哲学対話をする人たちと、松川えりさん

答えのない対話から生まれる気づきや問いは、哲学にとってのお土産です
哲学対話「声をきくってどういうこと?」レポート

2026年7月26日、哲学プラクティショナーの松川えりさんによる哲学対話「声をきくってどういうこと?」が米子市で開かれました。今回の対話は「ミラ・クル・とっとりプラットフォーム交流会 こどものこえをきくってどういうこと?」のプログラムの一つとして企画されました。教育・福祉などさまざまな支援活動に長く関わる方から若者まで、30人ほどが交流した様子をレポートします。


哲学対話の前には、子どもの人権広場の水田美世さんからの報告と、大阪大谷大学の岡島克樹さんによる講義がありました。

水田さんの報告は、コロナ禍における子育て実態調査 地域版「米子の子ども・青年・子育てアンケート」について。子どもも大人も多様な悩みや困りごとを抱えており、誰かと関わり安心できる場所を持つことが求められていることや、相談場所がとても少ない現状が、調査によって明らかになっています。子どもの人権広場で展開されているという「みんなが大切にしたいことを喋って、共有する」といった空間の大切さが伝わってきました。

続いての岡島さんの講義「RBAのレンズをとおして、社会の在り方を考える」では、RBA(権利基盤型アプローチ)について学びました。RBAで重要となるのは、「権利保有者である子どものエンパワーメント」「子どもの権利についての知識を深め、子どもの声を聴くことができる大人の能力強化」、「社会のシステムチェンジ・制度化」の3つです。また、ゲームなどを通じて、子どもたちが考えを表明し、権利について知るためのツールも活用されています。

そこでは「受け止めてもらったり、肯定してもらったりする中で、 “こんなふうに言っていいんや” と、自己肯定感を育てていく」ことができるといいます。RBAでは、子どもの権利に基づいて対話や交流を重ねることで、子どもの声が届かない社会システムに変化をもたらし、困りごとの根本的な原因の解決につなげていきます。

水田さんと岡島さんのお話の流れを汲み、松川さんとの対話はスタートしました。哲学対話の特徴は、「知ってることを改めて問うて考えてみる」ところにあると松川さんはいいます。正解のない問題に向き合い、いろいろな角度から、年齢や知識・経験の多い少ないに関わらず対等にじっくりと探求します。

参加者の話をきく松川えりさん

この日体験したのは、ハワイの子どもたちが学校の哲学の時間に取り組む対話スタイルです。自己紹介はせず、参加者は自分が呼んでほしい名前をグループのメンバーに伝えます。発言する人は「コミュニティボール」を持ち、話し終えると次の語り手へと渡します。話すことが思い浮かばないときは、パスをすることもできます。

これは発言しにくい子どもの声をきいて、一緒に考えるために生まれた方法で、背景には「主体的に深く考えるためには、安心して話せるコミュニティを作ることが必要」という考えが大切にされています。

「うまく話せなくてもOKです。大事なことほど、話そうとすると最初はたどたどしくなります。そして、もやもやする気持ちも大切にしてください。そこに大切なものが隠れている可能性が高いのです」と松川さん。7人~8人のグループに分かれ、まず「どのようなときに話をきいてもらえたと感じるか」「どんなときにきいてもらえていないと感じたか」について順に話し、対話を広げていきました。時には楽しそうな笑い声が響くグループもあり、和やかに進行していきました。

考えの共通点、異なるところ、新たな疑問は、赤、青、緑の三色のマジックで紙に残していきます。発言が整理されると同時に、メンバーごとの感覚や思いの微妙な差異をも意識する時間になったように思います。相手の声をきくことは、自分の声に耳を澄ます場でもあったのかもしれません。

赤、青、緑色のペンと、対話の内容をメモした紙

その後、それぞれのグループの対話の足跡を全体に共有しました。

・相手に関心を持つことが、声をきくことになるのではないでしょうか?
・話をきいて、相手の思いをどこまで察してあげるといいのか、応答の仕方に難しさがあるという話題に発展しました。
・立場や属性などのアイデンティティによって異なる、声をきくときの最低限の覚悟とは何かについて話し合いました。
・「声をきく」と「話をきく」の違いを考えました。
・声をきくとは、耳だけで行うものではないという話を、もう少し深められたらよかったと思います。
・きくことによって、何かが解決する場面はそんなに多くないかもしれませんが、もやもやを大事にしながら、子どもと会話する時間を持つにはどうしたらいいかを考えていました。
・お互いの違いや特性を認めてきくことが大切だと思いました。
・一様なきき方というものはなく、相手の人格や気持ちを傷つけない配慮をしながら、自分の意見を伝えることも重要だと思っています。
・多様な人がいて、安全な場所を作っていくことが大事だと考えながらも、一人ではできることに限界があるのではないかという割り切れない気持ちも生まれました。

「きき方が多様だということは、案外しっかりと語られてこなかったかもしれません」と、自分の中に沸き起こった言葉を松川さんはまっすぐに口にされました。そのような松川さんの姿勢は対話を通して、貫かれていました。場の進行を担う方が、気持ちや言葉を抑え込まず柔軟に開いていく姿勢は、対話の輪に加わる人の言葉を自由にする土壌を作るのだろうと感じさせました。

「気づきや、引き続き考えたい疑問は、哲学にとってのお土産です。自分にとって一番大事なポイントを持ち帰り、もやもやを抱え込むのが辛かったら、コミュニティボールを使って、また対話をしてみてください」、そう松川さんは、哲学対話を締めくくりました。

対話では、地域格差やジェンダー、人権、就労、貧困などのキーワードも折に触れてきこえてきました。私たちは、子どもの声をききのがす可能性や、マイノリティーとしての自らや他者の声がかき消されてしまう可能性を認識しているのでしょう。相手が話し終えるまで耳を傾け合うなかで、小さな声をきき、小さな声を発し続ける意思が守られ、育まれるように感じる空間がそこにありました。

そして、一人の女性が全体へと語りかける声は、すっと心に入ってきました。その方は、こうお話しされました。

「日ごろの活動で子どもたちと接しています。しかしそこでは出会えない子どもたちもいます。 “本当に声をきいてほしい子どもはどこにいるんだろう?” と問いかけると、同じテーブルの方から返ってきたのは “声をきいてほしい子どもは、どこにでもいるよ” という言葉。とても印象的で “そうだなぁ” と納得しました。だから、身近な子どもたちから “ちょっときいて” と、声をかけてもらえる存在でありたいと思います 」

※当日の様子は「公益財団法人とっとり県民活動活性化センター」のホームページにも掲載されています。こちらも併せてご覧ください。


松川えり / Eri Matsukawa
1979年大阪府枚方市生まれ。哲学プラクティショナー。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程、単位取得退学。学生時代より哲学カフェの活動を始め、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、独立。岡山を拠点に、カフェ、公民館、学校、福祉施設などで哲学カフェや対話ワークショップの企画・進行を行う。カフェフィロ代表。共著として、『哲学カフェのつくりかた』(大阪大学出版会)など。毎日小学生新聞にて、「てつがくカフェ」連載中。


ミラ・クル・とっとりプラットフォーム交流会
こどものこえをきくってどういうこと?
ーRBA(権利基盤型アプローチ)の視点から紐解き、対話で深める交流会ー


日時|2026年7月26日(日)10:30ー15:30
会場|米子コンベンションセンター第5会議室(鳥取県米子市末広町294)

プログラム|
・オープニングトーク 
コロナ禍における子ども子育て実態調査 地域版「米子の子ども・青年・子育てアンケート」の報告
報告者 水田美世(子どもの人権広場世話人)
・講義 
RBAのレンズをとおして、社会の在り方を考える
講師 岡島克樹(大阪大谷大学教授)
・交流(哲学対話)
声をきくってどういうこと?
講師 松川えり(哲学プラクティショナー)

主催|公益財団法人とっとり県民活動活性化センター(てとり)
所在地 倉吉市山根557-1 パープルタウン2階
TEL 0858-24-6460 受付時間 10:00ー18:00(土日祝除く)
メール info@tottori-katsu.net

共催|鳥取大学地域学部 丸研究室
協力|TPlat(一般社団法人鳥取クリエイティブプラットフォーム)

ライター

綵戸えりか

沖縄で生まれた詩誌「ぶーさーしっ」と、全国の仲間と作る詩誌「言葉をさがす旅 Sail」「言葉をさがす旅 Soil」に鳥取から参加しています。皆生で開かれた白井明大さんのワークショップが詩への入口でした。