森 達也(映画監督)#1
一人一人は優しいんだけれど、集団になった時に大きな間違いを犯してしまう
よなご映像フェスティバル(1)のゲスト審査員として来鳥した映画監督の森達也さん。昨年11月には3年ぶりとなるドキュメンタリー映画『i -新聞記者ドキュメント-』(2)を公開しました。実はお父様は県西部の江府町のご出身。今回久しぶりに訪れた鳥取の地で、新作や自身の表現について伺いました。インタビュアーはよなご映像フェスティバル実行委員の水野耕一さんと、兼ねてから森さんの作品に惹かれてきたという踊子の木野彩子さんです。
水野:今回インタビューの場所として境港市の「cafeマルマス」さんを選びました。ホテルから空港への道すがら、静かで雰囲気が良いのでぴったりかなと思って。そしたら森さん、車を降りたあたりからソワソワされていましたよね。
森:この境港市上道(あがりみち)のあたりは、親父が退職した後に両親が住んだ場所で。2、3回は来たことあるけれど、もう20年以上も前だし記憶は曖昧でした。でもインタビューはじまる前に、ここから数メートル離れたエリアにどうも見覚えがあるなと思って立ち寄った古民家が、まさしく両親が住んでいた家だったんです。思い切って扉を開けて、「20年前にもしかしたら両親が住んでいたかもしれなくて」と話したら家の中を見せてもらえて、で、やっぱりそうでした。記憶がよみがえりました。非常に驚きました。
木野:まさか、そんなことが起こるとは!私もびっくりしました。小学生時代には、お父様の実家のあった日野郡江府町によく訪れていたそうですね。
森:当時、50年前に来ていたのは江府町武庫(むこ)です。日野川で泳いだりしていました。田園風景が広がっていて。あのあたりは今回行きたかったんですが、時間が取れなかったので、そういう意味での感慨はあまりないんです。でも鳥取好きなんですよね。方言が好きで。独特のイントネーションがあって、のんびりしていて、いいですよね。
水野:改めて、今回のよなご映像フェスティバルで新作のドキュメンタリー映画『i -新聞記者ドキュメント-』を上映させていただき、ありがとうございました。 主人公である望月衣塑子さんのパワフルな部分だけではなく、さまざまな側面を取り上げられていますね。望月さんが郵便受けに投函して拝んでいるところは、「鉄の女」みたいな人でも神頼みとかするんだなって思いました。
森:強いだけの人じゃないです。隙も結構あるし、脆さもある。人間らしい人ですよね。喫茶店に行けばほぼ必ずのようにケーキを食べる。甘いものだけではなく何でも食べますね。
木野:映画でも、すごいスピードで食べてましたよね。生命力がすごいというか。
森:新陳代謝が激しいんだと思います。常人の3倍くらいのスピードでしゃべったり動いたりしていますから。
水野:映画の中で、望月さんが記者会見のために官邸の中に入り、森さんは手前で止められていたシーン(官邸内で記者会見に参加できる記者は限定されている。後述あり)で、望月さんは森さんを全く振り返らずにどんどん中に入っていきましたよね。ほおっておかれてしまったような感じではなかったですか。
森:ああ、言われれば。でも、そもそも僕が官邸に入れるはずないと思って、望月さんは僕のことを最初から気にしていなかったのか、そもそもやっぱりスピードが速い人なんで、次の段階にシフトしていたんだと思いますね。
水野:官邸の記者会見に入るための申し込みというのは最初から無理なような気がしました。森さんに入ってほしくないというだけではなく、新しい人を嫌う感じがありますよね。
森:被写体が望月さんである以上、僕は官邸での記者会見は撮影したかった。あの記者会見の場は、いわば彼女のメインステージでもあるわけで、そこに僕が入って撮りたいと思うのは当たり前です。
森:そもそも官邸内の記者会見というのは、記者会が官邸の場所を借りて主催している、という大前提がありますよね。つまり、論理的には、記者会がOKすれば入れるはずなんですよね。記者会が審査をして官邸に伝えるというのはわかるのですが、現行のルールでは、まず初めに官邸のOKをもらわなければいけないようになっている。その意味がわからなくて。さらに官邸の審査というのが、映画でも説明してますけど、直近で2回官邸もしくは総理に関する記事をしかるべくメディアに記事として発表していることと、推薦を3人の方からもらうこと、それで審査の段階に入ることができるということになっている。でも後から聞いたんだけれどクリアしても審査の結果は来ないし、何年も経ってからやっぱりダメでしたという場合が多いわけです。要は入れたくないということなんですよね。
水野:同調圧力というのがドキュメンタリー映画『A』(3)から森さんがテーマとされてきたことなのかなと思います。例えば『A』では荒木広報副部長やオウム全体をマスコミが悪者として一方的に描こうとしていたり。特に荒木さんはおとなしい人だからか、質問を矢継ぎ早に出して彼が困ったり沈黙したりする様子を映し出し、それに対して視聴者が喝采を送り溜飲を下げるという状況があったと思います。ところが映画を見ると、荒木さんは誠実な好青年で、言葉に詰まって見えるところも、実は彼が自分の中で自分の言葉を探していたからだということがよくわかります。マスコミはとにかくオウムをバッシングすることが使命だと思っていて…そうしないと視聴率が稼げないからですが、森さんはさらにその奥にあるもの、つまり「それを欲している者は誰か、それを望んでいる者は誰か、ほかならぬ視聴者自身ではないか」と指摘されているのではないでしょうか。それは佐村河内さんを取材した『FAKE』(4)の時も同じだと思います。
森:『A』を撮る過程で僕はテレビの制作会社にいたんですが、制作中止を指示されたのに撮り続けたことで会社をクビになり、テレビ業界からも干されて一人になってしまいました。だからその後は一人で撮り続けた。オウムの人間でも、会社の人間でも、一般市民でもない、いったい自分のポジションはなんだろうと思いながら。そのとき感じたのは、メディアだけではなく、警察も、市民社会も含めて、“組織”なんです。組織共同体。市民も1人じゃない。徒党を組んでデモを行う。会社や学校や町内会。人は必ず組織共同体に帰属している。その帰結として、一人一人は優しいままなのに、集団になると変わっちゃう。それをさんざん見たんですね。
そもそもオウムも同じです。非常に閉鎖的な宗教集団。なぜあんな善良な人たちが、凶悪な犯罪を行ったのか。一人一人は優しいんだけれど、集団になった時に大きな間違いを犯してしまうというモチーフは、僕の中ではずっと持続しているのかもしれない。
木野:私は、明治以降の体操の歴史を踏まえることでダンスと体操の差異を明らかにするためのレクチャーパフォーマンス「ダンスハ體育ナリ?」(5)を2016年から行っています。なぜ日本では舞踊教育が芸術ではなく体育の授業に入っているのかや、ダンスがスポーツ化して競い合うものになってきているのかを考える内容なんですが、全員が同じ動きをするとかっこいいみたいな、全体主義に繋がっていく国民性みたいなものを感じています。なんでこういうことが起きてしまうんでしょう?
森:マスゲームがその究極かな。北朝鮮のお家芸のように思う人が多いけれど、日本人も得意なんですよね。全員が同じように動く。東アジアと相性が良いのかも。でも決してDNAとかではないと思う。文化と環境と教育ですから。変わる気になれば変わるとは思いますが、メディア環境と教育環境が変わらない限りは同じでしょうし、あともう一つあるのはセキュリティ意識だと思うんですね。今年のあいちトリエンナーレ(6)もそうだし、『主戦場』(7)という映画の上映中止や、『宮本から君へ』(8)の助成金の中止とか全部含めてセキュリティ意識の問題だと思う。検閲や弾圧というレベルではなくてね。『放送禁止歌』(9)のテーマに帰るんですが自分たちで店じまいしてしまう。要はリスク回避ですよね。
木野:戦前も、検閲や弾圧以前に、発売禁止にした作品の多くは自分たちで自粛したという場合が多かったみたいです。
森:戦前の新聞もそうだけれど、どんどん軍部の協力をしていくようになっていく。戦争反対を訴えると部数が落ちるから。それは市場原理だけれど、日比谷焼打事件(10)とかも重なってセキュリティ意識が刺激されて、どんどん自粛がエスカレートして、そのころから検閲が始まる。つまり検閲ありきではなかったんですよね。それは今も同じで。別に検閲はないと思います。でも自分たちの方から店じまいするからから、監視する側はじゃあヨシヨシみたいになっていく。
木野:あいちトリエンナーレについては、検閲的だなと思いましたけどね。
森:あいちトリエンナーレの検閲的な動きは、むしろ事後です。そもそもはやはりセキュリティ。ガソリン携行缶を持ってお邪魔すると書かれたFAXが来て、万が一おきたらどうしようってなってしまった。万が一を考えたら何もできなくなってしまうでしょう。これから乗る飛行機だって落ちるかもしれない。そういうリスクは常にある。ゼロにはできない。でも、極力ゼロにしたいっていう気持ちが大きくなる。ならば飛行機には乗らなければいい。こうして結果的に、表現しなければいい、報道しなければいい、やらなければいい、そういう気持ちが今は大変強くなっている。
木野:でも、それを打ち破っていかないといけないですよね。
森:だって滅多に起きないから万が一なんです。なぜ僕にオウムが撮れたのか。鈍いからです。だからセキュリティのアンテナの感度が低い。日常はダメダメです。家族や友人は呆れてます。オウムだって普通に撮影依頼すれば、誰でも施設の中に入れたんですよ。なんでおまえだけが中に入って撮れたのかとたまに訊かれるけれど、なんでみんな中に入ろうとしなかったの?っていうのが僕の正直な答えです。
木野:当たり前のことを当たり前に言う。おかしいなと思うことをおかしいなって言うってことですよね。
森:望月さんはまさしくそういう人でしたね。空気を読まないというか。僕の周囲には何人かいます。れいわ新鮮組の山本太郎さんもそういうタイプ。多動で注意欠陥。でもいまこの社会は集団化が進んでセキュリティ意識ばかりが過剰になっている。なるべく均質化していきたい、同質化していきたいという気持ちが働いているので、少しでも動きが違うと排除されていきますから。それは変わっていった方が世の中は生きやすくなる。彼らは身をもってそれを体現している。
〈#2へ続く〉
取材日:2019年12月16日
写真:nashinoki
構成:水田美世
1.よなご映像フェスティバル:今年で12回目となる実験映画のフェスティバルで、2019年12月14日・15日に開催。毎年一般公募作品のコンペティションを開催しており、今年は23作品が入選、上映された。今年は特に「ドキュメンタリーは嘘をつく?」を副題としてドキュメンタリー特集が組まれ、森達也監督の他、かわなかのぶひろ監督や地元で活躍するドキュメンタリー作家などが幅広く紹介された。yonagoeizofestival.org/
2.『iー新聞記者ドキュメント』:2019年11月に公開された森達也監督の最新作。東京新聞望月衣塑子記者に密着取材を行ったもの。
3.『A』:森達也監督、1998年制作。オウム真理教の荒木浩広報副部長を中心に取材した作品。続編に『A2』(2001、再編集がなされ2016年完全版が公開される)がある。よなご映像フェスティバルではプレイベントとして上映。その後『A3』は映画ではなくノンフィクションとして2010年に出版されたが、「オウムによって激しく変化した日本社会」について気づいて欲しいと2019年ウェブ上にて無料公開される。(現在は終了)
4.『FAKE』:森達也監督、2016年制作。佐村河内守氏の「ゴーストライター」騒動をもとに取材、その素顔に迫ろうとした作品。よなご映像フェスティバルではプレイベントとして上映。
5.レクチャーパフォーマンス「ダンスハ體育ナリ?」:踊子(あるいはダンサー)であり大学講師でもある木野が2016年から開始したシリーズ。第1作では女子体育と呼ばれる舞踊教育の歴史を、第2作では1940年に開催されるはずだったオリンピックとその時代に集団体操が大流行した歴史を踏まえ、ダンスとは何かを問う試み。継続中。
6.あいちトリエンナーレ:愛知県で2010年から3年ごとに開催されている国際芸術祭。2019年は津田大介が芸術監督に就任し、2019年8月1日(木)から10月14日(月・祝)の会期で実施。この中の一企画として実施された「表現の不自由展・その後」により、あいちトリエンナーレ自体が円滑な運営ができなくなる可能性があると認識していたにも関わらず文化庁への報告を行なっていなかったためとして、2019年9月に文化庁からの補助金の交付が全額取り消される事態となった。“実現可能な内容になっているか、事業の継続が見込まれるか”という観点で認めることができないと文化庁が判断。その後会期終了前に展示は再開され、継続可能性を見出した。年度末の2020年3月23日、文化庁は補助金約7800万円を全額不交付とした決定を見直し、一部減額して愛知県に約6700万円を支給すると決めた。文化庁は「県の申請手続きの不備を理由に不交付としたが、県が不備を認めて申請し直した」としている。
文化庁報道発表9月26日 https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/1421672.html
文化庁報道発表3月23日 https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/20032301.html
7.『主戦場』:日系アメリカ人映像作家ミキ・デザキが慰安婦問題をめぐる論争をさまざまな角度から検証、分析したドキュメンタリー。2019年の「KAWASAKIしんゆり映画祭」で上映が予定されていたが、映画の一部出演者が上映禁止などを求めて訴訟を起こしていることを共催者である川崎市が懸念、映画祭運営委員会はこれを受けて上映中止を決定した。この発表にデザキ監督を始め配給会社、他作品の監督らが抗議、オープンマイクイベント「しんゆり映画祭で表現の自由を問う」が開催され、市民、ジャーナリストも加わって激しい議論が交わされた。その結果運営委員会において再度検討がなされ、映画祭最終日に上映されることとなった。
8.『宮本から君へ』:新井英樹の漫画を池松壮亮主演、ヒロイン役を蒼井優のキャストで実写映画化(2019年9月公開)。監督は真利子哲也。出演していたピエール瀧が麻薬取締法違反で有罪判決を受けたことを理由に、文部科学省所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」(以下、芸文振)がピエール瀧の出演シーンの撮り直しを求めたが、プロデューサーはこれに応じなかったため、内定していた助成金が不交付とされた。制作会社スターサンズは、配役への芸文振の介入は今後の文化芸術活動を大きく萎縮させるとして、憲法21条が定める表現の自由の侵害だと芸文振を提訴。現在東京地方裁判所で争われている。
9.『放送禁止歌』:森達也監督、1999年制作。フジテレビ+グッドカンパニーによるテレビ番組。体制を批判するプロテストソングがいつの間にか闇へと消えていく現状を取材。しかし取材の中でその禁止しているという主体が見つからないことに気がつく。のちに文庫本としてまとめられる。よなご映像フェスティバルでは1日目の特別講座として上映。
10.日比谷焼打事件:日露戦争講和条約反対に端を発する民衆暴動。1905年9月5日、東京市麹町区(現在の東京都千代田区)日比谷公園で行われた国民集会をきっかけに発生し、市内約7割の交番・派出所が焼かれ、多くの負傷者、死者、検束者を出した。参加者は職工、職人、人足など戦争のしわ寄せをもっとも受けた都市無産大衆で、藩閥専制政治に抗した運動であり、この後の大正デモクラシー運動の出発点に位置すると言われている。
森達也 / Tatsuya Mori
1956年広島生まれ。ドキュメンタリー監督・作家・明治大学特任教授。テレビ制作会社勤務後フリーとなり、1998年にオウム真理教を内部からの視点を交えて描いた『A』、2001年の続編『A2』、2016年ゴーストライター問題を追及した『FAKE』を発表。メディア報道と視聴者のイメージの癒着を根底から覆す手法が高い評価を得る。2019年11月15日から、新作『i -新聞記者ドキュメント-』が公開される。
cafeマルマス
〒684-0033 鳥取県境港市上道町234
tel. 090-4144-8426
open. 11:00-20:00 ( L.O19:30 )
close. 火曜日、水曜日
lunchtime.11:00-14:00 ※ランチは土日限定メニュー
※ 駐車場有り。
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