蛇谷りえ(うかぶLLC 共同代表)
10年スペースを運営したら、どんなことが起きるんだろう

鳥取県内で、たみ(湯梨浜町)とY Pub & Hostel(鳥取市)という二つのゲストハウスを運営しながら、グラフィックデザインの制作や各種プロジェクトのマネジメントなども手掛け、県内のクリエイティブな活動に数多く関わっているうかぶLLC。共同代表の蛇谷りえさんに、鳥取との縁やゲストハウスをはじめたきっかけなどについて、改めて伺いました。


- 蛇谷さんとはいろいろな場面で関わることが多かったのですが、こうしてじっくりお話を伺うのは初めてかと思います。まずは鳥取に来られる前の活動について伺いたいのですが、蛇谷さんも三宅さん(1)も県外のご出身ですよね?

蛇谷:そうですね。三宅くんはもともと岡山でアーティストとして活動していて、私は大阪で作品もつくっていたけれど、主に企画というか、ワークショップをコーディネートしたり、プロジェクトを考えたり、記録集や広報物をデザインしたりしていました。その時からお互いに噂は聞いていたのですが、岡山での現場で出会いました。

- そんなお二人が鳥取で一緒に活動するようになったきっかけは?

蛇谷:2010年に岡山で瀬戸内国際芸術祭(2)が開かれたタイミングで、三宅くんと小森真樹くんと「かじこ」というスペースのプロジェクトをやりました。瀬戸内国際芸術祭で大勢の人が岡山駅とか高松空港を通るから、じゃあ岡山駅の近くで何かやったらいいんじゃないかと。空き家活動をしていた人たちに協力してもらい、半年だけ家を借りました。2階建ての立派な梁のある古民家でしたね。その時は3か月半という期間限定だったんですが、10年とかもっと長いスパンでスペースを運営したらどんなことが起きるんだろうという興味から、本格的に場所を運営したいと思って。各地いろいろ回って、ここにたどり着いたのが2011年。翌年の2012年に「うかぶ」として開業しました。今年で10年目です。

「かじこ」を運営していた三人。左から、三宅航太郎さん、蛇谷りえさん、小森真樹さん(うかぶLLC提供)

- 「かじこ」が終わった時に、縁が出来た場所で継続という選択肢もあったと思うのですが。

蛇谷:そうですね。本当は半分くらい「ここで続けてもいいかな?」「そのまま貸してくれるかな?」という思いがよぎったりもしたんですが。でも、瀬戸内国際芸術祭で岡山がアート一色になったんですよね。直島とかも。だから、ここでやっても、またアートスペースの類いに入れられていくだろうから、それはなんか違うなと。その時から私も三宅くんも、アートの世界でアート作品をつくるみたいなのをどこかでもうやめて、もう少し別のフィールドで自分たちで何かしらをやりたくなっていて。場所は岡山じゃないところでやるのがいいかもと考えていましたね。

- そこで鳥取・湯梨浜を選んだ理由は何だったのですか?

蛇谷:他に、尾道とか、高野山とか、紹介してもらって行ってみたんです。どこもすごくいい町だったんですけれど、湯梨浜のおかあさんたちの営みを見て、小さな経済というか、生活の必要最低限のものが揃っているところが気に入って。あと、観光地らしい観光地じゃないというのが他と大きく違ったかな。池と温泉がある(3)。十分じゃないですか。空気はめちゃいいし、静かなところで。私は大阪生まれで、どこかでそういう風景に憧れていたので、すごく気に入りましたね。

JR松崎駅前には東郷温泉が湧く

- 確かに環境がすごくいいですよね。あと、そこで暮らしている人たちの存在も大きかったのですね。

蛇谷: そうですね。湯梨浜は「かじこ」をやっていた時に知り合った岡山の建築家の片岡八重子さんが紹介してくれました。当時、湯梨浜では、片岡さんと地元のおかあさんたちが空き家をイベントスペースにしてご飯会を開いたり、お見合いパーティーを企画したり、三八市を復活させたり、一年を通していろいろと活動されていたんです。でも、介護や家事、仕事に追われて続けるのは大変で、打つ手がない状況で、片岡さんが私たちをつないでくれました。湯梨浜町って東郷町と羽合町と泊村が合併した町だから、行政サービスが行き届かなくなったところもあり、自分たちの手で自分たちの町を何とかしようとする姿勢に共感しました。

片岡八重子さん(前列中央)と湯梨浜のおかあさんたち(うかぶLLC提供)

- 物件探しはどのようにしたのですか?

蛇谷:最初は町のこともよくわからないから、とりあえずのんびり関わっていこうと思って、出会ったおかあさんたちの手伝いをしていたんです。町の祭りとかイベントを手伝いながら町のことを知っていきました。そうしたら、2012年のお正月に急に電話がかかってきて、元国鉄寮を紹介してもらいました。

元国鉄寮をリノベーションしたゲストハウス&カフェたみ(うかぶLLC提供)

- 会社名の「うかぶ」も素敵ですよね。

蛇谷:岡山の「かじこ」は、船乗りの「舵子(かじこ)」からきているんです。運営する人、漕ぐ人がいっぱいいるというイメージで名付けました。「かじこ」は旭川沿いにあったので、「うかぶ」は東郷池のほとりに移動したイメージもあるし、世の中から浮かんだ状態で社会に対して投じていきたいなっていうのもあって「うかぶ」っていう名前にしました。会社の理念に三つの言葉があって。会社だけれど、どこかに行くための“舟”でもあるし、“場所”でもあるし、“時間”でもある。そんな思いでスタートしました。

- 「たみができて、湯梨浜が変わった、いろいろな人が来るようになった」ってよく言われますよね。どうやってこの町は変わってきたと思いますか?

蛇谷:そこはよく聞かれるんですけれど、みんな本当に経緯はさまざま。だから、こうやったら集まるという方法はわからないです。でも、「たみがあるから来たよ」って言ってくれる人は結構います。たみによく宿泊してくれた人がこの町を気に入って住むという人もいたし、関東から鳥取に移住したくて、とりあえずたみをおすすめされて行ったら気に入ったみたいな人もいたし。この環境の何らかにみんな魅せられているんだと思います。それを知るきっかけにたみがあったかもしれませんが、たみが何かをしたとかは特にないかなと。

夕暮れ時、東郷池のほとりには自然と人が集まる(うかぶLLC提供)

- お二人は宿をやろうという時に、ここまでの広がりは想定していましたか?

蛇谷:もちろん想定はしていないです。そんなことは二の次っていうか。何にも考えていなかったです。それで10年経ちましたから。

- はじめに、10年くらいスペースを運営したらどんなことが起きるんだろうという興味からはじまったっておっしゃいましたよね。ちょうど10年、当時の蛇谷さんが今の状況を見たら何て言うと思いますか?

蛇谷:へー、これからどうするの? ですかね(笑)

#2へ続く

トップおよび本文2枚目写真撮影:水田美世


1.うかぶLLC共同代表・三宅航太郎さん。
2.瀬戸内海の島々を舞台に3年に一度開催されている現代美術の国際芸術祭。第1回は2010年に開催された。
3.たみのすぐ近くには周囲約10kmの東郷池があり、湖畔では東郷温泉とはわい温泉が湧く。


蛇谷りえ(うかぶLLC 共同代表)
1984年大阪生まれ。2012年に「うかぶLLC」を設立し、共同代表の一人。うかぶLLCでは、鳥取県は湯梨浜町にある「たみ」と、鳥取市にある「Y Pub&Hostel」を経営している。また、鳥取大学地域学部教員の合同ゼミ「鳥取大学にんげん研究会」やアートプロジェクト「HOSPITALE」のマネジメントなどの企画や運営業務をしている。

うかぶLLC
http://ukabullc.com/

たみ guesthouse&cafe
〒689-0712 鳥取県東伯郡湯梨浜町中興寺340-1
TEL&FAX:0858-41-2026
http://www.tamitottori.com/

Y Pub&Hostel
〒680-0822 鳥取県鳥取市今町2丁目201 トウフビル1F・2F
TEL: 0857-30-7553
http://y-tottori.com/

ライター

濱井丈栄

1979年広島市生まれ。フリーアナウンサー。元NHKキャスター・リポーター・ディレクター。広島・鳥取・東京に勤務し、自ら取材し自分の言葉で伝えることを生業にしてきた。2014年、夫の転勤で再び鳥取へ。同年立ち上がった「鳥取藝住祭」の事務局にたまたま声をかけられたことをきっかけに、アートをいかした地域づくりに関わるようになる。最近の趣味は、さまざまな作家さんのワークショップに行くこと。特にものづくり系が好き。photo:田中良子