「智頭の放課後表現クラブ」
台本通りに進まない物語を生きる。小さなまちの舞台に立って

智頭の放課後表現クラブは、子どもから大人まで地域の方に多彩な表現に触れてほしいという願いから2025年度にはじまりました。今年度のプログラムは、「詩」「建築」「写真」「演劇」の四つです。その中から、智頭コミュニティ劇場が主催する「演劇」のワークショップについてレポートします。


本を読んでいる菅原さんを立ち上がらせるには?子どもと大人がともに芝居へと向き合う

三回にわたる演劇のワークショップを担当したのは、岡山県奈義町で「老いと演劇」OiBokkeShiを主宰する菅原直樹さんです。子どもと大人がともに楽しめる芝居を作ろうと、小学生から高校生までの参加者のほか、地域の大人たちも集まりました。

ワークショップの二回目と三回目に、私は会場へ足を運びました。二回目のテーマは、「役で遊ぶ」でした。「行きたいところに行く人たち」を四人のチームで演じ、観客である相手チームのメンバーには「出かけた先で出会う人たち」を即興で演じてもらいます。大まかなストーリーを決めておきますが、想像していなかった展開に発展していくおもしろさもあります。

写真提供:NPO法人智頭コミュニティ劇場

「初対面の子どもたちともすぐに仲良くなれる」。そう参加者のお一人が伝えてくださった通り、笑顔の絶えない芝居はエネルギーに満ちていて、自由に演じるみなさんの姿に憧れを感じました。

三回目のワークショップのテーマは「いすに座って本を読んでいる菅原さんを立ち上がらせる」です。そのために、九名の参加者が三つのチームに別れて芝居を作り、二分間の本番に挑みます。いすに座って本を読み続けたいと思っている菅原さんの心を動かし、自然に立ち上がってもらうための作戦を練りました。

リハーサルを行って細部を調整した後は、本番です。チームごとに「舞台となる場所はどこか・誰が登場するか」を考えて演じ、菅原さんは即興で応答します。一度目の挑戦では、どのチームもねらい通りのストーリーにはつながりませんでした。

菅原さんは、各チームの芝居にいくつかのフィードバックを行いました。

「家族や親子として対話を交わしていると、温かなやり取りを感じる」
「自分が周囲の演者とどのような関係性かわからないと不審に感じてしまう。でも問いかけたときに、こたえてもらえると安心する」
「その人の良さや得意なことを引き出す提案をすると、相手が動くきっかけになるのでは」

各チームであらためて芝居を見直す時間を取り、その後は二度目の本番です。

最初に発表したチームは、病院でリハビリをしているという設定の菅原さんに向けて、小学生が看護師役、高校生と大人が家族役を演じ、立ち上がってもらうためのさまざまな声かけをしました。しかし菅原さんは次々に理由を並べて、立とうとしません。それでも時間いっぱい、向き合う人の発する言葉をチームのメンバーがしっかり受け止め、即興で対話を続けながら芝居は進みました。このチームの持つやさしさが表れていると感じるストーリー展開でした。

公園でゆっくりと本を読んでいると、ベンチの下に危険物が見つかるという設定を考えたチームもあります。危険物処理隊の隊長を演じる小学生に対して、隊員役の大人二人が信頼を寄せていることが、菅原さんにも伝わったようです。驚いて動けなくなっている菅原さんに落ち着いて状況を説明し、足や腕を「こちらへゆっくり動かしてください」と少しずつ誘導するなか、二分間の上演のおわりを告げる声が響きました。

もう一つのチームの芝居では、菅原さんは高齢の男性役でした。大人の参加者が妻、小学生が娘の役を担い、家族のようににぎやかで和気あいあいとしたやり取りを重ねました。そこに飛び込んできたのが、借り物競争に出走している孫役の男の子です。舞台が運動会当日なのだとわかり、戸惑う菅原さんでしたが、「おじいちゃん、ゴールまで一緒に来て!」という孫の必死の呼びかけに引き寄せられるように立ち上がりました。

写真提供:NPO法人智頭コミュニティ劇場

これまで何を言っても動かなかった菅原さんが、にこやかに前に進む姿に拍手が起こりました。二度目の本番ではどのチームの芝居も、相手をせかし、思い描いたように動いてもらおうと期待するものではなかったと思います。どうすれば心に訴えかけられるのか、状況を綿密に想像してあらすじを考え、本番では実際のやり取りに応じて、芝居を柔軟に変化させていました。

「もし僕が気持を伝えていたとしたら…」演劇は日常へとつながっている

チームごとにワークショップの感想を伝え合うなかで強く印象に残ったのは、危険物処理の隊長を演じた小学生が、誰よりも先に紡いだ思いです。「もし僕たちの芝居の最後に、あなたの命が大切ですと伝えたら、菅原さんは立ち上がったかもしれない」。

それは演じることを通して湧いてきた、正直な気持ちだったのでしょう。参加者全員に共有すると、菅原さんは「もう一押しと感じていたから、そう言葉をかけてくれたら、きっと体が動いただろう」と男の子に語りかけました。このやり取りは、菅原さんが伝えてくださった、かつてのワークショップでの出来事を思い起こさせました。

別の地域で今回と同様のテーマの芝居を作ったとき、菅原さんは「本が読みたい、危なくても構わない」と言い張り、避難しようとしない高齢者の役を演じていました。すると高校生が「私の背中で、本を読んでください」と申し出て、腰をかがめて背負おうとする姿勢を取りました。思ってもみない新鮮なアプローチに心と体はすっと誘われ、いすから立ち上がっていたそうです。

菅原さんが伝えてくださったのは、演劇と日常はつながっているということです。例えば、誰かを力ずくで動かそうとしても、その方のなかに抵抗する気持ちがある限り、なかなか聞き入れてはもらえません。関係性を築いて、相手の気持ちに寄り添い、長所や力を引き出すあり方を考えます。そうすると、向き合う人の心をふっと溶かし、行動を共にすることができるかもしれないのです。

今回の芝居の創作は、その可能性を身をもって体験する機会でした。日常の暮らしや学校生活、仕事を振り返り、明日を生きるヒントを演劇がもたらしてくれるのだろうと感じます。

演じる人のほんの少しのしぐさにも楽しそうに声を上げ、笑顔で芝居に向き合う小学生の姿は、見守る人の気持ちをやわらかくしてくれます。大人も子どももお互いの思いを汲みながら、自らの表現の種を大事に育てていきました。小さなまちで出会い、この瞬間にしか結べない関係性を丁寧に扱っていくことの温もりを、ワークショップの時間が教えてくれました。

すべてのプログラムを終えた、智頭コミュニティ劇場の米井啓さんは、「年代ごとに分かれて表現活動をすることも大事だけれど、大人と子ども、さまざまな方が混じり合うからこそ創り出せるものがある」と話されました。

そして放課後表現クラブの講師は智頭町をはじめ、鳥取市や八頭町、岡山県奈義町などの近隣地域での活動に力を入れています。身近な場所で活躍する方から表現について学ぶことは、このクラブで大切にされいることの一つです。

鳥取市や岡山県西粟倉村、兵庫県などからの参加も多く、智頭町を起点に文化の輪が広がりはじめました。誰にでも開かれた多様な表現の場が、小さなコミュニティに息づいています。


菅原直樹 / Sugawara Naoki
1983年栃木県宇都宮生まれ。桜美林大学文学部総合文化学科卒。劇作家、演出家、俳優、介護福祉士。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。平田オリザが主宰する青年団に俳優として所属。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。2012年、東日本大震災を機に岡山県に移住。2014年「老いと演劇」OiBokkeShiを岡山県和気町にて設立し、演劇活動を再開。並行して、認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開。2016年より活動拠点を岡山県奈義町に移す。OiBokkeShi×三重県文化会館「介護を楽しむ」「明るく老いる」アートプロジェクト(2017年~)など、劇団外でのプロジェクト、招聘公演も多数実施している。平成30年度(第69回)芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)受賞。令和6年度(第25回)岡山芸術文化賞グランプリ受賞。セゾン文化財団2025年度セゾン・フェローII。


智頭の放課後表現クラブ
期間|2026年2月11日(水・祝)-3月27日(金)

講座の内容|
【建築】空間をデザインしてみよう
講師:小林和生、小林利佳(建築家/智頭町)
【詩】言葉を探す旅
講師:白井明大(詩人/鳥取市)
【写真】デジタルカメラを使って「智頭」を撮ろう!!
講師:水本俊也(写真家/八頭町出身)
【演劇】「演じる」ってどんなこと?
講師:菅原直樹(劇作家・演出家・俳優/岡山県奈義町)

お問合せ|メール:chizucommunitytheatre@gmail.com
                電話:090-1115-0487(担当:米井)

主催|智頭町百人委員会 教育・文化部会、NPO法人智頭コミュニティ劇場(「演劇」講座のみ)
後援|智頭町、智頭町教育委員会
助成|令和7年度鳥取県次代の文化芸術を担う人材育成事業補助金(「演劇」講座)

ライター

綵戸えりか

沖縄で生まれた詩誌「ぶーさーしっ」と、全国の仲間と作る詩誌「言葉をさがす旅 Sail」「言葉をさがす旅 Soil」に鳥取から参加しています。皆生で開かれた白井明大さんのワークショップが詩への入口でした。