本棚帰郷 ―鳥取を離れて #7
『BOOKSTORE 移住編』(3)

自分にとって大事な場所、しかしそこに自分はもういない、そんな矛盾―
鳥取出身、京都在住のnashinokiさんが1冊の本や作品を通して故郷の鳥取を考える連載コラム。今回はドキュメンタリー映画『BOOKSTORE 移住編』を紹介する3回目。全4回でお届けします。


方法としての上映会

この映画を撮影した中森監督は、作品の受け渡し方として、上映会という方法を選んでいる。

監督は『BOOKSTORE』の後、『Constellation』というアジアのオルタナティブスペースを撮影しまとめた映画を制作した。映画の中には2011年の雨傘革命(1)、ひまわり学生運動(2)を体験した香港、台湾、そして韓国、日本、インドネシア、マレーシアの個性的な古本屋、食堂、アートを学ぶためのスペースなどが登場する。

『Constellation』はもともと、『BOOKSTORE』を上映するためのアジアツアーで訪れたスペースの人たちを撮影し、出来上がったものだという。映画を見ると、既存の社会の仕組みとは別のあり方を模索しスペースをつくろうとするのは、日本に限った試みではないことがわかる。そういったアジアの人々の紹介であるとともに、その人たちを映画がつなげている。地方から首都、そして外国へ(そのまた国の首都から地方へ)という従来の関係とは異なる仕方で様々な場所を結び、地方–大都市という階層を変える可能性も秘めた試みといえる。

『Constellation』予告編

ここに出演した人のほとんどが、モリ君の姿を見ている。だから「上映ツアーの記録みたいなもの」。そう監督は言う。制作した映像をウェブ上にアップして済ませるのではなく、上映会を自分が企画し、会場へ足を運ぶ。ウェブにアップするのはボタンひとつでできるが、そこには工夫の余地がなさそうに思える。自分で上映会をするとなると、地域、お店、上映時期等、いろいろな要素によって伝え方を工夫することができる。「交渉は大変だけど、楽しい」。そう監督は話す。

松崎の街を歩く、中森圭二郎監督。2017年9月撮影

そうやって行う上映会は、単に「完成品」を公開するだけの場ではない。上映をすると、その地域で似たことを考えている人が集まってくる。インターネットが発達した現代でも、出会いたい人とはなかなか出会えない。でも作品を持って行くと、それを見に、会いたい人がやってきてくれる。「上映会だと、作品をめぐるコンテクスト(周辺の状況)を持っていくことができる」と監督は言う。彼やモリ君が実際に上映に参加し、互いの生活する場やコミュニティ、その方法等について語り合うことで、映画の中と外につながりが生まれ、映画を見た人が鳥取にやってきたり、逆に日本からアジアのスペースに人が訪れたりする。それは上映会にやって来た人に、より多くのことを伝え、人を動かし、状況を変える力になる。映画の中にあるものが、映画の外へ染み出していく。そしてまた、その人たちから監督やモリ君が影響を与えられることもあるだろう。

時間を超える時間

上映会がこのように、映像を世界に開いていく方向とすれば、それとは逆に、時間が映像として閉じ込められ、他のものと切り離され保存されることで、時代を超えるという側面もあるように思う。

2011年の震災後、原発を中心とした日本社会の矛盾が明らかとなり、それに対して多くの人が声をあげ、社会は良い方へ変わっていくかに思われた。震災直後の鳥取で、僕はその空気を感じていたし、モリ君も、その声とともに生きていたように、筆者には思われた。

しかしその後2012年12月に成立した自民党・安倍政権は、福島原発の事故処理に目処が立たないまま原発を再稼動させ、また立憲主義(憲法によって支配者の恣意的な権力を制限しようとする思想および制度)、さらには言語や倫理感までをもなし崩しにする政治を続けている。脱原発のデモ(3)や学生によるSEALDs、学者を中心とした立憲デモクラシーの会など、政権に異を唱える人々は多かったが、未だこの状況は変えられていない。

改修中の店舗(汽水空港)。2017年9月撮影

こういう状態に、人はどんどん慣れていってしまう。何もかもがどうでもよくなり、現実をより良い方向へ変える努力を諦めてしまいそうになる(少なくとも筆者には、そのような気持ちを感じる瞬間がある)。でもそんな時、映画に込められた時間は、目の前の現実に埋もれそうになった目をそこから引き離し、別の時間へ運んでくれる。

映画を見ると、そこには2012年の鳥取で、一つ一つ時間をかけ、自分でやっていこうとするモリ君の姿がある。彼の語ることは、すぐに実現することではない。それにはとても長い時間がかかる。そして何の保証も後ろ盾もない。けれど彼の頭の中には、現実社会のおかしいと思うところに対置するイメージがある。そこから浮かびでるアイデアをうれしそうに語り、一つ一つそれを実現していこうとする。それに向かって、早くはないが、必ず歩を進めていく。

その姿は、あの頃モリ君のまわりにあった時間をも、筆者に思い起こさせてくれた。

一つ一つ、考え、自分がよいと思うことをやっていこう。それはどのような時代においても、変わらず、間違っていない。

写真:丸山希世実

(続く)


1. 香港で2014年9月28日から79日間続いた民主化要求デモ。2017年の香港行政長官選挙をめぐって、中国中央政府が民主派の立候補者を実質的に排除する選挙方法を決定したことに抗議する数万人の学生・市民が銅鑼湾・金鐘・旺角などの繁華街を占拠した。名称は催涙弾や催涙スプレーで排除しようとする警察に、デモ参加者が雨傘をさして対抗したことに由来する(デジタル大辞泉/コトバンク)。
2. 2014年3月、台湾の与党・国民党が中台間でサービス業を開放しあう「サービス貿易協定」を強行採決しようとしたことに反発して学生たちが立法院に突入し、23日間にわたって占拠した運動。多くの市民からの支持もあり、与党側は審議のやり直しと、中台交渉を外部から監督する条例を制定する要求を受け入れた。議場に飾られたひまわりの花がシンボルとなり「ひまわり学生運動」と呼ばれる。(2015-03-17 朝日新聞 朝刊 オピニオン1/コトバンク)。
3.全国的な脱原発デモについては、小熊英二編著『原発を止める人々 − 3.11から官邸前まで』(文藝春秋、2013年)に、2013年までの主要参加者の証言と、社会学的考察がまとめられている。なお、首相官邸前では現在も、首都圏反原発連合を中心とする脱原発を求めるデモが継続中だ。


 今回の作品 ドキュメンタリー映画『BOOKSTORE 移住編』
監督・撮影・編集:中森圭二郎
構成協力:小町谷健彦
題字:岩瀬学子
制作・発売・配給:映像レーベル地球B
2013/カラー/デジタル/SD/78分

ライター

nashinoki

1983年、鳥取市河原町出身。鳥取、京都、水俣といった複数の土地を行き来しながら、他者や風景とのかかわりの中で、時にその表面の奥にのぞく哲学的なモチーフに惹かれ、言葉にすることで考えている。