蛇谷りえ/三宅航太郎(うかぶLLC 共同代表)♯3
アートとか、アーティストじゃないとできないことがある

鳥取県中部を拠点に、ゲストハウスやカフェを運営しながら、グラフィックデザインの制作や各種プロジェクトのマネジメントなども手掛け、県内のクリエイティブな活動に数多く関わっているうかぶLLC。共同代表の蛇谷りえさんと三宅航太郎さんに、アートの魅力や2025年に鳥取県倉吉市にオープン予定の鳥取県立美術館についての思いを伺いました。


- 拠点を置かれている県中部で2025年春に鳥取県立美術館がオープンしますが、お二人の周りの人たちの反応はいかがですか?

蛇谷:たみの周りの人たちはアートの距離感はそれぞれ違うので分からないですけれど、私は美術館に何があるかというよりも、何が行われるかに興味ありますね。鳥取市にある県立博物館も、めちゃ面白い展覧会は噂が広まってみんなが行くみたいな状況はあるんです。だから、物理的な距離は特に関係ないかなと思っていて。いいアートの展覧会が開かれたらいいなという期待があります。

- 蛇谷さんの「いいアート」って具体的にどんなものですか?

蛇谷:最近だと、ピピロッティ・リスト展ですかね。ビデオアーティストで、大規模な個展が京都国立近代美術館でやっていたので観に行ったんです。鳥取に戻ってからも、同じ展覧会を観に行った友人たちと話をしていました。全員が全てをわかっていないから会話が弾むし、なぜか心が動くから誰かに話してしまう。そんな展覧会を新しい美術館でもやってほしいですね。アートを知らない、興味ないって思っている人たちも、身近な人からいい展覧会だとおすすめされたら、行ってみようかなって思ってくれる人もいるので、是非おすすめしたいですね。

- 三宅さんはどんな美術館だったらいいなと思いますか?

三宅:関わり方がさまざまでも、美術館に行った人が「私が新しくなった」と思えるような美術館がいいですね。 フレッシュになるというか、行く前の私より行ったあとの私が更新されてるような。たとえ、それがすぐ気づかなくても、そんな場所になるといいなと思います。

- 前に、アートから離れたくて湯梨浜に来たともおっしゃっていたと思うのですが、アートが嫌いになったわけではないし、むしろすごく好きですよね。アートのどんなところに惹かれますか?

三宅:アートが好きな理由は、万物の研究者がいるからですかね。研究者の話ってだいたいおもしろいじゃないですか。ある意味アーティストもジャンルレスの研究者だから、いろんな手法でその研究風景や実験を見せてくれるっていうところが、おもしろいですね。 基本的に、それがアートかどうかはどうでもいいんですけれど、アートから少しはなれて、アーティストや、アートにしかできないことがあるとも気づきましたね。

蛇谷:ピピロッティ・リストを見た時に、映像がね、四角じゃなくて、ふにゃふにゃに切り取られたフレームが天井に掛かっていて、それをお客さんがベッドに仰向けになって観ているんです。その部屋に入った時、ベッドで観ている人も作品の一部としてその状況を観るんです。もう映像=四角のフレームじゃなくて、そこから取り払われるような開放感がありました。手法やジャンルを超えた自由でパワフルな発想に感動しました。もうダメだって限界を感じたとしても、扉はどこにでもあることを気づかせてくれる。そういうところがアートを好きでいる理由かなと思います。

- 昔、どうしてアートが嫌になったのか、聞いてもいいですか?

蛇谷:恋愛みたいなもので、何かを求めすぎていたんですよ。スペクタクルみたいな、最高級のアートにしか満足できなくなっていて。お金も時間もかけなくちゃいけなくて疲れたんだと今になって思います。でも、自分で会社を立ち上げてみたら、あの時には見えてなかった社会の苦労がわかりました。それに、アートに出会ったことのない子たちがアートに触れた時の様子を見て、「飲食店や宿じゃ、この状況は起きないよな」と思うこともあります。ものの捉え方でいかようにでも世界を広げられるのに、私がわかっていなかったんだなって気づきました。アートとか、アーティストじゃないとできないことがあるから、どれだけ小さくても尊敬できるようになったと思います。

- 改めて、新設される県立美術館に求めることは何ですか?

蛇谷:関わりたい人が存分に関われる環境になったらいいなと思います。多様性を意識しすぎておもしろくなくなるよりは、単純な方がいい。美術館ができないことは、自分たちでつくればいいと思うので。

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写真:水田美世

※この記事は、令和3年度「県民立美術館」の実現に向けた地域ネットワーク形成支援補助金を活用して作成しました。また、鳥取県立博物館が発行する「鳥取県立美術館ができるまで」を伝えるフリーペーパー『Pass me!』05号(2021年9月発行予定)の取材に併せてインタビューを実施しました。


蛇谷りえ(うかぶLLC 共同代表)
1984年大阪生まれ。2012年に「うかぶLLC」を設立し、共同代表の一人。うかぶLLCでは、鳥取県は湯梨浜町にある「たみ」と、鳥取市にある「Y Pub&Hostel」を経営している。また、鳥取大学地域学部教員の合同ゼミ「鳥取大学にんげん研究会」やアートプロジェクト「HOSPITALE」のマネジメントなどの企画や運営業務をしている。

三宅航太郎(うかぶLLC 共同代表)
現代美術のアーティストとして活動したのち、2010年に瀬戸内国際芸術祭に期間を合わせてプロジェクトスペース「かじこ」を岡山市で108日間共同運営。2012年に蛇谷りえと合同会社うかぶLLCを設立し、鳥取でゲストハウス&シェアハウス&カフェ「たみ」、2号店「Y Pub&Hostel」をオープンし運営。グラフィックデザイナー。松崎の空き物件を紹介する「みやけ不動産」など。

うかぶLLC
http://ukabullc.com/

たみ guesthouse&cafe
〒689-0712 鳥取県東伯郡湯梨浜町中興寺340-1
TEL&FAX:0858-41-2026
http://www.tamitottori.com/

Y Pub&Hostel
〒680-0822 鳥取県鳥取市今町2丁目201 トウフビル1F・2F
TEL: 0857-30-7553
http://y-tottori.com/

ライター

水田美世

千葉県我孫子市生まれ、鳥取県米子市育ち。東京の出版社勤務を経て2008年から8年間川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉県)の学芸員として勤務。主な担当企画展は〈建畠覚造展〉(2012年)、〈フィールド・リフレクション〉(2014年)など。在職中は、聞こえない人と聞こえる人、見えない人と見える人との作品鑑賞にも力を入れた。出産を機に家族を伴い帰郷。2016年夏から、子どもや子どもに目を向ける人たちのためのスペース「ちいさいおうち」を自宅となりに開く。