公演後のアフタートーク

ちづの町と森の演劇祭2025
OiBokkeShi「恋はみずいろ」
公演&アフタートークレポート

今年で第2回目となる、ちづの町と森の演劇祭。その公演の一つが「恋はみずいろ」です。公演の様子とアフタートークでの劇団のみなさんのお話をレポートします。認知症や介護、家族の問題といったシリアスな題材のお芝居だけれど、客席からは時おり明るい笑い声が聞こえてきます。「老い」に向き合うOiBokkeShiには、観る人のこころをほどいてくれる力があるようです。


できないことを受け入れて自分らしく。演劇で「老い」と向き合う

OiBokkeShiは、岡山県和気町に設立され、2016年から岡山県奈義町を拠点に活動する劇団です。「老いと演劇」をテーマに掲げ、作・演出を担当するのは、菅原直樹さん。東京で俳優としての経験を積み、20代の終わりに介護の世界に飛び込みました。

「介護職員として高齢者と関わるようになって、介護と演劇は相性がいいと気が付きました。特に認知症の方と良好な関係を築くためには、言動を正すのではなく、職員はときに演じながらその方を受け入れることが必要です」

OiBokkeShiの看板俳優は、99歳の岡田忠雄さんです。菅原さんが岡田さんと出会ったのは11年前のこと。

「当時88歳の岡田さんは、劇作家でもない私を監督と呼んでいました。岡田さんに役を与えてもらうことで、劇作家となり活動を続けてきたように感じます。岡田さんと一緒に演劇をしたいと言って集まった、奈義町の家族介護者や高齢者、障害を持つ方、若い人たちとワークショップをしながらお芝居を創っています」

今回の演劇祭で上演された「恋はみずいろ」もワークショップから生まれました。

「普段は言えないけれど、みなさんが家族や介護に対する思いを抱えているんじゃないかと感じていました。子ども、親、祖父母、それぞれの立場を演じながら対話する可能性を探り、ワークショップを繰り返して、家族をテーマにした舞台を作ることを目指しました」と菅原さん。

介護施設長を演じた植月尚子さんは、「OiBokkeShiは、障害を持った方や高齢者が、輝ける居場所。それぞれが自分らしく輝ける奇跡のような劇団です。私の老後も楽しくなりました」と笑顔を見せます。

母を遠距離介護する娘役の内田京子さんは、入居者を演じた夫の内田一也さんと共に舞台に立ちました。

「夫は数年前に倒れ、一時は会話をすることが難しくなりました。でも、OiBokkeShiに参加してから表情も明るくなって、コミュニケーションも取れるように。今では、混声合唱団に加わり、コンサートにも出演しています。菅原さんやスタッフのみなさんが受け止めてくれたことに対して、感謝しかありません」と話します。

菅原さんは、ご自身の体験に基づき、人生の下り坂の価値観に触れて「自分はこのままでいいんだ」と気づく体験を大切にしています。老いについては、こう語ります。

「人生には上り坂があれば、下り坂もあります。上り坂には、上り坂の価値観があり、下り坂にもその価値観があるわけです。

例えば、成長という言葉は、上り坂の価値観では、できないことをできるようにする意味合いを持ちます。一方で、下り坂での成長とは、できないことを受け入れていくことです。同じ成長なのに、意味が全く違います。

坂を下っている人に対して、上り坂の価値観を押し付けると、気持ちを傷つけることがあるのではないでしょうか。逆に上り坂を生きている若者が、何か息苦しさを感じたときに、下り坂の価値観に触れることで、ちょっと楽になることもあるんじゃないかと思います。

演劇を通して人生の下り坂の価値観に触れ、自分らしさを見つけてほしいのです」

行方不明になった母を探す青年役の中島清廉さんは、「最後まで演じきることができて、いい時間になりました。次は明るい役をやってみたい」と充実した表情を見せました。

観客からは、「配役がぴったり。演じる方が自分の言葉を話しているようで、感情の揺れが伝わってきました」という感想が聞かれました。

出演者が自分らしさを発揮できたのは、できないことやそのままの自分を受け入れる温かな価値観がOiBokkeShiを満たしているからかなと、会場を包む空気の中で感じていました。あるがままを受け入れる姿勢は、客席の一番うしろから公演を見守り続けていた菅原さんの表情に集約されているよう。横顔には、終始、心から楽しそうな笑みが浮かんでいました。

生活の場で演じる。それがOiBokkeShiらしい

今回の公演には、プロの俳優も二人参加しています。その一人、岡山県出身で主に東京で活動する金定和沙さんは、劇団員のみなさんがこの場所が好きなのだと感じると話しました。「OiBokkeShiのお芝居を観たのをきっかけに、2018年から関わっています。OiBokkeShiでは、和気あいあいした雰囲気で稽古が急に始まって、すっと終わる。生活の中に演劇が溶け込んでいます」

奈義町の高齢者施設を舞台にした「恋はみずいろ」の背景は、高齢化や過疎化が進む智頭の現状と重なるところが多くあります。今回会場となったのは、町の高齢者施設と病院が併設された「ほのぼの」という建物。「いつもここに通っている方は、見慣れた場所で演劇が行われていることに不思議さを感じたかもしれません」と、アフタートークの司会を務める「ちづの町と森の演劇祭実行委員会」の齋藤(米井)啓さんは振り返りました。

「生活の場で、生活者自身が介護の問題を演じるのがOiBokkeShiらしい。演劇と日常とつながっているから、リアリティがあり、観る人にフレンドリーに働きかけていきます」と菅原さん。

OiBokkeShiには、夢があるそうです。

「なぜ演劇をやっているのか。それは、この日のように芝居をやって、観に来てくださる方たちがいるから。それが夢の実現だと思っています。この輪を広げるため、演劇を続けていきます」


ちづの町と森の演劇祭は、7月27日のQUEENBEE JAZZ ORCHESTRAの公演に続きます。

写真提供:米井啓(1枚目)


菅原直樹 / Sugawara Naoki
1983年栃木県宇都宮生まれ。桜美林大学文学部総合文化学科卒。劇作家、演出家、俳優、介護福祉士。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。平田オリザが主宰する青年団に俳優として所属。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。2012年、東日本大震災を機に岡山県に移住。2014年「老いと演劇」OiBokkeShiを岡山県和気町にて設立し、演劇活動を再開。並行して、認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開。2016年より活動拠点を岡山県奈義町に移す。OiBokkeShi×三重県文化会館「介護を楽しむ」「明るく老いる」アートプロジェクト(2017年~)など、劇団外でのプロジェクト、招聘公演も多数実施している。平成30年度(第69回)芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)受賞。令和6年度(第25回)岡山芸術文化賞グランプリ受賞。セゾン文化財団2025年度セゾン・フェローII。


「ちづの町と森の演劇祭2025」

新田人形浄瑠璃相生文楽「傾城阿波の鳴門順礼唄の段」
日時:7月6日(日)13時30分開演
会場:智頭町総合センター大集会室

老いと演劇」OiBokkeShi「恋はみずいろ」
日時:7月21日(月祝)13時30分開演
会場:智頭町保健・医療・福祉総合センター「ほのぼの」内そよ風通り

QUEENBEE JAZZ ORCHESTRAコンサート
日時:7月27日(日)13時30分開演
会場:智頭町総合センター大集会室
料金:一般500円、中学生以下無料
(主催:智頭町文化協会)

トーク 私道さんの「智頭町のはなし」
日時:7月19日(土)14時開始
会場:ちえの森ちづ図書館 つどいの部屋

主催|ちづの町と森の演劇祭実行委員会
共催|智頭町文化協会
運営|NPO法人智頭コミュニティ劇場
後援|智頭町、智頭町教育委員会
お問合せ|ちづの町と森の演劇祭実行委員会 担当:米井啓
     090-1115-0487
     chizutheatrefestival@gmail.com

ライター

彩戸えりか

沖縄で生まれた詩誌「ぶーさーしっ」と、全国の仲間と作る詩誌「言葉をさがす旅 Sail」「言葉をさがす旅 Soil」に鳥取から参加しています。皆生で開かれた白井明大さんのワークショップが詩への入口でした。