-アート作品をあなたの言い値でお譲りします-
美術家・久保田沙耶さんの「コレデ堂」

倉吉市明倫地区にて行われているアーティスト・イン・レジデンス(1)「明倫AIR」。2017年から継続して関わる美術家・久保田沙耶さんが、滞在中にリサーチしインスピレーションを得て制作したガラス絵を、訪れる人の言い値で販売する「コレデ堂」が11月11日から12月2日までの日・月曜日に開かれました。滞在中は並行して新作の制作も行われ、2020年2月15日(土)-27日(木)には今年度のレジデンスを報告する展覧会が予定されています。


久保田沙耶さんが倉吉に滞在するようになったのは2017年からのこと。アーティストの中村絵美さんとともに招かれ、長谷川富三郎(1910-2004年)(2)をはじめとした、倉吉にゆかりのある芸術家たちの暮らしぶりや活動の様子を、地域に残された作品や生前に交流のあった方々との出会いから知ることとなります。
(参考:アーティストが見つめる「物と心の相関関係」―明倫AIR2017 滞在成果発表会―

2018年頃からは、外から訪れたアーティストが地域共同体に加わることの意味、地域におけるアートプロジェクトとは何かについて、深く思考してきた久保田さん。2019年2月にオープンし、今後5年間にわたり、久保田さんの滞在期間中にあわせて開店される「コレデ堂」は、その久保田さんの思考の中から示された具体的なかたちであるといえます。

「はじめて来られた方は皆さん困惑されるんです。ここは何をするお店ですかと。で、あなたの言い値で作品をお譲りするので、もし気になったものがあったら、番号と名前を書いていただいて、お金を封筒に入れて、私に渡してくれたら交換しますよと、説明をしています」

提示された金額でものを買うという受け身の立場に慣れてきた身にとって、自分の言い値をそのまま受け入れてもらえるという主体性のある交流は、とても新鮮で喜ばしいこと。しかしその反面、作品を手掛けた本人が出迎えるなか、それを求める側が「値段をつける」という難しさに、訪れた人たちはおのずと向き合うことになります。

印象深い体験として、久保田さんが話すのは、コレデ堂に来た高校生のこと。

「絵をじっと観ていて、欲しい絵が一枚あったみたいで、“でも私が思う適正価格は、私のお財布にはないから、払えない”って、すっごい悩みながら観ていたんです。私は“いや、ここは、自分のお財布の中で、可能な範囲で、自分が尊いと思ったお金で、100円でもいくらでも絵と交換できるから、自分の心で決めていいんですよ”って話をしたんです。でも彼女は“そうなんですね、でもお菓子と同じ値段は考えられない”って、すごい悩んだ挙句に、いつか貯金してまた買いに来ますって、帰られたんです。 きっと彼女には、好きなお菓子や好きな洋服の値段がこれくらいだからとイメージがあって、それを考えると、この絵はいくらなんだろう、って真剣に悩んでくれたんですよね。そのうーんっとなっていることがうれしくて。いくらかを自分で決めるということは、自分が肯定しているもの、自分にとって価値のあることは、社会的にみればどういう位置付けにあるのか、値段という数値にどう当て込めるだろうか、という大きな問いなんだと思うんです。そこにきちんと向き合ってくれていた姿は、忘れられないですね」

「コレデ堂」は、訪れる人々に、久保田さんが制作のテーマとしてきた「ものと心の相関関係」に意識を向けるための、そして、アート作品やアーティストの活動や文化という存在を、社会の中でどう位置づけられるかを考えるための装置でもあるのです。

ここで扱うのは、ガラス板の両面に絵を描き、それを数枚レイヤー状に重ねて作品としたもの。描くモチーフは久保田さんがリサーチの中で出会い心惹かれたものや、倉吉をはじめ山陰の地で活動していた芸術家たちの作品を模写したものです。

久保田さんが何度も描くモチーフのひとつは、掌。かつて繰り返し氾濫した小鴨川を鎮めるため、倉吉市丸山町に祀られた「白衣観音」に由来するといいます。
「江戸時代の中頃、門原源六さんというおじいさんが、その名の通り白い衣を着た観音様を背負い、川が氾濫しないように祈りながら巡って、最終的に丸山に観音様を置いたという話に強く胸を打たれて」と久保田さん。
普段は非公開ですが、昨年のリサーチの際に特別にお堂を開けていただき、その際に撮影した写真を繰り返し模写しているそうです。

「私がこのガラス絵をここで制作するのは、その観音様のために、彼女のためにという気持があって。そうやって作っていたら、床の張替えを無償でやり始めてくださる方が現れたり、お花をそっと置いていってくれたりと、不思議な力で動き出していると実感しています。
こんなことを言うのは変かもしれないのですが、「コレデ堂」は最終的にはお堂みたいになるといいなと思っています。文化の神様にお祈りをして、ありがとうと帰っていってもらうための場所に」

私のこれでどう?とあなたのこれでどう?が交差していく「コレデ堂」。ダジャレ交じりの店名は、この場所のおおらかさを体現しながらも、「ものと心の相関関係」を自分の中に深く鋭く問うていく、豊かな仕掛けを持っています。言葉に形容しがたい、でも確かに文化への信仰を持ち寄る、そんな場所になっていく予感がしました。

「コレデ堂」の運営と並行し、倉吉滞在中、久保田さんは映像と文章で新作とアーカイヴを制作中。ものの「質感」とそこに宿るものを紐解いていく内容となりそうです。2020年2月15日(土)からは倉吉博物館にてその新作を含む報告展覧会が開かれ、24日(月・祝)にはトークイベントも開催されます。

併せて、2月15日(土)には、当ウェブマガジンtottoにおいても、久保田さんと一緒に倉吉の民藝を訪ねるツアーを企画しています。ぜひお見逃しなく。


1.各種の芸術制作を行う人物を一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在させ作品制作を行わせる事業のこと。
2.兵庫県姫路市生まれ。棟方志功とともに民芸運動を支えた版画家。号は無弟。1929年(昭和4年)に鳥取県師範学校を卒業し、倉吉市の明倫小学校に勤務する傍、1934年に倉吉の文化団体「砂丘社」同人になり油絵を描くようになる。そのころに吉田璋也と出会い民芸運動に参加。柳宗悦、河井寛次郎らに師事するようになり、1940年(昭和15年)より棟方志功との交友が始まる。戦後、棟方のすすめで板画に取り組む。全国的に活動しながらも終生倉吉を本拠にし、鳥取県の芸術の振興に寄与した。


久保田沙耶 / Saya Kubota

1987年、茨城県生まれ。筑波大学芸術専門学群構成専攻総合造形、東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修士課程、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻油画研究領域卒業。日々の何気ない光景や人との出会いによって生まれる記憶と言葉、それらを組み合わせることで生まれる新しいイメージやかたちを作品の重要な要素としている。焦がしたトレーシングペーパーを何層も重ね合わせた平面作品や、遺物と装飾品を接合させた立体作品、さらには独自の装置を用いたインスタレーションなど、数種類のメディアを使い分け、ときに掛け合わせることで制作を続ける。個展「Material Witness」(日英大和基金)や、アートプロジェクト「漂流郵便局」(瀬戸内国際芸術祭2013)など、グループ展多数参加。2019年より活動拠点をイギリスのロンドンに移す。
http://sayakubota.com/


展覧会「物と祈り〜明倫AIR成果発表 倉吉の作家を辿る」
会期|2020年2月15日(土)-2月27日(木) 倉吉博物館 第3展示室(倉吉市仲ノ町3445-8)
「物と祈り」をテーマに、長谷川富三郎、高木啓太郎ら倉吉の作家たちの作品と、久保田が先人の作家たちとの出会いを通じて制作した新作を展示。

トークイベント
日時|2020年2月24日(日) 14:00-16:00 倉吉博物館第3展示室 入場無料・申込不要
発表者久保田沙耶(芸術家)、渡邊太(鳥取短期大学教員)、岡田有美子(キュレーター)
芸術の共同性、サロン的な場の営みを手がかりに郷土の芸術について考える。


トットツアー vol.3 美術家・久保田沙耶と倉吉の民藝に触れる
日時|2020年2月15日(土) 11:00-16:30頃
集合場所|倉吉博物館(鳥取県倉吉市仲ノ町3445-8)
集合時間|11:00
参加費|2,000円(ランチ付)
定員|10名(先着順)
※申し込み方法など詳しくは下記のFacebookページをご覧ください。
https://www.facebook.com/events/1089936694679739/

ライター

水田美世

千葉県我孫子市生まれ、鳥取県米子市育ち。東京の出版社勤務を経て2008年から8年間川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉県)の学芸員として勤務。主な担当企画展は〈建畠覚造展〉(2012年)、〈フィールド・リフレクション〉(2014年)など。在職中は、聞こえない人と聞こえる人、見えない人と見える人との作品鑑賞にも力を入れた。出産を機に家族を伴い帰郷。2016年夏から、子どもや子どもに目を向ける人たちのためのスペース「ちいさいおうち」を自宅となりに開く。