『日常記憶地図 皆生 1940s-2022』
オンデマンド版発行に寄せて

鳥取県西部のまち米子市皆生に縁のある10代から80代までの記憶を地図でたどり、記録したプロジェクト「日常記憶地図 皆生編」。この活動から生まれた冊子PDFが公開されるとともに、オンデマンド版の発行に際して、著者のサトウアヤコさんが言葉を寄せてくださいました。


2019年の夏、初めて皆生温泉を訪れる。米子駅から車で約20分。夜に海辺の旅館に到着し、21時から5分間の花火を海辺で観て少し歩いた。夏のあいだは毎晩行われているようだ。翌朝早起きし、温泉街の西にある松林の公園を散歩した。あまり広くなく歩いて一周できる。以降、皆生に行くたびに日帰り温泉に行くことが習慣になった。長い間関西に住んでいたので、温泉といえば山奥という印象が強く、砂浜に面したこのような温泉街は新鮮だった。郷土資料などから、約100年前に海に温泉が湧き出たこと、京都のように碁盤の目を意識したまちづくりをしたこと、海岸線の変動に大変苦労したことがわかる。

2022年の夏、80代から順に10代まで「日常記憶地図」で、皆生地域の記憶を聞く機会を得た。温泉街の発展と並行して、子どもから見た地域の日常生活の様子が見えてくる。特に70代、80代の人にとっては、海も川も松林も、遊び場というだけではなく、魚やキノコや小鳥が採れる資源の宝庫でもあったことがわかる。水が身近にあり、温泉を維持してきたからか、公衆浴場やプールもかなり昔から存在し、運営主体が変わりつつも続いてきたようだった。

年配の人たちの語りから、時代によって海が泳げた時期、断崖絶壁だった時期が異なることがわかってきた。皆生のすぐ東を流れる日野川の上流の地域では長らく製鉄業が行われていて、砂鉄と共に砂が流れてきていた。『もののけ姫』のタタラ製鉄(出雲の方)と関連付けて想像する。皆生から境港にかけての、弓ケ浜半島の美しい曲線は、長い時間をかけて堆積した砂で作られているのだ。その砂が減少したことで、皆生の海岸線に大きな影響を与えたらしい。

10代、20代の人たちも、関わり方は少し変わっても、海や川、温泉が身近であるようだ。海辺に集合して遊び、部活の後に日帰り温泉に行く高校生。学校帰りに足湯に立ち寄り、駄菓子屋やでデートし、海辺の花火を楽しむ中学生。祖父と海で遊ぶ小学生。この土地での暮らしは水と共に続く。

トップ画像:著者が初めて皆生に泊まった朝の海(2019)


プロジェクト「日常記憶地図 皆生編」について

この冊子は2022年に鳥取県米子市の皆生で行ったプロジェクト「日常記憶地図 皆生編」の成果として作成しました。参加したのは皆生に暮らすなど日常的にこの場所に関わりをもってきた10代から80代までの計13名。
8月に行ったワークショップでは比較的年代の近い方が一緒のテーブルを囲み、それぞれが幼少期から成人前までに過ごした遊び場や通っていた道などを地図上に印を付け、その場所に紐づいた記憶を相互に語り、相手の言葉からさらに引き出される記憶も含めて記録していく、というワークを行いました。
異なる世代であっても同じ場所で同じような体験をしていたり、見聞きしたものが少しずつ重なったりと、それぞれの身体感覚をともなう記憶のなかに、ひとつひとつ共通項を見つけていく機会となりました。成人する前の比較的フラットな感覚から捉えた記憶の数々は、参加者の社会的な役割を自然に解き、それぞれが改めて出会う様は印象深いものでした。
そして最もたくさんの記憶が集まった皆生の海は、どの世代にとっても日常の一刻一刻を見届けてきた存在であり、これからも続いていく日々の結節点であることが改めて確認された場であったと思います。
今回作成した冊子がひとつのきっかけとなり、手に取ってくださった方々も含め、わたしたちの日常の記憶が幾重にも交わり、立体的に示されることで、これまでとは異なる地点から皆生を捉える機会となれば幸いです。

※可能な範囲で確認していますが、記憶の語りは必ずしも事実であるとは限らないこと、ご了承ください。


冊子に掲載している以下のエピソードは、トットのサイト上でも読むことができます。

1940 – 1950年代 義昭さん・順一さんの皆生
1950 – 1960年代 アキオさん・定夫さんの皆生

入手方法
・冊子 米子市内の皆生温泉旅館組合にて無料配布中です。
(米子市観光センター内 観光案内所 〒683-0001 鳥取県米子市皆生温泉3丁目1−1 0859-34-2888)
PDF(ダウンロード 45MB)
※リンクよりダウンロードが可能です。
・オンデマンド版  572円(印刷費実費) + 送料(330円)
https://www.seichoku.com/item/DS2004552
 ※印刷会社にてご注文・直接配送となります。冊子の形で届きます。

クレジット
日常記憶地図 皆生 1940s-2022
80年の場所の記憶

発行日:2023年2月28日 初版
編集・執筆:サトウアヤコ
編集:水田美世
デザイン:山口英一(ジークマンペインティングス)
校正・校閲:磯崎つばさ、山本千夏
協力:鳥取藝住実行委員会、皆生温泉エリア経営実行委員会
助成:令和4年度鳥取県アートによる地域活性化促進事業補助金、令和4年度文化庁文化芸術創造拠点形成事業

発行元:ちいさいおうち(子どもの人権広場)〒683-0001 鳥取県米子市皆生温泉2‐9‐36
    chisaiouchi@gmail.com 090-2409-7984

謝辞:地図使用に際し、昭文社様にご協力いただきましたことを感謝申し上げます。

ライター

サトウアヤコ

大阪生まれ。建築・情報工学を学び、対話やリサーチを主としたコンセプトデザインなどを行う。2010 年から「mogu book」、「カード・ダイアローグ」、「本棚旅行」、「日常記憶地図」、「マイクロ・ストーリーズ」など複数のプロジェクトを継続しながら、言語化や媒介的なコミュニケーションと、「ひとりで、共に」在る場について探求している。主な展示に東京都現代美術館 MOTサテライト2019「ひろがる地図」(2019)、長野県立美術館「美術館のある街・記憶・風景「日常記憶地図」で見る50年」(2021)。2019年にトット主催の連続講座「「日常記憶地図 子どもの頃の場所と風景を思い出す」。