吉田恭大(歌人/舞台制作者)#3
体験や行為のかけがえのなさと、人間そのものの“かけがえのなくなさ”

鳥取市を拠点に開かれていた歌会「みずたまり」や、演劇での育成にも力を入れる「鳥の劇場」、人文書の読書会やミニコミ誌づくりで通った「定有堂書店」など、10代の頃から地元鳥取で貪欲に作り手との交流の場を得てきた吉田恭大さん。最終回は「ご自身をかたちづくってきたもの」について伺いました。

※今回のインタビューは、鳥取大学地域学部・佐々木研究室とコーディネーターの蔵多優美さんによる共同企画「ことばの再発明ー鳥取で「つくる」人のためのセルフマネジメント講座ー(令和2年度 文化庁 大学における文化芸術推進事業採択「地域資源を顕在化させるアートマネジメント人材育成事業」/令和2年度 鳥取大学地域学部学部長経費)」の成果発表の場として設定されたフォーラム「鳥取で出会う表現とことば」第2回(2020年12月14日)で語られたことを元に再構成しています。フォーラム担当の磯崎つばさ、中村友紀、ナカヤマサオリ、水田美世の4名が聞き手です。

水田:吉田さんは中高校生の時に、短歌の会に参加され、そこで短歌と出会っていたり、「鳥の劇場」(1)でワークショップに参加し、そこで演劇にも出会ったということを伺っています。『光と私語』(2)を私も拝読し、吉田さんの周りにいる人々の気配、他の人の気配というのがたくさん、でもしつこくない程度にやんわりと出てくるなと感じました。
例えば、第1章の一番最初、「外国はここよりずっと遠いから友達の置いてゆく自転車」とか、「日が変わるたびに地上に生まれくるツタヤの延滞料の総和よ」だとか。後者の歌は、おそらく、自分が延滞してしまい、料金が嵩むんだけど、同じような人が他にもたくさんいるんだろうなっていう想像をしている情景を歌っておられますよね。第3章の最後に掲載されている「待つ犬の周りで何かを待ちながら私たちあなたたち拍手を」という歌についても、他の人を想像させるような感覚とか、他の人の雰囲気っていうのを度々感じます。
周囲の人々や、演劇で関わっておられる方々だったり、歌会で関わっておられる方だったり、たくさん人が周りにいると思いますが、そこからの影響というものをご自身でどんな風に感じられていますか。

吉田:そうですね、鳥取の話からすると、「みずたまり」という歌会だったりとか、「鳥の劇場」だったり「定有堂書店」(3)だったり、色々なことを教えてくれる大人の人がたくさんいたということが、すごく恵まれていた思っています。文化資本みたいな言い方はあまりしたくないですけれども。
特に映画とか演劇について、鳥取にいて観れる範囲って都市部と比べると相当限られてきますよね。そういう状況で、例えば 映像を貸してもらったりとか、本を薦めてもらったり。直接的な鑑賞機会だけじゃなくて、資料や情報にアプローチするためのアタリの付け方、レファレンスの仕方をなんとなく教えてもらったというのが一番財産になったかなと思います。それは短歌の読み方もそうですし、興味のある方向に対して、どういう掘り下げ方をすればいいのかっていう勘ですよね。特に上京して、文学部に入ってから役に立ったと思います。

作中の他者の話についてですが、今挙げていただいた歌なんかにも、それぞれそのモデルというか、きっかけとなった体験があります。例えばこの自転車の友達っていうのは、千種創一って言うんですけど……っていう風に解説やネタバラシはやろうと思えばできるんですけれど、それがあまり意味を持たないようにしたいっていうか。
歌の中で、かけがえのないのは体験だけであって、そこに出てくる友達や恋人、私たちは割とどうでもいい、”かけがえのなくないもの”と思っています。歌の中で、捕まえられた一瞬の気配とか感覚とか、感情についてはクローズアップしていきたいけれど、付随する状況、相手が誰かとかその時の私が何者なのかとか……については割とどうでもよくて……それが多分、匿名性の話に繋がるんですけど。

体験とか行為のかけがえのなさと、人間そのものの”かけがえのなくなさ”の組み合わせについて考えています。なので、作中のわたしとか、友達とか恋人とか妹とかっていうのが、どこまでも代替可能であった方が、居心地がいいのかなっていう気がしていて。ツタヤの歌とかもそうなんですが、人間そのものよりも、人間が動くシステムであるとか、人間が晒されている環境、電車に乗って運ばれていくとか、そういう現象や体験そのものの方が、個人的には素敵なものだと思っていて。なので人間そのものよりもその気配だけ抜き取って、そこに置いておきたいていうことは考えますね。

水田:登場する人の固有性を限りなく省くことで、読み手をその場所に誘い込むようにして情景をそのまま見せていく、そんなふうに感じました。それが人間の感覚のかけがえのなさを伝えることに繋がっているのですね。
鳥取のことをもう少しお聞かせください。第2章の中に、末恒、宝木、浜村、青谷っていうタイトルで作品が出ていて、山陰本線の駅名の並びだと思うんですが、今鳥取を離れて暮らしておられて、今住んでるところではない鳥取は、ご自身の中でどんな位置付けなのでしょうか。

吉田:「末恒、宝木、浜村、青谷」の連作は、結構鳥取の方に興味を持って読んでいただくことが多くて、ありがたい連作ですね。
もともとの発想は、路線図を見てて、スエツネホウギ/ハマムラアオヤ……、五七五七七の七七の部分に当てはまるじゃんって思いつきですね。思いついたので作りました。
あとは、地名を使った歌としてどう作るか……私は割と地名を詠み込んで作品を作ることが多いんですけど、知らない土地を詠うことって結構大変なんですよね。取材して素材を探したりとか、あるいは言葉だけで妄想を膨らませたりとか色々準備しないといけなくて。
でも鳥取のこのへんだと、自分が住んでいたってこともあって、大体使えそうな情景がインプットされているので、無理なく使える。無理なく詠める土地っていうのが、今のわたしにとっては東京と埼玉の極一部と鳥取にしかないので。それくらいの距離感です。なので故郷とか、懐かしさみたいな感じでは、あんまり作っていないんですけれども。なので、もし今後どこかに引っ越したら…例えば北海道に引っ越したら、北海道の歌を詠めるようになるかもしれないですし。その意味で、詠める土地、私が分かっていると言えるくらいの時間そこにいた土地っていうのは、やっぱり今のところ鳥取が一番だなと思います。

水田:情景が自然に浮かぶっていうのは、吉田さんが歌をつくる中で割と大事な条件になっているのでしょうか。


吉田:そうですね。だからなんだろう。頑張らなくていいっていうのが割と大事で。例えば横浜に行って横浜の連作を作りなさいみたいな話があれば、もちろん横浜行って、頑張って作るんですけど。その辺で負荷をかけると、負荷をかけた形の歌にしかならないってのがあって。そこをニュートラルにできるのは、わたしは自分の想像力の範囲で言うと、住んでいる街、住んでいた街だけなので。それは属人性というより描写の技術的な問題で、多分弱点だと思うんですけれども。

水田:吉田さんの言葉の中には、他人とは信頼に値するものだという心持を感じますし、それはとても安定感というか安心感というのでしょうか、そういうものがあって、そこは絶対的な強みだと私は思いました。
これまでの話にもあったように吉田さんの歌会や演劇の場の作り方、そして自分が自分の表現をゴリゴリやるっていうことではなくて、他の人に、得意な人に委ねていく、委ねた上で一緒に何か作り上げていく方が面白いし、いいものができるんじゃないかって発想っていうのがすごい素敵だなと思いましたし、新しいやり方なんじゃないかなっていうのを感じています。吉田さん的には、新しさというか、そのことは考えながらやっておられるんでしょうか。

吉田:場作りの話で言うと、もともと私は創作よりも鑑賞、読書とか観劇とか受動的な活動の方が好きだったんですね。その上で、よりいい読者に、よりいい観客になるためにはどうすればいいのか。あるいは自分が面白いと思うものをどうやって探していけばいいのかっていうことを考えて、現状それを仕事にしてしまったんですけれども。
だから自分が面白いと思う作品を最初の読者として、最初の観客として味わえる。ある意味すごい贅沢なポジションにいたいというのがあって。歌会も、その新しい歌が生まれる場ですし、あるいは演劇の作品を作る、企画するときも、その作品が生まれる場所に立ち会うことになるんです。

自分が面白いと思うものが、例えばもっと市民権を得て、より多くの人に届くようになればいいと思う。そういうすごいエゴイスティックな布教?的な普及活動として、自分の面白がれる視点のために場を運用しているみたいな。ちょっと露悪的な言い方になるんですけど。割とそういう属人的なエゴでやってるな、という風に思います。
で、それはあくまで属人的な好みだからこそ、積極的に割といろんなものを面白がれるようにはしておかないきゃいけないな、とも思っていて。勿論自分が気づいてないものを面白がれるようになる可能性、タイミングっていうのはたくさんあると思うんですよね。それは例えば、歌会の作品を批評する議論の中で出てきたりとか、思いもよらない人と一緒に仕事をすることによって気づかされたりとか。色々きっかけはあると思うんですけど、そこで自分の好みに頑なになって、チャンネルが減ってしまうと損だと思うので。結果的にいろんなものを面白がれるようになりたい、っていう意味で、自分の知らない色々な人と場を作っていきたい。そして色々な人と場を作る中で、自分がいいと思うものを普及していきたい。ちょっと矛盾した言い方になるんですけど、そういう双方向の力について最近は考えています。

水田:自分が面白がれるものを増やしていくために場所を作っていくっていうのは、他者を信頼しつつ自分の好きを広げていくということなのだなと、お話を伺いながら感じました。

吉田:今は色々なジャンルに対して、一応ある程度の視座があるつもりなんですけど、これから私が思いもしないような下の世代が出てきた時が正念場かな、という気もします。もしかしたら自分が面白がれない優れた作品っていうのが、今後ぞろぞろ出てくる可能性は充分にあって。そういう時にこそなるべくチャンネルは保っておきたい、アンテナを張っておきたい。そういう気持ちもあります。

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聞き手・写真:水田美世


1.鳥取県鳥取市鹿野町の廃校になった小学校と幼稚園を劇場に変えて、2006年から演劇活動をスタート。劇団名でもあり場の名前でもある。演劇創作を中心にすえ、国内・海外の優れた舞台作品の招聘、舞台芸術家との交流、他芸術ジャンルとの交流、教育普及活動などを行う。http://birdtheatre.org/
2.2019年に刊行された第1歌集。
犬のせなか座のウェブサイト中『光と私語』特設ページにて第1章が無料公開されている。https://inunosenakaza.com/hikaritoshigo.html
3.鳥取市に1980年に開店した書店。訪れた人と本との出会いに様々な工夫がされており、全国の本好きや書店員が「聖地」と呼び訪れる。http://teiyu.na.coocan.jp/


吉田恭大 / Yasuhiro Yoshida
1989年鳥取市生まれ。中学生の頃から作歌をはじめる。2007年より塔短歌会所属。早稲田大学文学部在学中は、早稲田短歌会、劇団森に所属。2017年4月より北赤羽歌会を運営。2019年、第一歌集『光と私語』をいぬのせなか座より刊行。同年より、一箱書店・ウェブサイト「うたとポルスカ」を運営。2020年より、日本海テレビ「いっちゃん歌会」選者。

ライター

磯崎つばさ

1981年福岡生まれの一男一女の母。大山町在住。学生時代はイスラムを学び、その後百貨店バイヤー、編集・ライターとして働き東京から鳥取へ。風呂のない家に移住し、風呂を夫に作ってもらいました。大山町に来て一番興味深いのは郷土史。史跡巡りの会にも所属しています。憧れの人はフリーダ・カーロ。photo:YUSUKE SHIRAI