mamoruさん(サウンド・アーティスト)♯3
人の声が持つ、音楽以前の生まれたての響き
鳥取県立美術館の企画展〈CONNEXIONS | コネクションズ ー接続するアーティストたちー〉(会期:2026年2月7日(土)ー3月22日(日))は、音楽や演劇、パフォーマンスなど異なる領域を横断し多様な文化的背景をもつアーティスト7組を紹介する展覧会です。
参加アーティストのひとりmamoruさんはこれまで〈声を挙げ、絶やさない/NEVER BE NO VOICE〉というプロジェクトにて2025年5ー6月、10月に県内8か所でワークショップを展開してきました。インタビュー最終回ではワークショップを踏まえて鳥取ではどんな作品が発表されるのかを中心に伺いました。
ー 鳥取県立美術館での展示に向け、様々な場所で〈声を挙げ、絶やさない/NEVER BE NO VOICE〉のワークショップをされてきましたが、どんな作品になりそうかを伺ってもいいですか。
mamoru:5月と6月にワークショップを各会場で2日ずつ行いました。それ自体が僕にとってはリサーチの要素も強くて、いろいろ実験させてもらいました。立て続けに9日間やって、ちょっと休憩してまた9日間やってっていう経験で、本当に見えてきたものがすごくたくさんあって、同時に芽生えた新たな興味もある。ただそれを全部回収してたら間に合わないから、まだ最終的にどうなるか分かんないですけど、2021年からやってきた〈声を挙げ、絶やさない/NEVER BE NO VOICE〉のプロジェクトをまとまった形で発表する展示が作れたらいいだろうなと思っています(1)。

このプロジェクトでハミングは大事な要素になっていて、それにはプロジェクトを始めたきっかけでもあるコロナ禍が関係しています。マスクを外せない、抗えないように思う力によって、声を奪われている状況っていうのが、すごく長く続いていた時期で、僕はそれに窮屈さを覚えたし、危機感もあった。そういうレイヤーがありつつ、プロジェクトの中心には、長く響く人の声を聴いてみたいっていう長年の僕の漠然とした願いとか夢だったんですよね。多分ジャズをやってた時から持ってたと思います。そういう類いの音を求める自分はかなり昔からいた。
あまりにも長く持ちすぎていて、なんだったらもう現実化しなくていいっていうか、もう僕はそれを持って想像するだけで、このまま死んでいくんだろうなっていうようなものだったんだけど。

ー 社会の中に生命の危機感が漫然と漂うコロナ禍において、人々の自由な移動が制限され、マスクで口が覆われたからこそ、リアルに人が発する「声」にフォーカスされたのは興味深いです。
mamoru:2021年の状況に、僕自身も他の仕事がキャンセルや延期が続いてすごいフラストレーションを感じていた。名古屋芸術大学のArt & Design Centerから何かやりませんかとお誘いを頂いた時に、仲の良いキュレーターの方が「台湾、オランダ、インドネシア、いろいろな場所に行ってリサーチしながら作る作品も面白いんだけど、もうこういう状況だし、久しぶりにサウンドやるのもいいんじゃない?」って言ってくださって。
で、名古屋芸術大学だから学生がいる。このコロナという状況でこのワークショップをやるのは面白いと思ったんですよね。その時は、自分がこんなに長くやるプロジェクトになるとは微塵も思ってなかったし、プロジェクトにする気がまずなかったんですよね、この音に関して。でも自分のためにこういう機会を使ってもいいじゃんって思ったのかもしれない。ずっと聴きたいと思ってたあの音を密かに聴くのもいいかもなみたいな。
mamoru:実際やらせてもらって、そしたら本当に生徒さんが良かったんですね。その時のみんなは本当に真摯に取り組んでくれて。夏休みを挟みつつ計2回ワークショップやって、夏休み中もリスニングと呼吸法の自主練の課題もみんなやってくれたんですよね。それがすごく良かったし、声質もその人性がものすごく出たんだと思う。本番が素晴らしかったんですよね。不意打ちというか、まさかここでこれが聴けるとはみたいな。大げさではなく、多分僕が人生で聴いた音の中で1,2を争う音だった。彼らが発したその振動が、もうこのまま死んでもいいかもぐらいの、本当に。できればもうやめないで、本当に絶やさないでって。
何を聞いてそんなに自分が震えたんだろうなって思うと、音楽以前の生まれたての音だったからだと思うんです。僕にとっての音楽って、スタイルとか様式のあるものなんですよね。様式は文化的な価値や体系の中で存在しているものだと思うんだけど、その時に僕が聴いた音はそういうものに、一切頼らない、ただの震え。人の振動。それ以上でも以下でもないっていう。分化する前の意味もないソースみたいな。ここからありとあらゆるものが生まれる可能性を秘めていて、ポテンシャルマックスなんですけど。空気が変わるというか、何かが薄く切り裂いていくみたいな感覚を覚えて。

mamoru:〈声を挙げ、絶やさない/NEVER BE NO VOICE〉というインストラクションをいろんな角度で検証してきましたが、そもそも、なんで人は声を使って歌ったり、あるいは声を発声してそれを重ねた時に何か感じるものがあったりするんだろうとか、本当にものすごいビッグクエスチョンになっているんです。
声が、人間同士のコミュニケーションの起源、交流交換に深く関わっているのは間違いない。言葉っていうのも僕の中ではずっと大きな興味関心の中心にある一つなんです。書き言葉の前に話し言葉があり、いま僕らのこういう会話の前に、別の種類の声を使ったやりとりがきっとあったと思うんですよね。ワークショップの中で、ハミングから始まって「うー」とか「つー」とか母音子音を組み合わせた音とかを出したのはそういう意図もあります。
ー 先ほど仰っていたリサーチを経て芽生えた新たな興味とは、この人の声がどうやって生まれてきたのかや、様々な環境の中で、そのコミュニティーでの言葉になっていく過程を指すのでしょうか。
mamoru:そういうのを音声学というのですが、僕もまだ音声学について調べている段階で、いろんな言語のいろんな音について関心が深くなっています。ついこの間まで韓国に行ってきたんですが、韓国だと言語に用いる音の数がすごく多いんですね。日本語は五十音に濁音と半濁音を足して基本的な音素で71音なんですが、韓国はどうなの? って聞いたら、理論的には二千ぐらいあるって言われて。現実には四百から何百だと。それでもそんなにあるんですか?みたいな。話せないから、その感覚もわかんないんですが、口の形や舌の位置とか喉に対してどうとか、組み合わせでいろんな音を人間は作っている。
いろんな言語を比較した時に、普遍的なニュアンスがあるのかとか、意味が発生する前の音がどういうものかとか、霊長類の発達した種類のチンパンジーとかオランウータンでも出せない音を人間は出せるとか。そういうことを研究してる人たちがいるんですよね。突き合わせていって、言語が派生したあたりでこの音が生まれたんじゃないかみたいな。じゃあそれを使っている単語はたぶん古い単語かもしれないから、人間のその思考っていうのがどういうところからスタートしたのかとか。とにかく、この口の形で出てくる音から、想像を膨らませるって面白いなと思って。

mamoru:僕自身そこまで「あ、い、う、え、お」のどの音がどうとか考えたこともなかった。だけど、ワークショップをやってる時に、ある会で参加してくれた人が、「あー」と「らー」っていう音は全然違いますっておっしゃったんですよね。僕からしたら伸ばしてると「あー」になって一緒じゃないですかって思った。
でもその人はすごく確信を持っていや、違いますって言う。僕はそこで「らー」と「あー」が違うように感じる人がいるんだってことをまず知って、それにすごく興味を持ったっていうか。それが何を意味してるかがよく分からないから、それもまたやっぱ興味の対象になるっていうか、じゃあ何が違うんだ、ら音からあ音になった時のその変化をやっぱり僕らは無視できないってことなのか。いや、一緒ですよって言ってる人はそれを無視してるのか。

mamoru:でも、そのコミュニケーションの起源みたいなところに思いを馳せると、もしかしたらそういうことだったかもしれないと思うんです。「いま違ったよね、違う音出したよね」と。何か伝えたい、さっき使った音ではない何かで伝えたいとなった時に、新しい音が生まれてきたのかもしれないし、それを組み合わせるっていう技術を誰かがやりだして、「おい」って言うと人がこっち向くみたいな。もう一回試してみようかなって。「おい!」やっぱりこれ使える!みたいな繰り返しだったのかな、とか。完全に妄想だけど、単純にこのこのプロジェクトに関しては、僕の中にある探求の傾向とか、思考の傾きが、そういうところで結びついていくと思うんですよ。
ー 今回、人々が美術館に集い、実際に声を絶やさない日をつくる構想も話されていました。実現しそうでしょうか。
mamoru:日程は2月8日(日)に決まりました。ぜひ参加者を引き連れてきてください。
ワークショップを企画しはじめた当初から、こんなことに付き合ってくれる人が本当にいるんだろうか? って思いながらやってきましたが、最終的に鳥取では120人を超える人たちが僕の実験に付き合ってくれていて、良い反応をたくさん貰ってます。
その人たちがどういうものを持って帰れたかは分からないけど、得なのか損なのか、何になるのかも分からないようなことに来てくださる人が120人もいたっていうのは、こういうことをやってみたいと思う僕にとって、まだいい世界なんだなと、希望や救いがあるなと、本当に思いました。
〈おわり〉
トップ画像:名古屋芸術大学のArt & Design Centerでのセッション間の話し合いの様子(2021年)
(1)〈声を挙げ、絶やさない/NEVER BE NO VOICE〉の一連のプロジェクトの経過は、mamoruさんの公式WEBサイトで順次アーカイブされています https://www.afewnotes.com/NBNV_index_jp.html
mamoru(まもる)
サウンド・アーティスト。2016 年ハーグ王立芸術アカデミー/王立音楽院(オランダ)アーティスティック・リサーチ修了。聴くこと・リスニングとそのコンセプトの拡張から生まれる独自のリサーチ手法をもとに「あり得た(る)かもしれない」歴史や複数的な世界の姿を紡ぎ出し、遠回りに、迷い込みながら、跳躍的に想像し、パフォーマンス、レクチャー、ビデオエッセイ、音楽などを用いた「語り」によって作品を制作。国内外の美術館、ギャラリー、フェスティバルなどで発表。近年は呼吸法、リスニング、想像すること、声のエクササイズを含むグループワークを元にしたプロジェクト「NEVER BE NO VOICE/声を挙げ、絶やさない」(2021-)展開しており、関連するフィールドワーク(台湾、エストニア)も行いつつ、「コレクティビティー/寄り集ること」と「声」の在り方と可能性の探求を続けている。そして、というか、ちなみにサーフィン&コーヒー&猫Loverである。
www.afewnotes.com
@afewnotes
鳥取県立美術館 企画展〈CONNEXIONS コネクションズー接続するアーティストたち〉
会期|2026年2月7日(土)ー3月22日(日)
会場|鳥取県立美術館 3F企画展示室、1Fひろま
開館時間|9:00-17:00(最終入館16:30)
休館日|月曜日(2/23は開館)、2/24(火)
観覧料|一般:1200 円(950 円)、学生:750 円(600 円)、高校生:500 円(400 円)、小中学生:300 円(240 円)
*( )内は前売料金・20 名以上の団体料金
※未就学児、障がいのある方・難病患者の方・要介護者等及びその介護者は無料
※企画展のチケットでコレクション展もご覧いただけます。
※前売券はオンラインチケットのみの販売です。
※2026 年 2 月 6 日(金)までは前売料金、2 月 7 日(土)から会期中は通常料金です。
主催|CONNEXIONS展実行委員会(鳥取県、鳥取県立美術館パートナーズ、日本海テレビ、TPlat)
公式サイト|https://tottori-moa.jp/exhibition/view/exhibition-04-2/
展覧会チラシ|https://tottori-moa.jp/wp-content/uploads/2025/11/CONNEXIONS_Flyer_web_s.pdf
主な関連イベント|
アーティストによるギャラリー・トーク
本展出品作家と展覧会場を巡りながら、展示作品についての制作過程やコンセプトについてお話いただきます。
[日時]2026年2月7日(土)14:00~15:30
[講師]マリアンナ・クリストフィデス、遠藤薫、mamoru、SIDE CORE、刷音、高嶺格
[会場]3F 企画展示室
[料金]要観覧料(予約不要)
mamoru「声を挙げ、絶やさない」
[日時]2026年2月8日(日)、3月1日(日)
ワークショップ 13:00~14:00
公開セッション 15:00~15:30
[会場]ひろま、ほか美術館内
[料金]無料
学芸員によるギャラリー・トーク
[日時]2026年2月14日(土)、2月28日(土)、3月7日(土)
各回とも14:00~15:00
[会場]3F 企画展示室
[料金]要観覧料
