田中信宏さん、田中 文さん(COCOROSTORE)♯1
手を動かしてものが生まれる。技が継承されていることは、財産

倉吉に2012年から店を構え、鳥取の自然素材を用いた民工芸を取り扱う「COCOROSTORE」。人々の暮らしを豊かにする手仕事のあり方を提案し、地域の作り手とのつながりを大切にしてきました。まずは、近年力を入れている「YANAGIYA REPRODUCT」についてお聞きしました。


白壁土蔵群の一角に、「COCOROSTORE」はある。ガラスの引き戸の先に並んでいるのは、地元で生まれた手仕事の数々。入道雲と青空の広がる夏の終わりに、田中信宏さん、田中 文さんを訪ねた。

ふたりは、店内に並ぶものについて、成り立ちや背景を穏やかに語ってくれる。入口近くのテーブルに視線を移すと、いなばの白兎と赤おにの張子の面に目を奪われる。これは、柳屋が生み出し、鳥取の人たちに長く親しまれてきた郷土玩具だ。

1928年に鳥取市で創業し、2014年まで86年間にわたって郷土に伝わる玩具の復興と創造に力を注いできた柳屋。人を惹き付けてやまない技の数々は、現在「YANAGIYA REPRODUCT」として、信宏さん、文さんをはじめとする有志に引き継がれている。

 

「玩具を作ってみないか?」、2020年 YANAGIYA REPRODUCT 始動

ー 「YANAGIYA REPRODUCT」は、どのような経緯でスタートしましたか?

信宏:革作家の朝倉綱大くんが、残皮でブローチを制作していて。それを見た妻の文が、「柳屋さんのお面のブローチができたらいいね」と提案してくれたのが始まりです。

2018年ころ、すでに柳屋は廃業していたんですが、綱大くんと一緒に、柳屋の田中謹二さん、田中宮子さんに会いにいきました。「ぜひやって」と言ってくださったので、張り子の面のデザインをブローチに取り入れることに。

その帰り際に、謹二さんが、「玩具を作ってみないか?」と声をかけてくれて。でも生半可な気持ちではできないという思いが強くあったので、「はい」とすぐには返答できませんでした。

:夫から相談されたとき、直感的に「これは大事なことだ」という感覚がありました。「ここで、やるって言ったら、もう一度、柳屋さんの歴史が始まるよ」「柳屋さんの玩具や、人柄が好きだったら、絶対やったほうがいいよ」と伝えたんです。

信宏:ただ、取り組むと決めて、うさぎの面を作り始めたけれど、難しくてうまく和紙が貼れない状態が続いて。悶々とした状態で2年ぐらい経ったころ、コロナ禍に。頻繁に通うことが難しくなり工程の多いお面の制作が停滞してしまいました。その後しばらくして妻も張り子の面を作り始めました。

 

「COCOROSTORE」のネットワークが、玩具復刻につながった

:実は、柳屋さんからお話をもらった時点で私もやりたいと思っていたんです。出産を経て家で作り始めました。

一方で、嘉久雛(かくびな)やハト笛は、2020年に「YANAGIYA REPRODUCT」として復刻させることができました。嘉久雛は、木のパーツを削り出して組み立て彩色をします。つながりのある木工作家の朝倉康登くんに削り出してもらって、朝倉邦子さんに彩色してもらいました。邦子さんは、康登くんのお母さんです。

信宏: ハトやフクロウの土笛は、笛穴を開ける際に微調整が必要なシビアな玩具です。陶芸家の九十九さんと柳屋に行ってレクチャーをしてもらいました。彩色の担当は、朝倉邦子さんです。

:柳屋に通うことが難しくなってからも張子面の製作は続けていて、録画したビデオを見たり柳屋さんに聞いたり、過去の柳屋の作品を集めて研究したり。自分の力を全てつめ込んでうさぎの面を完成させました。宮子さんに「いいよ」と言ってもらうことができ、2023年から販売を始めることになりました。

張り子の面は、いなばの白兎、猩々、青の鼻たれ、ぬけ、赤おにの5種類を復刻。古物商で購入した古紙や青谷町の大因州製紙協業組合さんから残紙利用として譲っていただいた和紙を使って、まず木型に9枚程度の和紙を2回か3回に分けて貼ります。和紙が重なり合うシワを綺麗に伸ばして乾燥させ、胡粉を塗って乾かします。最後に膠液と顔料や染料を混ぜて作った絵の具で着彩します。

張り子面の「張り」って、引っ張るという感じだと思うんです。キューンと伸ばして貼りますが、和紙が伸びなかったら綺麗に貼れません。伸ばすと、紙がきゅっと型に入って行きます。「紙の質によって伸び方に違いがある」と驚きました。

 

信宏:因州和紙の生産者さんから楮紙がよく伸びるからと上質な紙を分けてもらったことも。協力してもらっていることがたくさんあります。

もともと柳屋で使っていた張子面の型は、わらべ館に寄贈されているんです。型を借りてきて、仏師の石賀善章さん(仏巧舎)に新たな木工型を起こしてもらいました。技を持つ人が身近にいるのは心強いことです。

そして、プロダクトデザイナーの川﨑富美さんは、張子面を作ってみたいと「YANAGIYA REPRODUCT」に加わってくれました。柳屋の技術を継承し張子面を制作しながら、将来はオリジナルの面も作りたいと話されています。

ー いろいろな人の手が加わって、柳屋さんの玩具は復刻されているのですね。

:COCOROSTOREで培ったネットワークが、活きています。玩具復刻に関わるようになったのも、いろいろな人とのつながりがあったから。縁だなと思っています。

 

「何回も心が折れそうになった」、でもその先には笑顔が待っていた

:「はー、できない」と、張子面の制作過程で挫けそうになったときも謹二さん、宮子さんはずっと応援してくださっていて。柳屋に通いお話を聞くのを楽しく感じていました。今でも宮子さんは「どんどん聞いて」といろんな話をしてくださいます。

最近は、首振りの張子人形に取り組んでいます。顔料はどうするか、どんな道具を使うかを、宮子さんに合格をもらえるまで、何度も確認。柳屋さんの作品は綺麗なので、なかなか再現が難しいんですけど、着々とひとつずつやっています。

柳屋の初代、達之助さんの玩具は「イマジネーションが凄すぎる、あれもこれも何でもつくってしまう」と、メンバーの川﨑さんと話しているんです。柳屋の玩具を広めたい、そして、宮子さんにも喜んでもらいたい。宮子さんに「YANAGIYA REPRODUCT」の展覧会のチラシなどを見せるのも楽しみの一つです。

ー あおや和紙工房で開催した「柳屋の張子面展」では、お面を付けることもできました。ものに、直に触れることも大事ですね。

:張子面も、本来は玩具として楽しんでいたものです。青谷の展示では、子どもたちに「自由に遊んでおくれ」と、実際に触れてもらいました。触れば痛んでしまうけれど、みんなが嬉しそうにしているのを見ると、玩具の力を感じます。

「お面で変身 柳屋の張子面」展(2024年7月2日-8月4日、あおや和紙工房 ロビー)

それに玩具を通して風俗や文化を知ることができるのも面白いところ。私は麒麟獅子舞に登場する猩々の張子面を作ってはいても、実際に見たことがなかったんです。もっと知りたいなと思って、友達のお兄さんが舞っている麒麟獅子舞を見に行きました。

宮子さんから、昔はこんな素材を使っていたと話してもらうのも面白くて。柳屋の田舎雛は、陶土で作った顔の鼻をちょっとだけ高くします。そのために使うのが、日本髪を結うための紙製の紐。それを切って貼り付けます。玩具の中に、今では使わなくなった身近な素材が用いられていることを発見することができました。

信宏:柳屋さんは、COCOROSTOREを始めた当初からの取引先でした。後継者が無く廃業された時に、何も出来なかったのが虚しくて、でもいつか誰かがという思いを持っていたから、形になると嬉しいですね。
玩具は、子どもが遊ぶ平和的な工芸の品で大好きです。現代はケミカルなものが多くて、昔ながらの自然素材のもので地元で調達できたらいいなと考えています。

一度伝統が途絶えた玩具は、なぜ生まれたのか、なぜ無くなったのかを考えてみるようにしています。そこで見えてきた障壁を取り除いて、現代に合う形で提案すれば、将来的におもしろい展開ができるんじゃないかと。作り方が紙やデータに記録されるだけではなくて、実際に手を動かしてものを作る技術が残っていくことは、財産だと思っています。

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※この記事は、鳥取県立博物館が発行する「鳥取県立美術館ができるまで」を伝えるフリーペーパー『Pass me!』09 号(2024年9月発行)の取材に併せて2024年8月にインタビューを実施しました。


COCOROSTORE
倉吉市、白壁土蔵群の歴史ある建物を改装し、鳥取の自然の中で職人や作家が生み出した染織品、陶磁器、鍛冶、木竹工、和紙などを展示、販売。良質な民工芸の継承に取り組み、手に取る人の生活をより豊かにするために活動を続けている。
https://cocorostore.jp/

ライター

彩戸えりか

「ちいさいおうち」での白井明大さんのお話をきっかけに詩の世界に。詩が隣にあることで寂しさが少し和らいだ気がします。トットの記事が誰かにとってささやかな光になることを願いながら。