レポート:
《令和3年度 鳥取県立美術館整備推進事業 ファシリテーター養成講座》
「対話型鑑賞による学びの可能性ー本当に役に立つの?」#2

2025年春(令和6年度中)に開館が迫る鳥取県立美術館。開館時に来館する小学生に対して作品鑑賞のファシリテーション(案内役)を行うボランティアスタッフを養成するために、「対話型鑑賞」のファシリテーションスキルを学ぶ場づくりや実践が進められています。2021年9月より「対話型鑑賞」を実践しているトットライター蔵多が2回に渡りその様子をお届けします。


実践後の発展レクチャー〜「学びの可能性」について

イラスト:筆者

先ほどの「対話型鑑賞」ではこのようなことが行われていました。「見る」では、時間をかけてみること、詳細にみること。「話す」では、的確に言語化すること、自分の意見を持つこと。「聞く」では、多様な視点を理解すること、取捨選択しながら自身に取り入れること。「考える」では、根拠をもって考えること、様々な角度から考え、柔軟に立場を変えること。上のイラストのようなサイクルを繰り返して「対話型鑑賞」を進行することで「観察力」「思考力」「他者との協働」「コミュニケーション力」「ネガティブケーパビリティ」「自己発見と肯定感」という6つの力が育まれるのだと、ARDAでは考えられています。

研究によって明らかにされていることもありますが、証明されていなくとも、現場で実感されることもあるようです。よく取り上げられるのが「観察力」や「思考力」、「コミュニケーション力」といった力ですが、筆者はファシリテーションを実践した際に、ARDAが考えるような『様々な意見を求め合い、他者の参加を引き出し、納得解へ導く「他者との協働」』や『答えのない状態を受け入れ、判断を保留しながら対象と向き合い続ける「ネガティブケーパビリティ」』などが起こっているなと実感することがあります。また、『自らの完成や思考を発見し、他者に認められることで肯定感を育む「自己発見と肯定感」』という力については、筆者自身が「対話型鑑賞」の鑑賞者として参加した際に、自分の意見を口にする度に「自分自身はこんな風にみていて考えているのか」という気づきや、ファシリテーターと同じ鑑賞者たちに自分の意見を受け入れてもらっている場で感じていたことでした。ARDAで考えられている6つの力は、筆者の実践を踏まえて、納得してしまうものばかりでした。「対話型鑑賞」ファシリテーションを実践する際は、こういった力のことを意識しながら進行していくと、より良い体験をする時間になるのかな、とも考えています。

また、「対話型鑑賞」=VTSは「連続のレッスンからなる鑑賞教育プログラム」といわれており、三ツ木さんからも、アメリカのハーバード大学教育学部大学院「プロジェクト・ゼロ」やバイロン州の学校における読解テストを例に取り上げ、対話型鑑賞の継続的な実施によって批判的思考力や読解力、書く力の向上がもたらされるものだというお話がありました。

さらに対話型鑑賞(VTS)を一回だけ体験する場合の調査研究として、アメリカのクリスタルブリッジ美術館を例に取り上げ、1時間のツアーの効果を説明していただきました。訓練されたファシリテーターによる「対話型鑑賞」を体験した学生たちにも「批判的思考力」「歴史への共感」「寛容性」「美術館への関心」といった事柄に対して成長を促進する結果が出ているのだ、というものです。これは、鳥取県立美術館が実践しようとしている「小学生のバス招待事業」のパターンと当てはまるため、新しくできる美術館を訪れる鳥取県内の小学生に対しての効果が期待できるお話しとなりました。

ここまでは「対話型鑑賞」の良い面をお話ししてくださいましたが、対話型鑑賞に対する批判についても2つのポイントでお話しがありました。「まず1つは、作品の史実や背景といった情報を伝えなくてよいのかという批判です。これはVTSがどんな意見や感想も否定せず、背景にある情報を積極的に伝えないために、鑑賞者が作品について間違えて理解するのではないかという懸念から生まれています。しかし、クリスタルブリッジ美術館の調査では、数ヶ月後も8割近い生徒が作者の意図や様式など作品について正しく答えることができていたという結果がでています。」「もう一つは、これは本当に鑑賞なのか、ただ単にお喋りしているだけなのではないかという批判です。これはファシリテーターの技術的な問題によるもので、私はこちらの問題の方が重要だと考えています。これだけ社会に広がっていると、さまざまな人が対話型鑑賞をやるようになっていますが、ファシリテーターには編集する力や聴く力が必要で、時間と経験が必要です。クリスタブリッジ美術館では、訓練されたファシリテーターが実施しています。佐倉市立美術館でも東京都美術館でも年間を通して講座やワークショップを行っています。ARDAでは講座を受講したファシリテーターがその後も学び続け、スキルアップしていく学びのコミュニティづくりを大切にしています。」と語る三ツ木さん。

「対話型鑑賞」によって育まれる力や研究結果、さらに「対話型鑑賞」のファシリテーターの技術力が大切で時間を費やした育成が必要なのだ、ということがお話の中で明らかにされたように感じました。

会場からのQA〜今後の展望

最後には質疑応答の時間が設けられ、会場内から「対話型鑑賞」に関する質問が寄せられました。鳥取県内の中学校美術教員や高校芸術教員、小学生の子どもをもつ親御さんといったといった教育現場に携わったり子どもたちと接する機会の多い方々から手があがりました。筆者からは、自身が「対話型鑑賞」のファシリテーションを実践している経験を踏まえて鳥取県立美術館で実施される「小学生のバス招待事業」に絡めた質問をさせていただきました。

「昨年、鳥取県立博物館での小学生のバス招待事業にボランティア参加し、初めて「対話型鑑賞」を体験する子どもたちに対してのファシリテーションに苦戦しました。他の現場では、大人に向けて連続的に実践していたこともあり、小学生に対しては勝手が違うというか、うまく回せなかったな、という印象です。新しく開館する鳥取県立美術館では、初めて「対話型鑑賞」を体験する子どもたちに対してのファシリテーションという状況で進行することになります。こういった中で三ツ木さんなりに気をつけることや場を回すファシリテーターが意識すべきことがあれば、ぜひお聞きしたいです。」

この質問に対して、三ツ木さんからは「対話の場だけで、何とかしようとしても難しいのです。生徒たちにとって美術館の体験は美術館に来る前から始まっています。それぞれの学校で、美術館に行く前に、どのような準備や導入がされているかが実は鑑賞に重要なのです。」とお返事が。鑑賞者の事前の動機付けが美術館体験に影響することは研究でも明らかにされているとのこと。

「例えば東京都美術館では、事前に学校側に鑑賞する作品カードを送り、先生たちが生徒に向けて、美術館訪問への導入をおこなっています。送られたカードの中から興味のある作品を一人一つ選んで、なぜこれに興味を持ったのかをみんなで一言ずつ話すぐらいのちょっとしたワークをするだけでも、生徒たちの作品をみたいという美術館への関心をつくることができます。美術館に来る前から終わった後までの鑑賞者の一連の体験をプログラムデザインすることが大切なのです。」とお話しする三ツ木さん。

さらに、美術館ボランティアの一員としてファシリテーションを実践する側へのアドバイスとしては「作品の前に子どもたちを連れてきて、対話を始める瞬間からなんとかしようとするのではなく、作品の前に子どもたちがやってきた時は話したくなっている状態をつくることが大事です。展示室の外で子どもたちと出会った時から鑑賞はスタートしているのです。この人となら楽しく話せそうだなと思えるように、ちょっと話をして緊張をほぐすとか、作品の前までくる間に作品を見ながら、話をすることで、子どもたちが作品に興味をもっている状態を作ることができます。」と熱く語っていただきました。ファシリテーションは対話型鑑賞を始める前から始まっており、場をつくるところも含めてファシリテーションなのだ、というお話は目から鱗でした。

会場内からは「学校側での事前準備が大事だったり、子どもたちと関係を構築している学校の先生たちがファシリテーションを実施するのもいいかもしれない」や、「学校の先生たちの力がすごく大きいんだと感じている。鳥取県では学校の先生たちと一緒に考えていくプロジェクトになっていってほしい」という言葉も聞かれました。最後に、今回のレクチャーを担当された鳥取県立博物館の学芸員・佐藤真菜さんからの「今後に対してのヒントをたくさんいただきました。まずは今年の事業実施に活かしていきたい」という結びで、会は終了しました。

今回のレクチャーのお土産としてARDAのパンフレットをいただき、ARDAの取り組みと鳥取県立美術館での実践、さらには自分自身の実践について、いろいろと考える機会となりました。

筆者は「対話型鑑賞」のファシリテーションを「時間のデザイン」だと捉えており、今回お話に上がっていた「ファシリテーターの対話の編集力」「実践する前の関係性の構築」を踏まえると、もっとより良い「時間のデザイン」をつくることができるのではないかとワクワクする学びの時間となりました。一方で、ファシリテーターだけでは補えない、美術館と学校の事前連携を進めるといった「対話型鑑賞」を実践する事業全体の「プロジェクトデザイン」の必要性があるのだ、と強く意識する時間にもなりました。

今後、鳥取県立美術館の開館に向けたファシリテーター養成研修だけではなく「美術ラーニングセンター機能」として、鳥取県内の各学校と連携した上でファシリテーション実施ができるような教育普及事業のあり方をプロジェクトデザインしていったり、県内のあらゆる美術教育関係者と連携できるようにラーニングセンターとして提示や発信をして欲しい、という期待を持っています。そういった取り組みを知るためにも今年も定期的に「対話型鑑賞ファシリテーター」のイベントへ参加し、自分のスキルを磨くと共に、鳥取県での実践のあり方を一緒に考え、より良い方向で実践していけたらと考えています。

《おわり》

構成・編集:水田美世
写真:藤田和俊


(1)「対話型鑑賞」については、以前に著者が執筆したレポート「あなたもファシリテーターに!」鳥取県立美術館開館に向けた対話型鑑賞実践 #1」もご参照ください。

ライター

蔵多優美

1989年鳥取市生まれ。京都精華大学デザイン学部卒業。IT・Web企業数社、鳥取大学地域学部附属芸術文化センター勤務を経て、デザイン制作やイベント企画運営、アートマネージメントなどを修得。「ことばの再発明」共同企画者。2021年5月より屋号「ノカヌチ」として鳥取市を拠点に活動開始。「デザインを軸とした解決屋」を掲げ、企画運営PMやビジュアルデザイン制作を得意領域とし、教育や福祉、アート分野の様々なチームと関わりながら活動中。対話型鑑賞ナビゲーターとして県内で実践やボランティア活動をする中で「美術鑑賞教育×対話」に関する調査研究に取り組む。2023年度は母校である鳥取城北高等学校で非常勤講師として美術を担当している。吉田璋也プロデュースの民藝品を制作していた鍛冶屋の末裔。