レポート:「私はおぼえている」2019 倉吉上映会

鳥取に暮らす方々へのインタビューを行い、その方の半生とそれに結びつく土地の記憶を映像で記録・公開していくプロジェクト「私はおぼえている」。先月倉吉で行われた上映会の様子を、主催する「現時点プロジェクト」メンバーの中山早織さんが伝えます。
12月14日(土)、15日(日)には岡山と米子でも上映会が控えているとのこと。


『私はおぼえている』は、これまで大きく取り扱われることのなかった市井の人々の生活史を記録する「現時点プロジェクト」の活動である。鳥取県内の方にインタビュー形式で映像撮影を行い、そのオーラル・ヒストリー(口述の歴史)を保存・公開している。「あなたの人生は語り伝える価値がある」。そう伝えることで、最初は「話すようなことはない」と謙遜していた方が口を開いてくださることも多い。

2018年10月のキックオフ上映会から一年を経た2019年11月24日に、新作4作品を含む全8作品を一挙に公開する上映会を行った。会場の倉吉交流プラザ・視聴覚ホールには、有料にも関わらず約120名もの方にご来場いただいた。チラシの倉吉市報への挟み込みに加え、「現時点プロジェクト」のInstagramを開設しSNSでの発信もした成果か、アンケートによると来場者の約半数が50代以下であり20−30代も3割弱を占めている。60代以上が7割強だった前回に比べ若い人の姿が多く見られた。

映像は、新作である夏泊の大海女・長田はつ子さんの語りから始まる。1分間もの間水中に潜ることができるはつ子さんは、誰も行けない水深10メートルの奥深い穴まで潜り桶いっぱいのアワビやサザエを獲ってきたという。1分間続く息を吸い込む音、そしてその1分間の漁を終え水面にすぽっと顔を出し肺いっぱいに満たしていた空気を一気に吐き出す時に鳴る笛のような音(1)。それらをはつ子さんが臨場感溢れる口調で再現する姿に、観客席からはため息がこぼれていた。

今回の新作である4名は皆女性。倉吉市大原・牧野順子さんの「主人は勤めていたから、女ばっかりで男の代わりになんでもした」の声に、夫が働き、家事や集落の道の舗装など裏方を支えたかつての女性の姿が垣間見える。一方、大社湯の女将・牧田智子さんは、助産婦として忙しく働く母の代わりに、6人の子どもの弁当を作り毛糸のパンツまで編んでくれた海軍帰りの父の話の後に、「どこの家庭もそうだけど、みんな親は立派だよ」と呟いていた。観客席では、頷きながらメモを取ったり、「懐かしい」と声を漏らし隣の人と話す姿が見られた。

私は、8月からこの「現時点プロジェクト」に文章班として仲間入りした。映像に抵抗がある方に対し、語りを聞き書きするなど映像以外の形で残す方法を模索するためである。私は東京出身で、助産師である。長いお産の間じっくりと産婦さんの話を聞いていると、その方の歩んできた道や故郷への思い、鳥取の土地での暮らし、方言、全てが私にとって新鮮で興味深かった。わかりやすく目立たない限り、市井の人の個人的な話が記録として残ることは少ない。私は、自分が鳥取にいるからこそ聞くことができる、この鳥取の地で生きる市井の人の話をもっと聞き、それを流さずに残したいと思った。だから、『私はおぼえている』のコンセプトにはとても共感している。

北栄町東園の浜川千代子さんは、酒吞みの夫にまつわる苦労話を呆れた口調で語った後、「物がない時代におせ(大人)になったから、その反動で解放されたんじゃないか」とぽつりと語る。それを聞いていると、個人の話が個人を越えて、その時代の人たちの話に広がる瞬間が確かにあると感じる。牧野順子さんが出征する父を見送った汽車は、牧田智子さんにとっては男子を意識しながら乗るときめく汽車だった。同じものを違う人の目で見ることで、平面が徐々に立体的になっていく。そのためにも、一人一人の個人の記憶を記録として形に残し、積み重ねていくこと が大切である。アンケートにあった、今を残す積み重ねが歴史をつないでいく作業になる(70代)との声に背中を押される。

アンケートには他にも、これを観た人が身近な人の話を聞いて誰かに伝える輪ができていくのではないか(20代)、直接聞けなかった両親の代わりに話してもらっている気がした(60代)、苦労話を笑顔で話す姿に自分も前向きに生きたいと思った(70代)などの声があった。また、今後何か統一したテーマを設けるのかどうかや、上映会に足を運べないお年寄りや小中高生にも観てほしい、など今後に繋がるご意見もいただいた。2019年11月現時点の「現時点プロジェクト」をお披露目する良い機会となった。

写真:河原朝子


1.  「磯笛(いそぶえ)」と呼ばれる。肺に空気をいっぱいに入れたままもぐり、水面に戻ってきてからそれを口をすぼめて吐き出す時に鳴る音。


今後の上映予定
日時|12月14日(土)19:00-
会場|奉還町4丁目ラウンジ・カド(岡山県岡山市北区奉還町4-7-22)
https://www.lounge-kado.jp/posts/7337428

日時|12月15日(日)13:00-
会場|ガイナックスシアター(鳥取県米子市末広町311 イオン米子駅前店3階)
※「よなご映像フェスティバル “地域へのまなざし”」のプログラムの一つとなっています。
http://yonagoeizofestival.org/

『私はおぼえている』
第一話 小椋久義さんと家族の記憶
第二話 小谷重信さんと海辺の記憶
※YouTubeで映像をご覧いただけます。

現時点プロジェクト
2017年1月にスタートした、生活習慣や生活用品、伝統行事や人々の記憶、自然環境などを映像と写真で記録保存し、アーカイブ資料を一般公開することをメインの事業とするプロジェクト。日常の中にある小さな驚きや、忘れられていた大切なことを発見していくことを目的とする。
https://www.instagram.com/genjiten2017/

ライター

中山早織

東京生まれ鳥取在住。紀伊國屋書店勤務を経て助産師となる。ことばと民藝が好き。やりたいこと:産婆版「私はおぼえている」、妊娠・出産・産後を経て変わりゆく女性の繊細な感情をインタビューして残したい。 photo:波田野州平