本棚帰郷 ―鳥取を離れて #9
『The Seed of Hope in the Heart』(1)

自分にとって大事な場所、しかしそこに自分はもういない、そんな矛盾―
鳥取出身、京都在住のnashinokiさんが1冊の本や作品を通して故郷の鳥取を考える連載コラム。今回から、岩手県の陸前高田で種屋を営む佐藤貞一さんが書き続ける『The Seed of Hope in the Heart』を紹介していきます。あの震災での出来事やその時の思い、そこからのまちの変化などを英語で記録し綴り続けた中に、実は鳥取との縁を知ることができます。


今回は、前回紹介した『BOOKSTORE』を撮影した中森監督が、昨年鳥取の湯梨浜で上映した映画、『息の跡』に関係する本を紹介したい。

陸前高田の「たね屋」

『息の跡』は、岩手県陸前高田市で、種苗店「佐藤たね屋」を営む佐藤貞一さんの、東日本大震災後の生活を追ったドキュメンタリー映画で、震災後ボランティアで東北の被災地を訪れた、小森はるかさんが監督し撮影した。小森さんは当時学生で、同じ大学の学生だった瀬尾夏美さんとともに被災地のいろいろ場所をボランティアをしながらまわり(1)、その中で陸前高田に長く留まりたいと考えるようになった。そして大学院を休学し、陸前高田で働きながら佐藤さんの様子を撮影した。

映画『息の跡』予告編

陸前高田市は、岩手県沿岸部の最南に位置し、2011年3月11日の東日本大震災で特に大きな被害を受けた地域だ。地震後に高さ15mを超える津波が平野部を襲い、市街地は壊滅的な被害を受けた。2013年の統計では死者1556人、行方不明者217人と記録されている(2)

佐藤さんはこの津波で、沿岸部の市街地にあった自宅と店舗を流されたが、被災後すぐに、以前店があった場所で、プレハブの店舗を再開した。映画の中には、主にその店で時間を過ごす佐藤さんが描かれている。そこに小森さんの姿は現れないけれど、撮影は小森さんがしているので、映っている間、二人は同じ場所にいて、時折その二人がやり取りをする声が聞こえる。それは時にコミカルで、しかし時に緊張する瞬間があり、小森さんはうろたえたりもするが、それでも、佐藤さんとまっすぐに向き合っている。

外国語で震災の記録を書く

佐藤さんは、英語で震災の記録を書いている。その記録を書き、そして自分で読みあげる佐藤さんの姿を、映画では見ることができる。その記録が、今回取り上げる本、『The Seed of Hope in the Heart』(3)だ。でも、どうして英語なのだろう。多くの日本人は、そのことを疑問に思うのではないだろうか。佐藤さんは、自分で口癖のように言っているけれど「ただのたね屋」で、大学にも行っていないし、英語を専門的に学んだわけでもない。それに日本の多くの人に読まれるための記録を書くならば、日本語で書くに越したことはない。それなのに、なぜ。

私はこのことを、母語では書くことができない。大切な家を思い出すたび、自然に涙が溢れてくる。日本語で書いたら、悲しくなりすぎるだろう。日本語では「泣きの涙」あるいは「もぞやな」(4)と言うが、私はとても感情的になって、曖昧な文章になってしまうだろう。出来事によっては、自分の気持ちが暴力的に揺さぶられ、私の手はひどく震える。目から涙がこぼれ落ちる。生まれつきの言葉は、魂に深く染み込む。赤い水が砂を通って滲み出て、血痕になるように。(5)

だが英語で書くと、感情を抑えることができた。私は英語に不慣れだから、意味を調べて、それで頭がいっぱいになった。英単語の意味は、私の心深くは貫通しないだろう。だから私は、意図してこの本を英語で書くことを選んだ。感情によって曖昧になることを避けるため、そして悲しい出来事を書くことの痛みを取り除くために。それに英語なら、よそ者の視点から文章を書けるし、(精神的ショックで)禿げ頭にならずにすむかもしれない。(6)

英語で書いた理由を、佐藤さんはこう説明している。「赤い水」が言葉だとしたら、「砂」は佐藤さんの身体だろうか。そして、言葉が身体を通ることで「血痕」となる。日本語がどれだけ自分自身に染み付いているか、多くの人は、これほど切に感じたことはないのではないだろうか(最後の部分には佐藤さんのユーモアも感じる)。それを佐藤さんは、地震と津波という体験を通して自覚した。そしてここにはまた、記録から、感情による「曖昧さ」を排そうとする強い意志も感じられる。

どうして曖昧さは遠ざけられねばならないのだろう。一つには、震災のような多くの人間の命を一瞬で奪うような出来事の場合には、言葉や行動の一つ一つ、そのわずかな違いが、人間の命を左右するからではないだろうか。記録を後世に役立つものとするためには、それは可能な限り、正確なものでなければならない。とはいえ、佐藤さんは書き始めてから、少しその考え方を変えてもいる。

最初は、一ページで終わらせるつもりだった。しかしどうにか書き始めると、どんどん先へ進んでいった。強い感情が、津波で破壊された世界から汲み上げられた。私は自分が英語の下手な書き手だということを忘れた。何かに取り憑かれたように、英語で書くことにのめり込んだ。そしてとうとう、津波の仮借ない現実と向かい合うことができた。そして気づいた。英語で書くことは、私の痛みを減らしはしないと。だから、起こった出来事を、そして私がどう感じたかを読者に伝えるために、英語を使おうと決めた。

すぐに終わらせるつもりだったのに、一度書き始めると、どんどん言葉が進み、止まらなくなった。そして記録は、事実に関する正確な記述を含むとともに、激しい感情を伝えるものとなった。この本は現在第5版(2017年)で、筆者の手元にある、震災翌年に出版された第2版では58頁だったものが、現在は279頁もの厚さになっている。佐藤さんが、これまでずっと書き続けてきたからだ。

2012年に出版された『The Seed of Hope in the Heart』第2版

〈続く〉


1.小森はるかさんと瀬尾夏美さんが2011年に東北の被災地を移動滞在した当時の日記を、このページで見ることができる。また瀬尾夏美さんは、「花の寝床/3つの始点」(『ミルフィユ05 技と術』赤々舎、2013年、所収)という文章で、佐藤さんの語りを伝えている(その後『花の寝床』は単著として出版された。こちらは筆者は未見)。
2.「いわて防災情報ポータル」に記載の統計(平成25年2月28日現在)より。
3. 『The Seed of Hope in the Heart』5th edition. 2017年。引用は主に筆者による訳で行い、注に頁数のみ記す。タイトルを訳すならば『こころの中の、希望のたね』。
4.陸前高田市を含む気仙地方の方言で、佐藤さんによると、「むごい」という意味。p.270
5.p.271
6.同上


 今回の本 『The Seed of Hope in the Heart』5th edition
著:Teiichi Sato(佐藤貞一)
発行:2017年

ライター

nashinoki

1983年、鳥取市河原町出身。鳥取、京都、水俣といった複数の土地を行き来しながら、他者や風景とのかかわりの中で、時にその表面の奥にのぞく哲学的なモチーフに惹かれ、言葉にすることで考えている。