Photo by David Wong

アダム・キナーさん(アーティスト)
クリストファー・ウィレスさん(作曲家/音楽家)
行き慣れた図書館で、「よく見る よく聴く」を育てる

2026年7月3日から開催される「ちづの町と森の演劇祭」。今回、カナダ在住のアダム・キナーさんとクリストファー・ウィレスさんの二人は、パフォーマンス「マニュアル」を上演する。会場は、令和2年にオープンした、ちえの森ちづ図書館だ。図書館が普段通り解放されている中、来場者とガイド役、たった二人の親密な上演について、文筆家の谷口恵子さんがアーティストの二人に話を伺った。


― お二人の出会いや今までの活動について教えてください。

アダム:私たちは20年ほど前、カナダのアーティスト仲間を介して知り合いました。

クリストファー:お互いがミュージシャンとして、また舞台パフォーマンスや振付にも活動の幅を広げていた頃です。

アダム:作品を共に作り始めたのは、10年前です。カナダで、「リスニング クワイア」というプロジェクトを行いました。

クリストファー:このプロジェクトは、参加者たちが小さなスピーカーを手に街を歩き、都市の喧騒や社会的な「音」を再発見するための活動でした。しかし、街中での開催は、予想もしない出来事が沢山起こりました。

そこで、「マニュアル」ではより深く、感覚と向き合う機会を作ろうと考えました。

―あらためて、なぜ図書館を選ばれたのでしょうか?

アダム:図書館は誰もが来ることができ、本当に歓迎される、おそらく最後といえる公共空間の一つだと感じます。また、開かれた場所であるのに、そこでの本との出会いや、物語に没頭する経験は、とても個人的で唯一無二のものです。

クリストファー:印刷物や本は元々大好きで、アダムの父は熱心な本のコレクターですし、クリストファーは図書館でのワークショップの経験もあります。本に囲まれていることがとても心地良い、というのはお互いの共通認識でした。

―1対1にこだわることには、どういった理由がありますか?

アダム:友人同士で参加すると、気まずさを紛らわせようと「これって変だよね」と話し合ったりして、経験を相対化してしまいがちです。しかし、初見のパフォーマーと1対1になることで、「普段通りの会話」という逃げ道がなくなりますよね。

クリストファー:これによって、観客は自分の経験の中に深く沈み込み、純粋に「見ること聴くこと」や、またその経験によって自身が「ケアされること」に集中できるようになります。

お互い、どんな人なのか何も知らない「見知らぬ人」と1対1で向き合うことで、既存の人間関係に縛られない「誰か他の人」になることができ、そこから新たな可能性や潜在能力が解き放たれるとも考えています。

―実際にパフォーマンスでは、どういうことが起きるのですか?

アダム:観客はまず図書館の外でガイドと出会い、そこから図書館内部へと案内されます。

クリストファー:ガイドは必ず、日本語が喋れるため、言葉の壁は心配いりません。パフォーマンス中、ガイドは観客の前に立って演じるのではなく、多くの場合、観客の隣に並んで立ちます。観客の前にガイド(パフォーマー)が立ちはだかり、踊ったりする上演ではありませんのでご安心ください。この横に並ぶ姿勢で、同じものを見つめたり聴いたりすることが、この作品のデザインにおいて、とても大切にされていることです。

マニュアル 上演写真 資料を開く演者と隣に座り、ページを見つめる観客
撮影:吉本和樹 提供:京都市立芸術大学、KYOTO EXPERIMENT

アダム:また、開館中の図書館で行われるため、多くの時間は沈黙の中で進むか、二人がお互いに囁き合うような形で進行します。周囲に一般の利用者がいても、すぐ隣でパフォーマンスが行われていることに気づかないほどです。15分間のパフォーマンスは、図書館の日常の中へと消えていくような静かな体験です。

―観客は何を見て聴くのでしょうか?

クリストファー:実際に見たり聴いたりするのは、周りにある自然や、既にそこにあった生活音などです。

アダム:こちらが改めて準備するのは、今回でいうと、このちづ図書館にある、地域に関係する本や光景などです。

詳細を伝えると、体験が変わってしまうかもしれないので、たくさんここでお話しすることが難しくて、申し訳ないです。ただ、ここに存在することがとても自然に感じられるものを、見て聴くという感じでしょうか。

―2022年にこの作品が完成して以来、カナダやヨーロッパのスコットランド、そしてフィンランド、日本では今まで京都や山口でも上演されていますね。今までのあゆみや参加者からの感想などについて教えていただけますか?

クリストファー:上演後、自分の考えやパフォーマーへのメッセージを書き込める1冊の日記が用意されています。その本には、過去の観客からの感想も書かれています。この日記を手に取ることで、今回の経験が、他の観客と「共有された意識や集中」で繋がっていることを感じてもらえると思います。

アダム:時に、私たちはこの作品を「知覚のほどける図書館(サイケデリック・ライブラリー)」と呼ぶことがあります。図書館のように、日常的で平穏な場所に身を置き、自らの感覚を研ぎ澄ますことで、別世界に身を置いたような全く新しい体験ができるのでは、という期待を込めて。

クリストファー:時に現代社会は、スマートフォンによって個人の意識が機械のように分断されています。私たちの作品を通して、デジタルから離れ、紙やインクといった懐古的な素材との関係を再構築しながら、知覚を深く働かせて欲しいです。

撮影:谷口恵子 インタビュー後、ちえの森ちづ図書館の前にて 左:アダム・キナー、右:クリストファー・ウィレス

突然、スマートフォンの電源が切れる。真っ暗のスクリーンに顔が映る。感情の抜け落ちた自分の顔が映っていることがある。
意識や感覚はもちろん己の所有するものだが、どれだけケアしてコントロールできているかを考えると、まるっきり自信がない。
今鳥取は、梅雨の真ん中。雨が聞こえ、外には、新しく水を張った水田が見える。
二人の作った「よく見る、よく聴く」時間を通して、自分の手の内に感覚を取り戻すきっかけにできたらと思う。

トップ写真:Photo by David Wong


アダム・キナー / Adam Kinner
ティオティアケ=ムーニヤン=モントリオール在住のアーティスト。音楽を専門的に学んだ後、現在は、ダンスや音楽領域のアーティストと共に、パフォーマンス・音・視覚芸術の境界線上で作品を制作している。近年の作品としては、Artexte でのパフォーマンスの歴史・音響作品・朗読を国家と個人の視点から紡いだ展示や、モントリオール現代美術館での 8 人のサクソフォニストとのパフォーマンス、OFFTAでの研究及びパフォーマンスがある。また、Leonard and Bina Ellen Gallery、SBC Gallery、Galerie d’UQAM、Musée McCord をはじめ、Usine C、Tangente、Studio 303、Innovations en Concert 等でも展示を行った。カナダ国外では、イギリス、アメリカ、フランスやベルギーにも招聘された。2017 年にはブラジルのサルヴァドール・デ・バヒアの The Vila Sul のフェローとなった。マギル大学とコンコルディア大学の学位を持ち、シカゴ美術館附属美術大学のMFA(芸術修士号)を有する。

クリストファー・ウィレス / Christopher Willes
カナダを拠点にする作曲家/音楽家、研究者、ドラマトゥルク。「聴くこと」の対象とその実践に焦点をあてた彼のプロジェクトの多くは、作品制作・学習・パフォーマンス・出版・キュレーション・研究の境界線を溶かすような長期的共同作業から生まれている。また、10 年以上にわたって、劇場でのサウンド・デザイナーおよびドラマトゥルクとして活躍してきた。特に2014 年以降、トロントに拠点を置く学際的なパフォーマンス研究を行う Public Recordings と密接に仕事をしてきた。近年では、The Toronto Biennial of Art(カナダ)、the Music Gallery(カナダ)、Fierce Festival(イギリス)、Musée d’art de Joliette(ケベック)、Bétonsalon(フランス)、OFFTA(ケベック)、Take Me Somewhere(イギリス)、PuSH Festival(カナダ)で展示を行ってきた。トロント大学音楽学士、バード・カレッジ芸術修士を持つ。コミュニティ・アートのプロジェクトやワークショップを主催し、現在ウォータルー大学で紛争調停を学んでいる。


「ちづの町と森の演劇祭2026」

アダム・キナー&クリストファー・ウィレス(カナダ・モントリオール)
「マニュアル」
【公演日】7月3日(金)- 5日(日)
【開演時間】10:00 / 10:20 / 11:10 / 11:30 / 12:20 / 12:40 / 14:00 / 14:20 / 15:10 / 15:30 / 16:20 / 16:40
(※16:40の回は7月3日のみ)
【会場】ちえの森ちづ図書館
【料金】一般1,500円 18歳以下500円 中学生無料 ※中学生以上推奨
開館中の図書館で上演される作品。1回の上演は、観客1人に向けて行われます。

チケット・ワークショップ申込み用フォーム|
【公演チケット】
https://forms.gle/9ES37yDnA9ZACHri6

助成|公益財団法人 福武財団、ごうぎん文化振興財団、令和8年度鳥取県地域の芸術祭等開催支援事業、
Canada Council for the Arts(「マニュアル」)、Conseil des arts et des lettres du Québec(「マニュアル」)
協力|ケベック州政府在日事務所(「マニュアル」)
後援|智頭町、智頭町教育委員会
運営|NPO法人智頭コミュニティ劇場
共催|智頭町文化協会
主催|ちづの町と森の演劇祭実行委員会
お問い合せ|chizucommunitytheatre@gmail.com
      090-1115-0487(担当:米井啓)

ライター

谷口恵子

鳥取市生まれ。大学進学を機に東京へ移り、大学院でアメリカに留学。国内外のメディアで現代アートや文化をテーマに執筆している。友人たちと茶のパフォーマンスも行う。2024年鳥取にUターン。執筆とともに、民藝や古道具、茶文化のリサーチを続けている。