mamoruさん(サウンド・アーティスト)♯2
歴史的な状況としての自分を生きる

鳥取県立美術館の企画展〈CONNEXIONS | コネクションズ ー接続するアーティストたちー〉(会期:2026年2月7日(土)ー3月22日(日))は、音楽や演劇、パフォーマンスなど異なる領域を横断し多様な文化的背景をもつアーティスト7組を紹介する展覧会です。
参加アーティストのひとりmamoruさんはこれまで〈声を挙げ、絶やさない/NEVER BE NO VOICE〉というプロジェクトにて2025年5-6月、10月に県内8か所でワークショップを展開してきました。インタビュー2回目ではmamoruさんの「知りたい」の起源にもなっている「違和感」について伺いました。


ー mamoruさんが現在のようにサウンド・アーティストと名乗り活動をされる前、ジャズピアニストとして海外で活動をしておられたと伺いました。

mamoru:ジャズに出会ったのは高校生ぐらい。それ以前から、自主的だったかどうかは記憶がないんですけどエレクトーンを習っていたことがあり、鍵盤楽器には馴染みがあったんです。中学生とか高校生とかで、周りがエレキギターとかやり出して、バンド組もうぜみたいな流れも出てくるけど、そういう時の鍵盤楽器ってあまりメインじゃないんですね。主役になりたいかどうかっていうよりは、そのフレーズがつまらないから何と言うか燃えないっていうか。
でもジャズを初めて聴いた時、それまで僕が触っていた鍵盤でこんな雰囲気が出せるんだ! 何をどう組み合わせたらこの響きになるんですか? みたいな衝撃で。譜面を読んで自分でやってみるけど、なんか違うなと。僕が感じてるものではない。自分にはこれが現時点で弾けないっていうことは明らかで、だから僕の「知りたい」が発動したんですよね。それがきっかけで、この響きどうやって作るの? みたいな関心が深くなったわけです。

例えば、ギターでジャーンって単純なCメジャーのコードで出した時の豊かな響きと、ピアノでCの音を弾いた時の単調な響きと、なんで同じCなのに違うんだろうとか。ジャズの譜面にもCって書いてあって、ものすごい豊かな響きなわけですよ。でもギターとも違う。なんだろう、この違いはみたいな感じで、これは弾けないと分からないんだろうなっていうところから、その探求がスタートしたんです。
だから特定の響き、あるいはその響きが変化する感じとか、ワーって演奏してるのになんでこの特定のこの雰囲気がずーっとこの空間には閉じ込められたままなんだろう?と。これを自由に他の人たちは作ったり動かしたりしているように僕には思えて、それをどうやってやるのかを知りたかったし、それを作り出せるんだったらやってみたいと。そんな感じでしたね。

〈声を挙げ、絶やさない– NEVER BE NO VOICE in 鳥取 2025 –〉鳥取市内/HOSPITALE PROJECT・旧横田医院 DAY1(2025年6月1日)

mamoru:でもね、やっぱりいま美術の分野で呼ばれる場合もそうだし、そのジャズの時もやっぱり完全なインサイダーになった感じがしないんです。ジャズをやりたい人たちは、僕の言い方だけど、やっぱりジャズヒストリーの中に自分の身を置きたいと思ってるんですよ。もちろん何かの探究者っていうことはあると思うんだけど、でもそのポジショニングに対する欲求も強い人たちがかなり多いと思うんですよね。その選び方っていうか、選択肢の基準が自分とは違うというのが、今思うとあったかな。

ー その時の響きに関する「知りたい」はすべて回収されたのでしょうか。

mamoru:もう全然、まだまだ先でした。あそこまでは行きたいなっていうのは見えていたけれど、腱鞘炎で体を壊してしまって到達できなかったですね。だけど、多分間違ってなかったと思う。その見えてたものは。あれとあれとあれとあれとあれとあれとあれができれば。それが果てしなく遠いんですけどね。
僕が一番最初に本気でアプローチして、知ろうとした対象だったと思いますね。すごく偏っているから、全部を知ったわけではもちろんないし、でも自分が出したいと思ってたあの感じは見えたから、半分ぐらいは多分満足はしてたと思う。満足っていうかクリアみたいな。

ー 音を奏でる中で知ったことでクリアすることと、今の活動の中で、知ったことや発見したことを共有しないといけないっていう責任感を感じるところに違いはあるでしょうか。

mamoru:いわゆる音だけを奏でて人前に出てた時は、多分音楽自体がもうそれを共有する手立てになってると思うんですよね。聴く人がそれをいいなと思ってくれた時点で多分伝えられたってことだと思います。体壊してから、いわゆるジャズの演奏には向かない状態になって、ハードに演奏できないんだったらと、だんだんピアノはやめたんです。

即興演奏っていう形で体が許す範囲で弾いたり、音の一部としてピアノを使ったりはしばらくしてたんですけど、即興だから、その場で生まれてくるものじゃないですか。そこに来てくれている人たちだったり、周囲の環境の音とか、自分の耳は自分が出そうとしている音以外のすべてに一応耳を開いた状態で、気持ちも耳も全方位で開いた状態でやっていました。

〈声を挙げ、絶やさない– NEVER BE NO VOICE in 鳥取 2025 –〉浜村/喫茶ミラクル DAY1(2025年5月27日)

mamoru:だから僕としては今の〈声を挙げ、絶やさない/NEVER BE NO VOICE〉のプロジェクトも同じで、ある程度感覚が研ぎ澄まされた状態を準備して僕の身をそこに置いてるから、みんなもその場に来てくれていて、誰かがより偉いとかではなくて、みんながその場所に集まっていて、心の準備ができているっていう不思議な状態なんですよね。
ある音の響きの中に、間違いなくそこになかった音を足してるのにしっくり来て、そういう音が今ここにあったらいいなと、大部分の人、あるいは一部の人でもいいけど、そう思える音が出せたら、それはさっき言っていた、僕の責任を果たすっていうのにかなり近いかなと思いますね。自然現象に限りなく近い人工的な行為っていうか、それに自分が迫れたら、その場所にいる必然性を自分自身に感じる。

過去に体系的に西洋音楽の理論をある程度以上を、自分が何年もかけて一旦血肉にしたことで、自分の耳がもともとそうじゃなかったのに、変わった部分は大きいんです。それはある面、縛られた部分っていうのが必ずあるとも言えるんですね。音楽を勉強したからというより、1970年代後半に日本に生まれて、音楽っていうのはこういう感じのことを音楽って言うんだと疑わずに生きていくのは普通だと思うんですけど。そういう自分は、実は歴史的な状況にあるんだっていうのが、僕の中でジャズをやめた頃に一番思ったんです。ジャズができなくなった時に、よくよく考えたらなんで日本で生まれた自分がニューヨークでジャズを勉強して、弾けなくなって、人生の路頭に迷ったように思っているけど、この状況は何だろう? すごく変じゃない? と。

〈声を挙げ、絶やさない– NEVER BE NO VOICE in 鳥取 2025 –〉米子/ちいさいおうち DAY1(2025年5月25日)

練習できなくなったから、いろんな音楽を聴き漁ってた時期があるんです。ニューヨークのコロンビア大学のレクチャーに潜り込んだ時に、生まれてはじめて津軽三味線を聴いたんです。僕はその三味線の音を一音聴いた時にぶっ飛んだんですよ。説明はいらなかった。ジャズを初めて聴いて憑りつかれたようになった衝撃を超えて、すぐ分かったっていうか。確かにこれでもういいかもと。でもその人に弟子にしてくださいみたいな気持ちには一切ならなかった。断絶があったんですよね。いまの僕がこの楽器を手に取ることは、ものすごく違和感しかないと思ったんですよ。歴史的に戦後に生まれた状況としての自分に変だなと。すごく歴史的ないびつさを感じた。三味線は日本のもので、自分も日本人のはずなのに、これが限りなく自分とは異なる文化圏の、自分の言語体験にない経験で、自分の知識にない外からやってきた衝撃だったからなんですよね。

ー 自分が所属する場所に固有の楽器や音のはずなのに、自分が育ってきた文化圏には存在してこなかったというのは、確かになぜだろう? と俯瞰できますね。

よそのものとしての感動なのか、あるいは自分のDNA とかそういう話なのか全く分からないけど。でもね、僕はそういう歴史的な状況としての自分を生きようってその時に思ったんです。このいびつな歴史的な状況である自分の手に届くものでできることをやろうと。ピアノに対しては違和感ないのに。ギターに全く抵抗も違和感もないのに、三味線とか邦楽器とはどうしてこんなに断絶してるのかと。この違和感を無視して手に取っちゃったら、僕は一生この変だなを知れない。

多分その時感じた違和感って、別に日本と日本人と純邦楽器の中だけにあるものじゃなく、世界の現実、二十世紀とか二十一世紀とかに、あるいはもっと昔から常にあった人間のコンディションの一つなんだろう。でもこの関係性からそれを感じた奴は僕だけかもしれないから、この違和感に責任を持とうと、明確にその時意識しました。

〈声を挙げ、絶やさない– NEVER BE NO VOICE in 鳥取 2025 –〉湯梨浜/旧吉井歯科 DAY3 (2025年10月18日)

今話してて思い始めたけど。その違和感は、多分、僕はそのニューヨークで初めて感じたわけじゃなくて、その前にイギリスで暮らしてて、帰ってきた時にも感じてたんだと思う。もしかしたら本当に別にそんなきっかけがなくてもずーっと感じてたのかもしれない。僕が作ってきた他のいろんな作品も、自分にとってはその違和感を知る、一つの要素になっていたのかもしれません。マイナーな誰も知らないような歴史に追いやられている声を自分なりに聴き取って、他の誰かも興味を持てば聴こえる状態にしておこうと思っているんですね。

ー 歴史的な状況を生きる中での違和感は、#1でお話されていた声にもならない「小さな振動」とも通じるように思います。

加えて、音楽で言うと、僕らが日常的に接するほとんどの音楽を牛耳ってる西洋音楽の理論みたいなものから、どうやって根本的に脱するかっていうか。これは僕の美学なんです。脱構築して戦うこと自体が僕はもう相手の土俵に乗ることだと思うから、そうじゃなくて、僕はそれ以前からあったものに、今の自分が手に入るもので、この今の世界で、その脈と繋がりたいんです。そこにあるはずだから。そのルートをなんとか探そうとしているけど、この〈声を挙げ、絶やさない/NEVER BE NO VOICE〉という声のプロジェクトは、もしかしたら、ものすごくダイレクトに、その脈に繋がると思っています。

〈#3へ〉

トップ画像:〈声を挙げ、絶やさない– NEVER BE NO VOICE in 鳥取 2025 –〉鳥取市内/HOSPITALE PROJECT・旧横田医院 DAY1(2025年6月1日)


mamoru(まもる)
サウンド・アーティスト。2016 年ハーグ王立芸術アカデミー/王立音楽院(オランダ)アーティスティック・リサーチ修了。聴くこと・リスニングとそのコンセプトの拡張から生まれる独自のリサーチ手法をもとに「あり得た(る)かもしれない」歴史や複数的な世界の姿を紡ぎ出し、遠回りに、迷い込みながら、跳躍的に想像し、パフォーマンス、レクチャー、ビデオエッセイ、音楽などを用いた「語り」によって作品を制作。国内外の美術館、ギャラリー、フェスティバルなどで発表。近年は呼吸法、リスニング、想像すること、声のエクササイズを含むグループワークを元にしたプロジェクト「NEVER BE NO VOICE/声を挙げ、絶やさない」(2021-)展開しており、関連するフィールドワーク(台湾、エストニア)も行いつつ、「コレクティビティー/寄り集ること」と「声」の在り方と可能性の探求を続けている。そして、というか、ちなみにサーフィン&コーヒー&猫Loverである。
www.afewnotes.com
@afewnotes


鳥取県立美術館 企画展〈CONNEXIONS コネクションズー接続するアーティストたち〉

会期|2026年2月7日(土)ー3月22日(日)
会場|鳥取県立美術館 3F企画展示室、1Fひろま
開館時間|9:00-17:00(最終入館16:30)
休館日|月曜日(2/23は開館)、2/24(火)

観覧料|一般:1200 円(950 円)、学生:750 円(600 円)、高校生:500 円(400 円)、小中学生:300 円(240 円)
*( )内は前売料金・20 名以上の団体料金
※未就学児、障がいのある方・難病患者の方・要介護者等及びその介護者は無料
※企画展のチケットでコレクション展もご覧いただけます。
※前売券はオンラインチケットのみの販売です。
※2026 年 2 月 6 日(金)までは前売料金、2 月 7 日(土)から会期中は通常料金です。

主催|CONNEXIONS展実行委員会(鳥取県、鳥取県立美術館パートナーズ、日本海テレビ、TPlat)
公式サイト|https://tottori-moa.jp/exhibition/view/exhibition-04-2/
展覧会チラシ|https://tottori-moa.jp/wp-content/uploads/2025/11/CONNEXIONS_Flyer_web_s.pdf

主な関連イベント
mamoru「声を挙げ、絶やさない」リスニングと想像力のワークショップ
[日時]3日1日(日) 13:00~16:00
[会場]ホール
[参加方法]事前申込制(空きがある場合は当日受付あり)

学芸員によるギャラリー・トーク
[日時]2026年2月14日(土)、2月28日(土)、3月7日(土)
    各回とも14:00~15:00
[会場]3F 企画展示室
[料金]要観覧料

ライター

水田美世

千葉県我孫子市生まれ、鳥取県米子市育ち。東京の出版社勤務を経て2008年から8年間川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉県)の学芸員として勤務。主な担当企画展は〈建畠覚造展〉(2012年)、〈フィールド・リフレクション〉(2014年)など。在職中は、聞こえない人と聞こえる人、見えない人と見える人との作品鑑賞にも力を入れた。出産を機に家族を伴い帰郷。2016年夏から、子どもや子どもに目を向ける人たちのためのスペース「ちいさいおうち」を自宅となりに開く。