八頭町アートケアリング ♯1
「やさしさというサバイバルスキル」
現代アーティスト松橋萌さんが、八頭町で見つけたもの

八頭町アーティスト・イン・レジデンス事業「八頭町アートケアリング」が、2025年12月から2026年3月にかけて開催されました。参加アーティストへのインタビューをもとに、文筆家の谷口恵子さんがプログラムの模様をお届けします。レポート1回目では、散歩によって「アートとケアの結び目」をみつめる、松橋萌さんの創作に迫ります。


2年前に始まった「八頭町アーティスト・イン・レジデンス」は、この度、第2回目を迎えた。

アーティスト・イン・レジデンスとは、何だろう。直訳すると、滞在するアーティストという意味になる。実際には、アーティストが作品を作るために、開催地で生活をし、そこで感じたことや今までの経験を生かして、作品制作をするプログラムのことを指す。

制作に特化して場所だけを提供する制度も、同じ名前で呼ばれるが、八頭町のそれは、地域の人と関わりあい、学び合うことを大切にしているようだ。新しい人を受け入れ、同じ釜の飯を分け合う。そしてアーティストはワークショップなどを通じて、地元の人と自分なりのコミュニケーションを試みる。第1回から「アートケアリング」がテーマとなっているが、そもそもケアをするとは、どのような関係性のことを指すのだろうか。介護や手助けのように、医療に近いサポート体制とはまた違う。お互いに知り合い、関わりあうことで、積極的に新たな関係を築くことのように見えた。地元の方とアーティストが共にした2週間で、一体何が起こったのか、そして未来に向けて何が残ったのかを聞いてみた。

今回の滞在アーティストの一人、松橋萌さんの作品は、散歩だ。散歩といっても、写真を撮ったり観光を満喫するための道のりを記録していくのではない。散歩していると偶然出会う、人や物事を共に眺めること。そして一緒に歩くという行為が作品となっている。参加者たちは松橋さんとともに、1度きりの散歩を作っていく。現代アートの言葉を借りるとすれば、没入型(イマーシブ)体験アートと言えるかもしれない。

撮影:黒坂ひな

松橋さんは、散歩をする地域に何度も足を運び、町にある道を路地裏まで余すところなく歩いて回る。繰り返し同じ道を歩くと、人々や、モノに出会い、その町を知っていく。そして散歩の当日に、参加者が人や物事に出会えるように、また風景を通した会話が生まれやすいような道順を作る。参加者は散策しながら、松橋さんの描いた道順をなぞり、ゴールに向かって見知らぬ人たちと歩みを進める。長い時には、参加者とともに夜を明かすこともあるそうだ。

この事業に参加するにあたって、松橋さんは初めて、鳥取県の八頭町に足を踏み入れた。千葉県生まれで現在は横浜に住んでいる彼女にとって、山陰地方の農村での暮らしは想像できるものではなかっただろう。

―八頭町で一番驚いたことは何ですか?

松橋さん「コンビニまでの距離や、食料調達の難しさだと思います。歩いていけるところに、スーパーやコンビニがないことは生存に関わるようなことです。」

―毎日の食事はどのように?

松橋さん「レジデンスが始まる日に、スーパーで買いだめをしました。まとめ買いした食材をお鍋にして、毎日食材を継ぎ足しながら、食べていました。また、今回は東京・神奈川から一緒に八頭町の拠点で共同生活をする参加者を募ったところ、9名の参加がありました。彼らがレジデンス期間の後半に来てからは、皆でレシピを持ち寄って、毎日のメニューを協力して作りました。また、歓迎会のような形で地域の鍋会に招待いただいたり、その後も自分たちでお雑煮パーティーを企画しました。そこにも地域の人を招待して、一緒に時間を過ごすことができました。」

―鳥取での散歩体験はいかがでしたか?

松橋さん「都市での散歩作りと異なるのは、口約束が成立すること。会話の中で、お誘いした人が必ず当日来てくれる。これは、都会で匿名的に出会った人たちとの関係性では、成立しないことが多々あるのです。だけれど、八頭町ではそういう場面に少なくとも私が遭遇することはなかったです。

八頭町では、地域住民の方と一緒に、若桜鉄道に乗り降りしながら地域を歩く散歩のプランを考えました。町で知り合った人と散歩の中で再び出会えるような経験もありました。その時は、寄り道先にぴったりな野菜の直売所を教えてもらいました。私は散歩を引っ張っていくというよりも、皆がその日の経験を、心から感じているのかどうかを見守っています。」

若桜鉄道の車内

―2週間で新たに松橋さんが見つけたもの、または滞在を通して、印象に残っていることを教えてください。

松橋さん「八頭町で出会った人々が私たちについて質問してくださる時、作品のことやアーティストとして、何が好きで何を頑張っているのかを一人一人に聞いてくださったことが、印象に残りました。それは、一人の人間として扱ってもらう経験でした。八頭町の皆さんは、肩書きや立場を超えて、私たちに一個人として接してくれました。皆が一人でありながら、個々に集まることの豊かさを確かめることができました。集団でもなく、孤独な個人でもない、新しい人と人の関係性の生まれる居場所が、社会の中に必要だと考えています。」

撮影:黒坂ひな

松橋さんの散歩は、その後、noteやZINEとして記録されている。散歩はその場で完結するものではなく、参加者が経験を持ち帰り、それぞれの生活へとつなげていくための手がかりとして、ZINEというかたちが用いられている。八頭町での散歩はZINE「やさしさはサバイブ」にまとめられた。冬の鍋のように、集まって分け合う。足りないと思ったら、皆でアイデアを持ち寄って継ぎ足していく。この土地で、社会で生き抜くためには、やさしさが必要な能力であると感じたところからこのタイトルが付けられた。

「やさしさ」は、地域で生き延びるための必要条件だと思う。仕事と私生活が一体化した暮らしの中では、周りを見渡し、敵を作らず、みんなで平和に生活をしたいというのは自然なことだ。面白いと感じたのは、それは、散歩のサバイバルスキルでもあることだ。初対面の人が集まり、互いのペースを気遣いながら進んでいく中で、関係が構築されていく。1度きりの関係でも、ご近所さんのような長いおつきあいにも、やさしさはサバイバルスキルとして働くのだろう。やさしい眼差しは、生活する上でも、より大きなトピックを語る上でも、忘れたくない。松橋さんが発見した「やさしさ」は、八頭町の人たちの経験に残る名残なのかもしれない。

なお『やさしさはサバイブ』は、以下の場所で読むことができる。お近くに行かれる際にはぜひ手に取り、松橋さんの散歩を追体験してほしい。

夢工房こばちゃんカフェ(鳥取県八頭郡八頭町新興寺97)
ゲストハウスくるくる(鳥取県八頭郡八頭町日下部1228-1)|Instagram:@kurukuru_railguest
たみ(鳥取県東伯郡湯梨浜町中興寺340-1)|instagram:@tami.tottori
タイムマシーン研究所(横浜)|instagram:@timemachine_kenkyujo2

写真提供:松橋萌


松橋萌 / MATSUHASHI Moe
2025年に東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修士課程修了。「アートとケアの結び目を散歩で作る」をテーマに散歩会・キャンプ・ケアセンターを開催。地域住民と共同でのリサーチを通して、散歩会を開いている。人々の日常や声に寄り添うための対話の場である「ケアの演劇」を編み出すことを目指している。活動のアーカイブをZINEとして発行する他、これを疎外や大きな権力に対する柔らかな抵抗のネットワークとして築いていくことを目指す。
note|https://note.com/yureruki


八頭町アートケアリング
八頭町アーティスト・イン・レジデンス

滞在スケジュール|
藤田クレア:2025年12月28日– 30日、2026年1月5日– 14日、2月9日– 11日
松橋萌:2025年12月21日– 2026年1月3日

滞在場所|鳥取県八頭郡八頭町新興寺、日下部、丹比、鳥取市内ほか

報告展示
期間|2026年2月12日(木)– 3月8日(日)
会場|八頭町芸術文化交流プラザ あーとふる八頭

主催|⼋頭町教育委員会
企画|労働者協同組合Barrier House Project YAZU
お問合せ先|労働者協同組合法⼈ Barrier House Project YAZU
      第⼀事業所 〒680-0521⿃取県⼋頭郡⼋頭町安井宿1174
Email|osaki@barrier-house.com

ライター

谷口恵子

鳥取市生まれ。大学進学を機に東京へ移り、大学院でアメリカに留学。国内外のメディアで現代アートや文化をテーマに執筆している。友人たちと茶のパフォーマンスも行う。2024年鳥取にUターン。執筆とともに、民藝や古道具、茶文化のリサーチを続けている。