ひやまちさととレンレンの 
あっちーこっちー
#1 ホスピテイル・プロジェクト

コラム「あっちーこっちー」は、鳥取県若桜町でギャラリーカフェふくを運営する、ひやまちさととその家族「レンレン」が鳥取県内で行われるアートプログラムや企画展、イベントなどに文字通りあっちこっち行ってみる様子をお伝えするものです。つい頭で考えてしまう大人と違い、こどもの感じ方は素直で遠慮がない。ふたりで見つけた発見を、ドキドキしながらお送りします。


第一回目は、2023年9月24日〜11月5日にかけて鳥取市の旧横田医院「HOSPITALE」で行われた、Boat ZHANG(ボート・チャン / 張 小船)の個展『そうぞう力なくなった!?』 のレポートをお届けします。

ギャラリーで作品を鑑賞するために出かけるのは、休日に余裕を持って服装もちょっと気にして、アクセサリーの一つでもつけて、靴には泥なんてついてない、ってそんなことをしていたのは、遥か遠く昔のことだ。

自分の店を閉めて、エプロンをつけたまま、軽自動車に乗り込み、こどもを学校へ迎えに行く。学童から出てきたレンレンは、フェンスの下に生えた草をちぎりながら、亀のように歩く。私のお決まりの「早く〜」の声はもう聞こえない自然音になっているらしい。「今から出かけるよ」「どこに」「展示見にいくよ」「えー」とかなんとか言いながら車に詰め込む。そしてすぐに後部座席でランドセルを枕に眠ってしまった。

ついた先は鳥取駅近くにある旧横田医院「HOSPITALE」。
その向かいにある焼肉屋に若い男女の群れが吸い込まれていく様子に、若いエネルギーってそこにいるだけで生まれるものなのね、なんて思いながらHOSPITALEへ入っていく。

HOSPITALEは1956年に建てられた円形の建物で「横田医院」として1996年まで病院として開業していたそう。現在は鳥取大学や地域の住人やアートに関わる人の活動拠点として運営されている。
何度か足を運んだことはあるが、建物全体が展示になっているのは初めて経験する。

夕暮れどき、薄暗いなかエントランスをくぐると、そこには2つの手、そして赤と青のキャンディーのかたまりがあった。2階へ続く階段を上がっていく手前に錠剤で「EXIT、ENTRY」と書かれた文字が。いつもはレンレンの方が怖がりそうだけど、サクサク階段を上がっていってしまう。なんだか私の方が腰が引ける感じ。建物が円形であること自体がもうすでに自律神経に触れてくるようだ。

2階には7つの作品があった。建物の中はもともと小さないくつもの小部屋に仕切られていて、テレビデオや液晶モニター、シーソーなどを使ったインスタレーションがあり、私の目には、伝えたいことのためにそれらの道具が使われているという認識からの鑑賞だが、レンレンはなんだかよくわからないという顔をして、でも小さな部屋や扉、光や音があるとやっぱりワクワクするのか思いのほか楽しんでいる。(私はいつ帰りたい〜と言われるか心配であった)

3階に上がると5つの作品があり、その中でも「赤外線理学療法+ASMR療法:原材料を読む」を鑑賞しながら、思い当たる節がある。私が初めて乳房から乳を生成する体になったとき、口にしたものが全て、この生まれてきたまっさらな命の栄養成分となるのだと自覚したとき、全ての原材料に敏感になったことを思い出した。振り返ると、大小様々な目が並ぶ「自殺した作家の目、ベイビーのスマイル」と目が合う。さすがにレンレンが「帰りたい」と言い出した。作品は全体を通して治療を目的とした行為のようで、しかし単なる癒しではなく日常に経験するさまざまな選択や、目を逸らしている現実を突きつけ、自分の体内にあるよくない細胞をあぶりだすよう。単純な洗浄ではなく、むしろ泥とか闇とかをひたすら突いてくる。少し息苦しくなったころ、海の音が聞こえた気がした。ともかく外の空気を吸いたいと思い、屋上に続く小さな階段を上がっていく。

果たしてそこには、ビーチがあった。

そしてこの作品の作者であるBoat ZHANG(ボート・チャン)さんがビーチチェアに寝そべっていた。
レンレンは砂があれば永遠に遊べる子であるので、とても喜んで砂へ駆け出していった。
円形の建物の上に現れた、円形のビーチ。湿り気を帯びた空気に日本海を感じながら、横の焼肉屋のケムリ、現代的なマンションの住人の暮らし、安っぽいビーチ、それらがこの場所で一番「現実」であった。
呼吸を整えて、作者に聞いてみようと準備したいくつかの質問があったのだが、チェアに寝転がる彼女のお腹がだいぶ膨らんでいるのを見て、11月の夕方、冷たい風の中、どうか冷えないで欲しいという心配ばかりが募り、私はインタビューをすっかり忘れた。
交わした言葉は確か、妊娠して記憶力がなくなったということと「はい・いいえ」で決めることが苦手という話だったかと思う。激しく同意しながらも、ともかく、彼女には早く室内の温かいところで休んで欲しいという思いで話を切り上げた。

その間、レンレンは貝を拾ったりしてとても楽しんでいた。
建物を降り、エントランスへ辿り着いた時、レンレンは言った。
「1個だけ、みどり色のキャンディーがあるよ」
本当だろうか。もう確かめる気力のないまま、私は作品から外へ出た。

帰りは、レンレンの10マスノートを買うことを忘れてはいけない。
さあ、現実の私の生活へ戻ろう。
レンレンは赤の、私は青のキャンディーを手にしていた。


ホスピテイル・プロジェクト
2012年、鳥取大学を中心にスタートしたアート・プロジェクト。1956年に建築された旧横田医院を活用し、アーティスト・イン・レジデンスプログラム、展覧会、パフォーマンス・イベント、アートに関するレクチャーなど多様なプログラムを実施。人々の創造性を高め、多様な価値観を認め合うコミュニティの核となることを目指し、学生、地域住民・団体等と活動を続けている。

ホスピテイル・プロジェクト実行委員会事務局|
〒680-0821 鳥取市瓦町527 ことめや内
TEL : 0857-30-7630
http://hospitale-tottori.org/

Boat ZHANG / 張 小船  展覧会「そうぞう 力 なくなった!? Lonely Consumer」
http://hospitale-tottori.org/program/lonelyconsumer/
会 期|2023年9月24日(日)〜11月5日(日) 
会 場|旧横田医院 (鳥取市栄町403)

ライター

ひやまちさと

鳥取県若桜町在住。高校卒業後、京都でデザイン、神戸でイラストレーションを学ぶ。フリーでイラストレーションとデザインのお仕事をしながら2016年より鳥取市鹿野町の「鹿野芸術祭」にも関わる。2019年より若桜町にギャラリーカフェふくを運営。大切にしている言葉「早寝早起き」。