの理由で故国を離れることになった移民や難民で、参加者は「学生」としてマクドナルドに入店し、ハンバーガーやコーラとともに「教授」のレクチャーを注文して聴講することができる。アフガニスタン、シリア、ガーナ、エリトリアなどからやってきた「教授」らによるレクチャーは、自らの経験・知恵・思考が濃縮され、建築・哲学・ジャーナリズム・音楽・スポーツ科学・リスクマネジメントなどバラエティに富んでいる。鳥取県立博物館での企画展〈ラーニング/シェアリング ―共有から未来は開くか?〉では県内在住の3人の「教授」による新しいレクチャーが加わる。
マクドナルドラジオ大学 @鳥取 Informationページ https://www.mru.global/information/


令和5年度鳥取県立博物館企画展 ミュージアムとの創造的対話04
ラーニング/シェアリング ― 共有から未来は開くか?

https://www.pref.tottori.lg.jp/cd04/

会期|令和5年11月26日(日)-12月28日(木)
   休館日:12月11日(月)
   開館時間:午前9時-午後5時(入館は閉館の30分前まで)

会場|鳥取県立博物館(第1・第2特別展示室および中庭)
   鳥取県内のマクドナルド ※高山明作品のみ各店舗の営業時間内に体験できます。

観覧料
【当日】一般/700円(大学生・70歳以上の方・20名様以上の団体/500円)※高校生以下の方、学校教育活動での引率者、障がいのある方・難病患者の方・要介護者等及びその介護者は無料 
【前売り】一般のみ/500円

主な関連イベント
アーティスト・トーク 小沢剛、高山明
  日時:11月26日(日)14時~15時30分
  場所:鳥取県立博物館 講堂
  講師:小沢剛、高山明
  定員:200名
  参加費:無料

高山明による《マクドナルドラジオ大学》イントロダクション
  日時:2023年11月26日(日)午後6時〜6時30分
  ガイド:高山明(Port B)
  会場:マクドナルド鳥取駅南店
  定員:30名(要予約・電話0857-26-8045〈当館美術振興課〉にて受付)
  参加費:無料 ※店舗にてセット商品をお買い上げください

主催|創造的対話展実行委員会(鳥取県立博物館、日本海テレビジョン放送株式会社)

問合せ|鳥取県立博物館
〒680-0011鳥取県鳥取市東町二丁目124 TEL.0857-26-8042 FAX.0857-26-8041(美術振興課 TEL.0857-26-8045)

ライター

梶谷彰男

広島県生まれ、鳥取県育ち。東京大学でまちづくりを学んだ後、鳥取県庁に入庁。認定NPO法人日本NPOセンターに派遣されNPO魂を学び、県内の市民活動の促進や協働の推進に取り組む。青年海外協力隊の制度を活用してジャマイカに派遣され、ノープロブレムな暮らしを満喫して帰国。「おもしろがろう、鳥取」のビジョンを掲げ、人と組織の可能性を開くNPO法人bankup(旧:学生人材バンク)の理事も務める。