吉田恭大(歌人/舞台制作者)#2
匿名性のある歌で誰にでも通る声で、できること

短歌での表現活動に加えて、友人と歌集を扱う実店舗を運営したり、歌集『光と私語』の第1章はウェブ上で無料公開したりするなど、読み手に届ける方法にもこだわりを感じさせる吉田恭大さん。2回目は「ことばを書く姿勢とことばの届け方」について伺いました。

※今回のインタビューは、鳥取大学地域学部・佐々木研究室とコーディネーターの蔵多優美さんによる共同企画「ことばの再発明ー鳥取で「つくる」人のためのセルフマネジメント講座ー(令和2年度 文化庁 大学における文化芸術推進事業採択「地域資源を顕在化させるアートマネジメント人材育成事業」/令和2年度 鳥取大学地域学部学部長経費)」の成果発表の場として設定されたフォーラム「鳥取で出会う表現とことば」第2回(2020年12月14日)で語られたことを元に再構成しています。フォーラム担当の磯崎つばさ、中村友紀、ナカヤマサオリ、水田美世の4名が聞き手です。

ナカヤマ:そもそも吉田さんの言葉はどこに向けて発されているんだろうなって気になっていて。言葉を書くスタンスというのをお聞きしたいです。というのも、今回のインタビューのきっかけとなり場を与えてくださった「ことばの再発明ー鳥取で「つくる」人のためのセルフマネジメント講座ー」を受講している中で、講師として来てくださった詩人の白井明大さんは、「ことばは真っ暗な海の向こうの誰かに向けて書いてるんだよ」って、届くかは分からないけど、必ず届くと信じて、というような表現をされていて。一方、クリエイティブディレクターの大林寛さんは、割とこう誰に届けるかを明確にして、そこにむけて一番効果的な方法で届ける、マーケティング的。私は助産師をしながら、文章を書いたり、短歌を作ったりということをしているんですけれども作品をつくる際に、その狭間で悩むことがあります。例えば、妊産婦さんのため、とか産後のお母さんのため、と意識して、そこに届くような届け方っていうのも、もちろん届きやすいけれども、逆に助産師である私というものが前に来すぎたり、「何のために」「何何に向けて」が強すぎたりしてしまうと、本当に自分が書きたいものととずれてしまうことがあって。その狭間で悩む、課題に感じています。

吉田さんは、割とマーケティング的な考え方も持ちながら、でも吉田さんのことばから誰かに対する忖度みたいなものってあんまり感じないな、バランスがいいなと拝見してるんですけれども、ことばを書く姿勢、スタンスとして意識されていることがあったら教えてください。

吉田:売り方については色々と考えるんですけど、作品そのものに関してはあまり目的とか対象の読者みたいなことをなるべく決めずにやりたいなと思っています。特に『光と私語』については、無名性や匿名性について考えていて、「誰の作品です」「誰に向けてのことばです」というような属性をなるべく外す方向で作りました。作品がニュートラルな方が、色々と二次利用しやすいっていう話もあるんですけれども。
作り手の側としての意識としては、作者としての私像みたいなものを立ち上げたくないっていうのがあります。これは短歌に限らないんですけれども、創作者って、自分の出自とか、人生とかを背負って、積極的に表現する目的みたいなものを持っている方が結構いると思うんですね。
それに比べると、私は特に言いたいことがないというか。作品に自分の人生を背負わせるようなカロリーの高い制作をしたくないんですね。それで匿名性の高い歌、共感できるかできないかくらいのラインで、誰にでも通るような声で何かできないないか、みたいなことを模索しています。模索しておりますが、あまりうまくいってないというか、正直まだまだ難しいですね。
難しいのは何故かっていうと、そこに作者がいて、作品に人生があって、みたいな前提で短歌を読む姿勢っていうのが、一般的というかマジョリティなんですね。そこで違うやり方をしたいんですけど、って異議を唱えるところからやらないといけないので大変面倒くさい。
『光と私語』に関していうと、デザイン面も含めて、作品の中の私性の希薄さみたいなものが、短歌を普段読まれない方に対して歌を届ける時にうまく作用したんじゃないかなと個人的には思っています。成果としては、一定レベル出せたのではないかと。

ナカヤマ:吉田さんの作品の見せ方、届け方ということにも話が関係してくるんですが、先ほど吉田さんが劇場で実践された企画や月一で開いてきた歌会について「目的と手段を転倒させる」とお話しされていましたよね。演劇を観客に届けるために成立させるための舞台あるいは劇場を、いかに演劇が使い倒せるのかを試すためにそれを観せていくような。『光と私語』もまさにそうなのかなって思いました。『光と私語』のレイアウトもかっこいい上に、全3章のうち第1章をネット上で無料公開っていうような形も、非常に斬新だと思うんですね(1)。文字ばかりの歌集だと私には見慣れない部分があるのですが、吉田さんの作品はすごくかっこ良くって、手に取りやすかったですね。一方で長年短歌をしている友人からは、慣れない形で、驚いたという話も聞きました。そういうリスクもある中で、ああいった形にしたり、無料公開っていう届け方というのは、普段手にとってもらえない人に届けるっていうことを意識されているってことでしょうか。

吉田:『光と私語』はいわゆる商業出版ではなくて、リトルプレスとして流通してるので、アマゾンやふつうの書店では買えないんですね。もちろんそれは折り込み済みの上で設計してるんですけれども、実際に手にとってもらう機会というのは中々少ない。
なので実物を手に取ってもらったり、中身をチラ見してもらったり、という機会は自分で出来る限りはなるべく増やそうと思っていました。色々ご縁があって、京都の恵文社とか吉祥寺の百年とか、鳥取なら定有堂書店と汽水空港、独立系の書店さんにも結構置いてもらったし、青山ブックセンターとか池袋のジュンク堂とか、大きいお店にも販路が広がりました。下北沢で「うたとポルスカ」という選書を仲間内でやっているのも、自分の作品を含め歌集歌書の実物を手に取れる場所を増やしたい、という意識からです。
で、『光と私語』は装丁面で大変目立つ本なので。ネット上で多少中身が無料で読めたとしても、実際の書籍、マテリアルとして所有してもらうことに、積極的に意味を見出せるかなという自信があります。それで、本は本として、気に入ってもらった人に買ってもらうとして、データは無料公開しよう、と。本当は全部公開する計画もあったんですけど、版元と色々検討して。3章のうちでは第1章が一番読みやすいので、これを公開しよう、ということになりました。
あとは単純に、私が新人賞だったり分かりやすい評価や知名度がないので、色々新しい仕掛けをやっていこう、ということは色々意識的に、相談しながら作りました。

ナカヤマ:吉田さんの話を伺って、得意なことは得意な人にお願いするっていうことは大切だなと。私は自分の作品において、全てをセルフプロデュース、セルフマネジメントをしなきゃいけないのかなと思ってたんですが、吉田さんは周りの方と協力しながらやっとられる。周りにいろんな方がおられる吉田さんだからできる方法なんだなぁと思って、すごく面白いなと。

吉田:そうですね。例えば、演劇のスタッフは分業制です。音響さんがいて、照明さんがいて、舞台監督さんがいて……いう風に分業しているんですけど。文芸の創作分野も、なるべく専門の人に発注したほうがいい気がしています。一緒に何かつくる機会も増えるし、自分の勉強にもなるので。パソコンがある程度使えれば、ネットで作品を発表したり、同人誌を作ったり、っていうのは独学でもどうにかなるんですけど。そこから先の、例えばデザインとか組版とかっていうのは、専門のスキルだなって思うので、なるべく他の方にお願いしています。昔は自分でも色々やってみたんですけど、やっぱり見栄え的にも人にお願いしたほうがよかったですし。

ナカヤマ:2020年3月号の「短歌研究」という雑誌に「歌人、我が本職を歌う」という回があり、そこで舞台制作者として吉田さんが歌と短文を掲載されていたのを拝見しました。先ほど、ニュートラルで、無名性、匿名性で作歌する、あまり個人みたいなものを出さないように意識されてるっておっしゃってましたが、舞台制作者をされている吉田さんだから書ける歌であると思います。やはり「その人」みたいなとこは、引く、出さないっていう点は共通してるんでしょうか。

吉田:短歌研究の作品自体は、依頼原稿だったので……別に隠してるわけでもないんですけど、個人の素性や自分の身の上って作中で積極的に明かしたくないんですよね。しかも「本職を歌う」っていうのは、そもそも短歌創作は本職とは言わないのかとか、色々と個人的に納得いかない点もあったんですけど。
この時は依頼は「具体的な作者像のある短歌を作れ」って言う話だったので、その条件を使って自分が何をできるか考えて、まずその設定を詰めた上で、作品を組み立てました。だから多分、体裁としては職業詠だけども、なるべくあまり我を出さないようにとか、自分が動かないようにしとこうかな、とか。色々な調整をしていると思います。

ナカヤマ:私も短歌をつくる上で、同人の方から、助産師である私だから書ける歌、私にしか書けない歌があるって風に言われました。さらけ出さなければならない、って思ってる部分がありました。いろんな歌作ってる方がいらっしゃいますが、その職業詠を出したとしても、ある意味ちょっと引いたっていうか、こういうのもできるんだというか、いろんなスタイルを自分が持ってればできるんだなぁっていうのを感じて面白かったです。

吉田:ありがとうございます。

#3へ続く

聞き手:ナカヤマサオリ
写真:水田美世


1.犬のせなか座のウェブサイト中『光と私語』特設ページにて第1章が無料公開されている。https://inunosenakaza.com/hikaritoshigo.html


吉田恭大 / Yasuhiro Yoshida
1989年鳥取市生まれ。中学生の頃から作歌をはじめる。2007年より塔短歌会所属。早稲田大学文学部在学中は、早稲田短歌会、劇団森に所属。2017年4月より北赤羽歌会を運営。2019年、第一歌集『光と私語』をいぬのせなか座より刊行。同年より、一箱書店・ウェブサイト「うたとポルスカ」を運営。2020年より、日本海テレビ「いっちゃん歌会」選者。

ライター

磯崎つばさ

1981年福岡生まれの一男一女の母。大山町在住。学生時代はイスラムを学び、その後百貨店バイヤー、編集・ライターとして働き東京から鳥取へ。風呂のない家に移住し、風呂を夫に作ってもらいました。大山町に来て一番興味深いのは郷土史。史跡巡りの会にも所属しています。憧れの人はフリーダ・カーロ。photo:YUSUKE SHIRAI