ブックレビュー:
『ゆたかさのしてん
小さなマチで見つけたクリエイティブな暮らし方』

今年2月に今井出版から刊行された本書は、鳥取県内で活躍する9名(8組)の方の言葉を丁寧に聞き取り、彼らの視点から「ゆたかさとはなにか」を見つめたもの。トットライターで県職員でもある梶谷彰男さんがレビューします。


クリエイティブな暮らし。と聞くと、華やかな仕事や都会の恵まれた環境、最新鋭の高度な技術の中など、どこか自分には手の届かないものだと思ってしまう。

ただ、本書にはそんなステレオタイプなイメージとは異なるが、この「小さなマチ」鳥取で強かにクリエイティブな暮らしを実践している人たちが登場する。天然醸造の味噌づくり、自伐型林業、リノベーション、超住民参加型番組…。彼らの取組は、それぞれ個性的で魅力的で奥深く、とても一朝一夕に真似できるものではない。ただ、それらの根底を流れる彼らの「視点(してん)」には、共感や心くすぐられるものが大いにある。

「自分たちが良ければいいというのではなく、恩送りの気持ちでやってい(る)」。留学などを経て地元・智頭町で自伐型林業という持続的な森林整備や林業経営を営む(株)皐月屋の大谷訓大さん。人材育成などの林業振興の他、地域の事業者に提供するホップ栽培や薪販売といった林業の枠に留まらない地域資源の循環にも取り組んでいる。「自己満足度が高い人が多いほど、その地域は豊かになる」。地域のためにという自己犠牲でも自己中心でもない、地域のポテンシャルを背景にした自己実現の形を背中で示してくれている。

「知らない誰かじゃなく、知っているあの人のためにという感覚。この町の人にとって日本一面白い番組を作りたい」。大山町に移住し町営ケーブルテレビ「大山チャンネル」を手がける(株)アマゾンラテルナの貝本正紀さん。制作するのは、住民一人ひとりにスポットライトを当て、誰もが制作に関わることができる「超住民参加型番組」。「いい番組を作れば地域が盛り上がり、楽しく暮らせる。仕事と暮らしが同じ軸にあ(る)」。対立やバランスだけではなく、ワークとライフは寄り添いシナジーを生むこともできる。

「子どもには自分で育とうとする力がある」。大学卒業後から、鳥取市の「空山ポニー牧場」を拠点に乗馬や自然体験などを通じて子どもの成長を見守る活動を続けるNPO法人ハーモニィカレッジの大堀貴士さん。子どもが自分で決めることを大切にしながら、馬とのふれあいの中で子どもの『かん(感・勘・観)』を育んでいく。「『かん』をだんだんと育んでいくことは、自分がどう生きたいかやどう在りたいかにつながってい(く)」。社会を生き抜く力を育む壮大なプロジェクトは、のどかな牧場でのびのびと展開されている。

そして、8つのエピソードの1つに、我らが+〇++〇(トット)編集長・水田美世さんも登場する。埼玉にて学芸員として勤務後、鳥取・米子へ帰郷。子どもや子どもに目を向ける人たちのためのスペース「ちいさいおうち」を開き、WEBマガジン『+〇++〇』を立上げている。「傍観者でなく、自分のやり方で人生を生きてみようと考え始めた」。そのプロフィールの行間や裏にある水田さんの葛藤や決断といったストーリーに、また「好奇心」を原動力にしながら丁寧に形にしていく水田さんの人となりに、心打たれる。そして、「自分の言葉で自分の地域に起きていることを記録していくことに意味がある」「記録を残すことは歴史を作ることであり、自分の生活がどう歴史や社会にコミットしていくかを体現すること」といった言葉(1)は、アートや文化に疎い自分がそれでも『+〇++〇』の市民ライターとして参加している意義を再認識させてくれた。

日本財団鳥取事務所所長の木田悟史さんが執筆された本書。日本財団では鳥取県と連携して、「みんなでつくる”暮らし日本一”の鳥取県」をキャッチフレーズに、2016年から約5年にわたって様々な地方創生プロジェクトに取り組まれてきた。その集大成の1つとなる本書には、木田さんの鳥取での駐在経験と豊富な知見に基づいた「視点(してん)」が随所に詰め込まれていて、理解を深めてくれる。

改めて表紙を見ると、登場人物たちが清々しい表情でこちらを見つめている。彼らのように、自分の価値観を大切に、仲間や地域とつながりながら形にする努力を続けていくことが、自分なりの豊かな暮らしなのかもしれない。これから地方移住やローカルビジネスを志す方々、あるいは今まさに地域で実践している方々へのエールが込められた、これからのクリエイティブな暮らしの「始点(してん)」となる一冊。

写真:藤田和俊


1. 後で確認したところ、元々この言葉は、仙台メディアテークの甲斐賢治さんがローカルメディアについて講演された際に話されたもので、それを聞いて水田さんもトットの意義を再確認したという。その際の講演は水田さん自身がレポートされているので、ぜひご一読を。
「“私”が歴史にコミットしていくアクション。「3がつ11にちをわすれないためにセンター」甲斐賢治さんトーク」https://totto-ri.net/report_kenjikaitalk20190121/


『ゆたかさのしてん 小さなマチで見つけたクリエイティブな暮らし方』
企画・執筆|木田悟史
取材・撮影|藤田和俊
発行|今井印刷株式会社
発行日|2021年2月22日
定価|1,650円(本体1,500円+消費税10%)
ISBN|978-4-86611-224-4
仕様|A5判・146頁・並製本

ライター

梶谷彰男

広島県生まれ、鳥取県育ち。東京大学でまちづくりを学んだ後、鳥取県庁に入庁。認定NPO法人日本NPOセンターに派遣されNPO魂を学び、県内の市民活動の促進や協働の推進に取り組む。青年海外協力隊の制度を活用してジャマイカに派遣され、ノープロブレムな暮らしを満喫して帰国。「おもしろがろう、鳥取」のビジョンを掲げ、人と組織の可能性を開くNPO法人bankup(旧:学生人材バンク)の理事も務める。