来間直樹さん(AIR475代表)
#2 ホワイトキューブの中だけでなく、県内全域のアートプロジェクトへ

まちにアートを介在させることで魅力や価値を高め、そこに暮らす人々が誇りを持てる場所づくりを目指すAIR475(エア・ヨナゴ)。鳥取県立美術館の開館にあわせて構想しているという「加茂川芸術祭(仮称)」のこと、美術館の外側だからこそできることについて伺いました。


- 加茂川芸術祭のお話を聞いて、すぐに瀬戸内国際芸術祭が思い浮かびました。以前、ベネッセミュージアムに行って四国を回ったときに、鳥取と街の雰囲気がすごく似ているな、と思ったんです。コンパクトで雑多だけど、シームレスな感じ。だから、個人的には実現できそうな気がしています。

来間:問題はお金です。もしも県立美術館の予算で実現するとしたら、僕らは実働部隊として動きますよ。(笑)
瀬戸内の離島も、人がどんどんいなくなって、以前は「捨てられた地域」だったでしょう。だけど、そこを起点にアートの動きが始まった。直島では、地域のおじさんが自主的に作品を説明してくれるんです。外からたくさん人がくるので、地域の人がはりきっている。「男木島」という島では、移住者が増えたことで廃校になった小学校が復活していたり、瀬戸内芸術祭をきっかけにそういう動きもあったりするわけです。そこにはもちろん「功罪」というか、良いところも悪いところもあると思うから、米子で同じことができるとは思わないけどね。
山陰ではそういう芸術祭をやったことはないけれど、僕らの先輩はすでにアーティスト・イン・レジデンスやっていたんです。

- えっ!そうなんですか?

来間:それが「彫刻シンポジウム」です。「彫刻ロード」と言うほうがわかりやすいかな。「彫刻で地域を見直してみよう」とか「みんなで盛り上げよう」という感じで、2年に1度、国内外から作家を連れてきて、湊山公園で屋外制作をしていたんです。米子市民が結託して、そういった活動を20年続けていたというのは、とてもすごいことだと思います。

去年と今年のAIR475は、鳥取県立博物館の美術振興課のキュレーターさんに全体を見てもらったので、一定のクオリティのものができたと思っているんです。「素人がやる」というのもいいんだけど、やっぱり専門家が関わって、美術館の企画展と市民が一緒になってやる、というのがいいんじゃないかと思います。
「加茂川芸術祭」はまさにそうなんですけど、専門家だけでつくるんじゃなくて、市民が後ろの方でサポートしながら展示をおこなうのが理想です。美術館の中の展示だったら、僕らは手出しできないけれど、街の中なら僕らが後方でバックアップできる。AIR475 2022の第1期は米子市美術館の中だったけど、第2期は「野波屋」という商店街の空き店舗でやっています。市民が実働部隊として動いて、県の予算で専門的なキュレーターさんもちゃんとついて、という。AIR475としてはそういう在り方が目標で、鳥取県立美術館(以下、県立美術館)に対する期待の中でも、そこは非常に大きいところかもしれないです。美術館の中の、ホワイトキューブの中の展示だけじゃなくて、県内全域でそういうプロジェクトをする、という。一番の期待はそこですね。

「加茂川芸術祭」は2018年度のAIR475アーティスト・西野達さんからはじまったアイディア

- 市民の人たちも巻き込んで一緒にやっていくためには、「アーティスト」と「参加者」の壁を乗り越えることが必要になってくるのかな、と思いました。

来間:その課題は、僕らもまだ克服できていません。僕たちメンバーは、ある意味「半分専門家」的なところがあるんだけど、もう少し活動を広げて、参加してくれる人が増えたらいいなと思っています。
メンバーは5人いるけれど、みんなそれぞれ別のプロジェクトを持っているから、二足の草鞋、三足の草鞋になってしまって、本業を犠牲にすることもある。
だから、小さな関わり方でも多くの人が気軽に関係してくれると、もう少し余裕をもってできるんじゃないかと思っているんですけどね。(苦笑)

そういう意味でも、「彫刻シンポジウム」にはいろんな人が参加していて、もっと規模が大きかったんです。だからそこは、学ぶべきところだと思います。
僕たちみたいな任意団体が率先してやるのもいいけど、やっぱり県立美術館が前に立って「米子でこういう展示をやるから、みなさん参加してください」と投げかけてくれる方が、もっと広がりがあるんじゃないかと思うので、そこをがんばってほしいかな。

- 「アートは高尚なもの」と思われやすいのかな、という気もします。

来間:高尚かもしれないけれど、そんなに難しいものではないと思っています。必ずしも理解する必要はなくて、理屈とか言葉を抜きにしても楽しめるんだけど、理屈を知ると、アートはさらにおもしろくなる。だから、本来は「誰でも気軽にアクセスして楽しめるもの」のはずだと思うんだけど。
今回の岡田さんの作品なんかは、ある意味すごくわかりやすいですよね。単純におもしろいじゃないですか。古いものがカタカタ動くとか。

- はい、おもしろかったです。猫が鳴いたり、鏡台から声が聴こえたり。

来間:それを普通におもしろがってくれて良いと思う。

- 顔はめパネルとかも、つい写真を撮りたくなります。すごくおもしろい。

岡田裕子「イマココニイマス」インスタレーション(部分)2022年
岡田裕子「トランスフォーム:米子、朝日町通りの女性と幼子」ビデオインスタレーション、2022年

来間:「現代アート」と「笑い」というところで、「笑いのあるアート」って好きなんですよ。すごく高尚なコンセプトのある作品、というよりは、ちょっと笑えるような。
「加茂川芸術祭」の言い出しっぺに「西野 達」という作家さんがいるんですけど、彼の作品も半分お笑いなんだよね。一番有名なのが、シンガポールビエンナーレ2011の「マーライオン・ホテル」(1)。マーライオンを囲って部屋をつくって、ホテルにしちゃった。しかも、そこは実際に泊まれるの。

- 敷地内じゃなくて、室内にマーライオンがいるんですか!?

来間:そう、マーライオン自体を箱で囲っちゃうわけ。構想では「朝になるとマーライオンが水を吐いて、寝ている人を起こす」というおもしろいアイディアもあったけど、それは実現しなくて、水が止まった状態でホテルになっていました(笑)
西野さんの作品は「ありえない状況をつくる」みたいなところがあるんだけど、ちょっと笑える。そういうものを米子でもたくさんつくってもらいたいな、という想いがあります。おもしろさがあると敷居が低いし、説明もいらないんですよ。

- 個人的に、米子の人は引っ込み思案だけどミーハーなところがあると思っているので、「おもしろさ」は一番の引き金になると思います。

来間:西野さんの作品は億単位で製作費がかかるので、実現はなかなかむずかしいけど、過去には米子で小さな作品もつくられているんですよ。それはAIR475じゃなくて、県立博物館の企画展(2)で。それも結構笑えますよ。

- 「敷居を低くする」というところで、金沢21世紀美術館みたいに「誰でも来れる」というか。別にアートに興味がなくても、ふらりと立ち寄って「ちょっと遊びに来た」みたいことができる場所になるといいのかな、と思います。

来間:ええ。あそこは元々そういう建築なんですよ。方向をまったく決めない、要は「裏表をつくらない」ということで、円形になったんです。どこからでもアクセスできるように。

- しかも、無料のスペースが結構多いんですよね。ミュージアムショップとか、お金を払わなくても過ごせる場所が広い。

来間:僕らも家族で金沢まで展覧会を見に行ったことがあるんだけど、子どもは興味ないから、その無料ゾーンで自由に遊ばせていた。ソファがあるから、そこでごはんを食べている人もいるし、普通に散歩しにくる人もいる。

- 目的がなくてもなんとなくそこに行く、みたいな。

来間:美術館は目的を持っていくことが多いけれど、ホールでも美術館でも学校でも、理想的なのは、「目的じゃないことで時間を過ごせる」という建築なんです。本来の目的以外でも活用できるような「仕掛け」をつくることが大事で、僕はそれが良い建築の要素だと思っています。
だから、鳥取県立美術館で言うと「ひろま」の部分。あれがどういう場所になるかがキーセンテンスだと思います。展示室は学芸員さんの専門的な領域だけど、市民にとっては「ひろま」と「えんがわ」が身近な場所になる。だから、あれをどうやってつくっていくか。建築物としてもそうだけど、仕組みの中でも、それをどうやって活かしていくか、というのは一番大事だと思います。
平日はともかくとして、あの「ひろま」と「えんがわ」が、土日とかは人がわらわらいて、無料の展覧会まではいかなくても、作品が並んでいたりとか。そういう場所をつくれるか、という課題はありますよね。

- 中にある有料空間の専門的な部分×何かというように、いろんな要素を組み合わせる。目的はひとつあるんだけど、ひとつだけにしない。という感じでしょうか。

来間:建築家として、ああいう公共施設を設計するときにまず考えるのは「公共空間をどれだけ使い込んでもらえるか」ということだと思うんですよ。
美術館というのはすごく専門的で、展示室も収蔵庫も、学芸の専門的な空間です。そこに市民や建築家が関わったり、提案できることはないと思うんだけど、それ以外のところ。美術館に限らず、どんな建築でもそういう部分をつくっていくのが理想で、僕は民間の建築でもそういう場所をつくりたいと思っています。

- 「余白の部分」をつくるイメージ。

来間:うん。むしろそっちのほうが「建築としての美術館が地域にある」という点で大事なことだと思います。それはいっぺんにできることじゃなくて、何年もかけてやることなのかもしれないし、答えは出ないのかもしれないけれど、そこが成功するかどうかは見たいですよね。

- 継続していくことが大事なんだけど、フリーの空間を増やすとなると、そこは「お金が足りない」という財源のところにも結びついてくる話なのかな、と思いました。

来間:構想段階で出た案だと1/3ぐらいは無料ゾーンで、市民の人が自由に出入りできるような印象はあるけどね。お金を稼ぐ場所ではないんだけど、長い目で見ると、収益化するほうがよっぽど有益なんですよ。
「公共建築」が前提になりますが、人が出入りする場所に経済効果がないと市民の人の愛着もなくなってしまって、そうすると、3、40年経ったとき簡単に壊されちゃう。
建築物の維持費って、一般的には建設費の12倍ぐらいかかるんですよ。つくるときの金額よりも維持する方が大変だから、維持するモチベーションがなくなると「壊してしまえ」という流れになってしまう。

- 「残す意味ないでしょ」という。

来間:そう、「もういいでしょ」って。実は、米子市の公会堂がそういう感じだったんですよ。米子市文化ホールができる以前、僕らより上の世代の人たちは、学校行事などすべて公会堂でやっていた。だから「晴れの舞台」としての愛着があって、90代以上の人たちが存続の声をあげたことで、募金を集めて修繕することができました(3)

改修前の米子市公会堂。村野藤吾の設計で1958年(昭和33年)に竣工(写真提供:来間直樹)

美術館も多分同じで、「美術展に行く」という体験じゃなくて、「ひろま」で何ができるか、というのが、愛着が湧くかどうかの分かれ目になると思います。市民、県民の愛着をどれだけ持つ建物になり得るか。年間の維持費が2、3億円かかっても、それは大事な建築だから守ろう、という流れになるかどうか。
これはすごく遠い話をしているんだけど、最初の動きでそういう仕組みをつくらないと、「自分たちの美術館」と思ってもらえない気がするんですよ。

- まず最初にハートを掴んでしまう、ということですね。

来間:うん。とても難しいことなんだけどね。

- 最後に、実際に鳥取や地方で創作をされている方や、アートに興味を持ちはじめた方々に向けてメッセージをお願いします。

来間:自分も建築設計を生業としてこの場所でやっていて、別にこの「狭い鳥取県」とは思っていないんですよ。設計の質が高ければ、当然全国の人にも見てもらえるし、メディアに載せてもらえたりもしますし。だから、鳥取県にいることがマイナスだと考えるのは、すごくもったいないと思うんです。鳥取県で作品をつくっていても、良いものをつくれば、見る人はちゃんと見てくれるから。
自分たちの子どもにも、そういうふうに伝えたいと思っています。僕も東京に二十数年住んで、そこから帰ってきたので、周りにいろんなものがある環境はとっても楽しかったんだけど、今は米子にいても、そういうものに割とアクセスしやすくなったし、「展覧会を見たい!」と思ったら、夜行バスでも飛行機でも、パッと東京に行くことができる。普通の生活ならともかく、「作品をつくろう」とか「アートの世界に飛び込もう」と思ったときに、米子をベースにするってなかなか難しいかもしれないけど、今はそんなことないと思うんです。
米子でも創作活動をしている方たちはたくさんいるけど、30年以上活動されている方が多いので、そういうサークルも高齢化してきているように思います。だけど、僕らみたいな次の世代が、その後にうまく繋がっていけていないような気はしていて、そこはもう少しなんとかならないかな、と思ったりしますね。

- 「継承」「引き継ぐ」というところで、バトンパスが重要になってくる。

来間:そうですね。リモートが普及して、通信環境も発達しているから、田舎にいることがネガティブな時代じゃないと思います。チャンスはいっぱいありますよ。

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1.西野達《The Merlion Hotel》(2011)。シンガポールのマーライオンを取り囲んでホテルを建設した。西野達公式ホームぺージ https://www.tatzunishi.net/
2.トットで実施したインタビュー「+〇++〇な人」西野達#1~♯3に詳しい。https://totto-ri.net/interview_nishino001/
3.「米子市公会堂」は建築家・村野藤吾の設計により1958年に施工・開館。工事費確保において市民の「1円募金活動」が展開され、当時の金額で約5,000万円もの募金が集まった。2009年の耐震診断以降、建物の老朽化から建物存続か建替えかの議論が展開された。公会堂を愛する市民の声により存続が決定し、2014年に耐震補強および大規模改修に至った。
※この記事は、令和4年度「県民立美術館」の実現に向けた地域ネットワーク形成支援補助金を活用して作成しました。また、鳥取県立博物館が発行する「鳥取県立美術館ができるまで」を伝えるフリーペーパー『Pass me!』07号(2022年10月発行予定)の取材に併せて2021年8月にインタビューを実施しました。


来間直樹 / Naoki Kuruma
1965年 鳥取県米子市生まれ。1989年 武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。1989年 株式会社菊竹清訓建築設計事務所入所。1995年 有限会社伊藤進建築設計事務所入所。2001年 クルマナオキ建築設計事務所設立(東京)。2006年鳥取県米子市に拠点を移し、米子在住(出身)の建築の専門家らを中心に2003年に設立された「米‌子‌建‌築‌塾‌」塾生となる。2013年より「くらしとアートとコノサキ計画」、さらに2014年・2015年には「鳥取藝住祭」のプロジェクトとして「AIR475」を実施。2016年には、AIR475に中心的に関わっていた塾生5名と団体としての「AIR475」を設立し現在に至る。


AIR475 / エア・ヨナゴ
2013年より鳥取県米子市内で開催してきたアーティスト・イン・レジデンス事業(滞在制作アートプロジェクト)〈AIR475(エアヨナゴ)〉に関する活動(公益活動)を継続して実施し、建築やアートを通したまちづくりに寄与することを目的として2016年に設立。まちにアートを介在させることで、まちの魅力や価値を高め、そこに暮らす人々が誇りを持てる場所づくりを目指し展開する。毎年、国内外で活躍するアーティストやキュレーターを招き、米子市の街中や郊外を舞台にダイナミックなプロジェクトを実施してきた。現在は、2025年春の鳥取県立美術館の開館時期に合わせて、米子市、米子市美術館と連携した展覧会「加茂川芸術祭(仮称)」を実現するためのコンセンサスの醸成も目指している。https://air475.com/

ライター

木谷あかり

米子市生まれ、米子市在住のフリーライター。米子高専機械工学科卒。 「コミュニケーション」「情報保障」「ものづくり」に興味があり、聴覚のサポートとして要約筆記に取り組む傍ら、リモート組織のシステム構築をおこなったり、コピーライティングや記事作成をおこなったり、理系と文系のはざまで様々なアウトプットを試みている。「読めば都」な本の虫。育ての親はMicrosoft。座右の銘は「言行一致」。特技は「焼肉のレバーを上手に焼くこと」。好きな言葉は「コンセプト」。