“私”が歴史にコミットしていくアクション。
「3がつ11にちをわすれないためにセンター」
甲斐賢治さんトークレポート

2016年から毎年鳥取大学が開いている「地域と文化のためのメディアを考える連続講座」。今期は「目に見えないものをみんなで残す」をテーマに実施されています。
2回目となる1月21日のゲストは、宮城県仙台市の複合施設「せんだいメディアテーク」(1)アーティスティック・ディレクターの甲斐賢治さん。東日本大震災やそれに紐づくさまざまな出来事の記録を集めて発信する「3がつ11にちをわすれないためにセンター」を運営しています。ここで扱うのは全て、一般の方々が自らの意思で関わり、記録し、残したいと持ち寄った写真や映像。マスメディアが伝えない視点や物語を保存し活用する「コミュニティ・アーカイブ」の重要性を、社会的、歴史的な観点から知る機会となりました。


せんだいメディアテーク(以下、メディアテーク)が位置するのは、宮城県仙台市の中心部。東日本大震災では、最上階の天井が崩れ、ガラス壁が一部破損したものの、躯体そのものには問題がありませんでした。年間100万人が訪れ、仙台市にとって目玉となる複合的な社会教育施設なだけに、早くからの再開が望まれました。しかし、4月からの市の予算は一旦凍結されており、まちの人々はもちろん、スタッフも混乱していました。少ない予算でスタッフにも無理がなく、人々の心情にも沿いながらできることとしてスタートした企画のひとつに、コミュニティ・アーカイブ「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(以下、「わすれン!」)がありました。

マスメディアでは捉えられない、市民が持つ視点の明確な強度

この企画の中心で動いてきたのが、今回のゲスト、甲斐賢治さん。2010年4月からメディアテークの職員となり、大阪から移り住み1年ほど経った頃に東日本大震災を経験しました。この時思い起こされたのは、メディアが伝える視点と、市民が持っている視点の違いを知った体験だったといいます。

「1995年の阪神・淡路大震災を思い出しました。その時の報道を僕は大阪で見ていましたが、でも現地の友人たちから聞く状況とはちょっとしたずれも感じていた。
また、そのちょうど1年ほど前のたしか1994年にNHKで放映したドキュメンタリー映像『わが国アルバニア——ある医師が撮ったビデオ日記』が思い出されました。これはイギリスのBBCが一般の人にカメラを渡して撮影してもらう「ビデオダイアリー」というドキュメンタリー企画なんですが、アルバニアが共産圏から解放されたあと、大変な混乱状況にあった中で、現地の医師にカメラを委ね、日常の記録を重ねたものでした。
ドキュメンタリーって、第三者が撮るものが一般的ですが、その映像では当事者であるその医師の視点で撮影されているんです。ある日、ビデオカメラに向かってその医師が「今日こういうことがあってカメラの三脚が捕られてしまいました。もし可能ならアシスタントになる人への予算を付けてくれませんか」と語り、次のカットでは隣に男性が立っていて「アシスタントの〇〇さんです」という紹介をして撮影に入っていく。写っていることは日常で、つたない映像ではあるけれど、僕はその視点に明確な強度を感じたんです。」

また、その後、2000年になる間際には、アメリカ・シアトルに「インディペンデントメディアセンター」(2)ができ、日本でも2008年に「G8メディアネットワーク」(3)という市民によるメディア活動が起こるなど、当事者である市民の視点で記録を残す取り組みが進んでいたことが、「わすれン!」の立ち上げのヒントになったといいます。

「わすれン!」の機能は、①参加する ②集まる ③発信する ④記録する(残す)⑤活用する、の5つ。5月3日に集まった市民へ説明した際の図で解説する甲斐さん。


参加者自らが取材先を考え、カメラを回し、記録を持ち寄る

活動は、3月11日から約50日後の、5月3日からスタート。記録する内容、場所、撮影スタイルなど全てにおいて参加者の裁量に委ねられています。唯一のお願いは、記録したものはできるだけすべて、アーカイブ(保管)させてほしいということ。今起こっている出来事をアーカイブし、その中にいくつもの多様なストーリーや視点が残される。そして、後からそれを辿れるようにしておこうとする取り組みが、現在進行形でなされています。
これまで集まった映像は500件、写真は8万枚以上。映像は全てを見切れていない状況で、見たものの中からメディアテークのスタッフが解説できるものを記事にし、ウェブサイトに載せているそうです。参加者は延べ180名ほどになり、映画監督の濱口竜介さんや小森はるかさんなども名を連ね、いまも年間数名のメンバーが動いているといいます。

沿岸部のがれき撤去の仕事をしていた建設業の男性は、一番に参加した地元の方。関係者以外立ち入り禁止となっている場所を撮影したが、自分が過去に何らかの関わりを持った場所でないと、撮ってはいけないと思ったそう。何を撮ったらいいか分からないと同時に「全て残したくて、ただ撮ったんです」と語ったという。

 

映画監督の濱口竜介さんは、母校、東京藝術大学の映像学科から聞きつけて「わすれン!」開設の2週間後に到着。約47年、民話を採集している「宮城民話の会」に接続し、聞き手の重要性に着目してドキュメンタリー映画の制作に向かった。その過程で出てくる課題に対して、共同監督の酒井耕さんとのミーティングをそのままLIVE配信し、WEB上にアーカイブしていく「かたログ」も全21回数える。


「メディア実践」としての「3がつ11にちをわすれないためにセンター」

震災という大きなテーマを扱いながらも、この活動でなされてきたことを捉え直すと、ひとつの「メディア実践」としての意義があると甲斐さんは語ります。

「参加者の多くは、いきなりビデオカメラを持つと戸惑うんです。私に記録する資格があるのかと。撮影対象の背景にある文脈に対して自分の立ち位置はどこにあるかがつかみきれない。その立場に基づいて社会に果たしていく責任について、私たちはほとんど学習してきていないように思えました。報道や映画監督のような表現をする立場でないひとりの市民が公共性のある活動に踏み出していく時、それを支える考え方、つまり、一般的な市民による社会的な行動を支える思想がない、「市民社会」が形成されていない現状を強く感じました。
「わすれン!」は、震災というテーマではじまった取り組みです。でもそれをもう少し俯瞰してみると、アーカイブという「歴史」に関係していく活動であることは間違いない。私たちは学校で歴史を学ぶけれども、その後の社会において、歴史が身近なものとしてあるだろうか、地域の歴史などと接続できる暮らしを今できているか、というと非常に危うい。今の私と歴史とを、もう一度丁寧に繋ぎ直そうとするプロセスが、「わすれン!」には少なからずあって、これは集団的な創造活動としての「コミュニティ・アーカイブ」のアクションなのではないかと思うようになりました。」

地域の記憶を市民の視点で残し、”私”が歴史にコミットしていくアクション。成り立ちは異なりますが、私たちが有志で運営している当ウェブサイト「totto」も、「コミュニティ・アーカイブ」としての性質を色濃く持っています。関わる人たちそれぞれが自分の言葉を持ち、自らの立ち位置から発信していけるように、tottoができることはまだたくさんあると、甲斐さんの話を伺いながら思いました。

ウェブサイト「3がつ11にちをわすれないためにセンター」では、具体的な活動の様子や記録された映像や写真を閲覧することができます。書籍『コミュニティ・アーカイブをつくろう!』(2018年、晶文社)からも「わすれン!」の活動について詳しく知ることができます。併せてぜひご覧ください。


1:「せんだいメディアテーク」は、図書館、美術館、公民館などの機能を備える仙台市の複合的な社会教育施設。現代日本を代表する建築家・伊藤豊雄さんの代表作としても知られている。躯体を支えるチューブ状の柱を建物の内部に有機的に配した独特の構造を持つ。東日本大震災時には「プリンのように揺れた」という。もともとチューブが揺れるように作られた免振構造になっていて躯体には被害がなかったが、建物の外側を覆うガラス壁が一部崩れ、7回の内部の天井板などが剥がれ落ちたが、利用者やスタッフにケガはなかった。

2:1998年から毎年主催国を変えて行われるG8(主要8か国首脳会議。参加国は、フランス、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、ロシア。2014年以降ロシアは参加停止中)。その主要国への抗議として、世界各地から市民団体が主催国にあつまり、パレードやシンポジウムなどが市民レベルで行われている。マスメディアでは捉えないその様子を市民の視点から捉え発信していく活動も同時に起こり、その拠点としてアメリアのシアトルに設立したのが「インディペンデントメディアセンター」である。

3:2008年にG8が北海道の宍道湖で開かれた際、一般の人々が集まり、抗議活動やパレード、フォーラムなどを実施。この時、市民の視点から記録し発信するプロジェクト「G8メディアネットワーク」があり、甲斐さんもボランティアで参加していた。札幌市内でのパレード中、些細なことで逮捕者が4名出た。マスメディアは逮捕者が出たということを大きなイシューとして取り上げるが、メディアネットワークの参加者らによる12台のビデオカメラで撮影していたのは、パレードに参加している人々の穏やかに平和をうたうさまざまな様子と一部の逮捕される瞬間。マスメディアによって実際は多様な状況がひとつの視点で切り取られてしまう実例として、この映像を甲斐さんが紹介した。


地域と文化のためのメディアを考える連続講座 第3弾
「震災」にみる参加型コミュニティ・アーカイブ
ゲスト講師:甲斐賢治(せんだいメディアテーク アーティスティック・ディレクター)
開催日:2019年1月21日(月)
会場:Y Pub&Hostel(鳥取市今町2-201)
主催:鳥取大学にんげん研究会

ライター

水田美世

千葉県我孫子市生まれ、鳥取県米子市育ち。東京の出版社勤務を経て2008年から8年間川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉県)の学芸員として勤務。主な担当企画展は〈建畠覚造展〉(2012年)、〈フィールド・リフレクション〉(2014年)など。在職中は、聞こえない人と聞こえる人、見えない人と見える人との作品鑑賞にも力を入れた。出産を機に家族を伴い帰郷。2016年夏から、子どもや子どもに目を向ける人たちのためのスペース「ちいさいおうち」を自宅となりに開く。