渡部万里子さん(子己庵 代表)♯1
0歳から生涯を通してアートに触れる機会をつくりたい
NPO法人こども未来ネットワーク代表を務めるかたわら、遊べるおもちゃ屋さん「ここあん」を営む渡部万里子さん。アートスタートの活動をはじめた経緯や、2025年に鳥取県倉吉市にオープン予定の鳥取県立美術館についての想いを伺いました。
- 乳幼児とアートの出会いの場をつくる「アートスタート」について、活動をはじめられたきっかけは何だったんでしょう。
渡部:結婚して子どもが生まれた頃、夫の転勤で島根県浜田市に1年間住んでいましたが、それがちょうど「浜田おやこ劇場」のできた年でした。おやこ劇場(こども劇場)(1)は全国的な市民活動なのですが、自分と同じような年代の母親が子どもをおんぶしながら運営している姿に強い衝撃を受けて、鳥取に戻ってすぐ、米子の子ども劇場に入りました。しばらくは米子に通いながら、境港の会員同士で「地元でやりたいね」「できるといいね」と言い合っていたんだけど、あるとき「シンフォニーガーデン(2)ができる」という話が舞い込んできて、その日のことは今でもはっきり覚えています。朝、幼稚園に子どもを送って、家に帰って新聞を見たら「境港市に10億の寄付」と載っていたんです。寄付をされたのは奥田あき子さんという境港出身の女性で、それを基に文化ホールができるという発表でした。出身地だからと10億円寄付する人もいるのに、我々が人任せにしてどうするんだ!と思い、「これはやらないとだめだ、やるしかない」と覚悟を決めて、ホールの完成に併せて「境港親と子どもの劇場」をつくりました。私はずっと無給で事務局長をしていましたが、いろんな経験をさせてもらえて楽しかったです。
渡部:その後、法人化について勉強していた時に鳥取県西部地震(3)が起きました。支援で日野町に何回か通ったんです。避難所で子どもたちと遊びながら、私たちにできることは何かを考えた時に、お芝居だと思いました。全国の劇場から150万円ぐらい義援金が集まったので、それを使って「劇・遊び・おはなしのキャラバン隊”ファンタジーボックス”」をつくり、希望するところに人形劇、舞台劇を届ける活動を1年半おこないました。保育士さんたちが「こんなに肩に力が入ってたのかって、今ようやくほぐれたのが初めてわかった」「子どもたちが笑っているのを見て、ホッとしました」と喜んでくださって、やっぱりアートの力ってすごいな、と思いました。あとは、高齢者の方が「生まれて初めて人形劇を見ました」とおっしゃっていて、小・中学校ぐらいの子どもたちからも「初めてこういうお芝居を見ました」という声があがっていたのも印象的でした。そうして、0歳から生涯を通してアートに触れる機会をつくりたいと思い、2001年に公布された文化芸術振興基本法に併せて、鳥取県でも2003年に文化芸術振興条例が策定されたことをきっかけに、「アートスタート」をひとつの柱としてNPOこども未来ネットワークを立ち上げました。
- 誰かをやる気にさせるのにも、人の力が必要になると思います。どうすれば仲間が増えていくと思いますか?
渡部:楽しそうにやっている人がいると集まってくる、というのはありますよね。「親と子どもの劇場」を立ち上げた時も、最初の何年かは口コミだけでどんどん会員さんが増えたんです。楽しさの求引力というか、その時に「心の底から楽しんでいれば何もしなくても集まるんだ」と思いました。そういう気持ちを維持するのはすごく大変なんだけど、しんどいのが先にくると、人はどうしてもためらっちゃう。なので、心底楽しい取り組みが出来るかっていうのがひとつ。もうひとつは、楽しさを感じるような機会をつくること。「とりあえず来てみて」とか、一歩踏み出してもらうようなことを地道に続けるしかないと思います。今のNPO法人でも、感覚的には理事のメンバーでさえ私と随分違いがあるんです。みんなの感じ方はやっぱり少しずつ違うので、気持ちが通じ合うのには時間がかかるんですね。
渡部:関わってる人自身が楽しめることが一番大事。そこは本当にむずかしいことだけど、全部自分でやってしまわず、それぞれが丁寧に関われるような機会をつくって、その人自身が「楽しい」「やった!」って思えるようにしていかないとダメなんだな、と思います。使命感とか熱意だけじゃなく、その活動の良さをみんなで楽しみながら実感する。それはやっぱり、来られた人にも伝わるんですよ。
- 美術館が出来ることに関して期待することや、具体的に考えておられることを教えていただきたいです。
渡部:アートって、子どもにとっては遊びの延長線上にあるものだと思うので、木のおもちゃや積み木で遊ぶことをアートの領域まで進化させるとおもしろいな、と思っています。私たちが日頃やっていることを広げていって、県立美術館の参加型ワークショップみたいにできれば、親しみやすいアートができるかな、と思うんですよね。鑑賞というより、一緒に遊べるようなもの。いろんな作品を見るのは大事だけど、一緒につくったものをみんなできちんと見たり、後で意見交換をしたりするプログラムの方が、若い人や親子連れにも参加しやすい気がします。
- 確かに。一般的な鑑賞だと受け身な感じがします。
渡部:美術館って、やっぱり「行く人」と「行かない人」に分かれるじゃないですか。気軽に行く人と、全然行かない人っていうのがいるんだけれど。参加型の展覧会とか、見るだけでなく来場者が実際に関わることで成立するような、レジデンスみたいなプログラムだと魅力を感じる人は多いかも。これまで興味のなかった人が、ちょっとしたきっかけでアートに関わって窓が開くというか。そういう意味では「美術館」というイメージを変えるような、親しみやすい場所になってほしいですね。
- 渡部さん自身もアーティストインレジデンス事業を活用しておられますよね。
渡部:はい。2012年から始めて10年経ちます。わらべうたうたいの坂野知恵さんを招聘して、ここ(子己庵)の二階で滞在制作をしてもらいました。ホテルに宿泊する時よりも活動範囲が広がって、ここでわらべうたのイベントをやったり、cafeマルマスさんでライブをしたり。滞在中は作品をつくるだけでなく、市内の保育園や幼稚園を回って、わらべうた遊びを一緒に楽しんでくださいました。
その時作った作品は地元アーティストがいま継承していますが、昨年は初めて3歳未満のお子さんがいる保育園にも伺いましたが、普段は走り回ってばかりいる子が、公演のあいだ先生の膝の上でじっとして見ていたというので、園長先生が感動しておられたんです。いつもと違う様子に気付いてもらえるのは、その子にとっても先生にとっても良いことだと思います。「この子はちゃんとできるんだ」と見直す機会にもなるし、いろんな可能性が見えてくる。そんな体験を増やしていきたいですね。
〈#2へ続く〉
1.親子で舞台芸術を鑑賞し、子供たちの感性を豊かに育てることを目的とした活動。
2.1994年に設立された、境港市文化ホールの愛称。
3. 2000年に発生した地震。日野町と境港市では最大震度6強を記録した。
※この記事は、令和4年度「県民立美術館」の実現に向けた地域ネットワーク形成支援補助金を活用して作成しました。また、鳥取県立博物館が発行する「鳥取県立美術館ができるまで」を伝えるフリーペーパー『Pass me!』08号(2023年3月発行予定)の取材に併せて2023年1月にインタビューを実施しました。
渡部万里子 / Mariko Watanabe
米子市生まれ境港市在住。「米子こども劇場」の運営に関わったことをきっかけに、以後一貫して地域の子どもに寄り添う活動を続ける。親子とおもちゃの出会いをサポートする他、子どもとメディアのつきあい方について考える「メディアプロジェクト」など、人のぬくもりを伝える手助けを担う。NPO法人こども未来ネットワーク理事長。2023年2月にはペンネーム「空豆」名義でエッセイ集『さよならサイダー』(文芸社)を発表。https://cocoan.jp/
「長ーい祭りの準備プロジェクト」トーク&ミーティング #2
(アートの種まきプロジェクト:地域連携プログラム)
https://tottori-moa.jp/news/3490/
鳥取県立美術館開館に向けて開始された「アートの種まきプロジェクト」の地域連携プログラムとして、宮原翔太郎氏をゲストに迎えたミーティングと交流会が企画されています。
開館に向けて定期的にワークショップを行い、手づくりの”まつり”を催そうとする新たな企画「長ーい祭りの準備プロジェクト」。2月23日に開催した初回のブレインストーミングに次いで、宮原翔太郎さんと一緒に妄想を膨らませる場となります。今回は、鹿野芸術祭2022で好評だった「おでん屋 汽笛」がHATSUGAスタジオに出現するかも!? ご興味のある方はぜひ。
日 時|2023年3月10日(金)18:00~20:30 ※交流会含む
会 場|HATSUGAスタジオ(倉吉市下田中町870 中瀬ビル1F エディオン倉吉店隣)
対 象|高校生~大人
参加費|無料
定 員|25名程度(当日先着順)
主 催|鳥取県立博物館 美術振興課 (美術館整備局兼務)
問合せ|電話 0857-26-8045