山下残さん(振付家・演出家)#1
作品の中で行動が一貫していないピエロのような存在

京都を拠点に活動する山下残さんは、鳥取市のアートプロジェクト「HOSPITALE」の招聘作家として2018年に滞在制作(8月10日-9月23日)を行い、同年5月に行われたマレーシアの国政選挙についてのパフォーマンス作品「GE14(the 14th General Election)」を制作・発表しました(1)
山下さんは選挙期間中、元々演出家で野党から出馬した友人のファミー・ファジールさんに同行し、あらゆる立候補者の演説や街の様子を映像や写真に収め、制作に活かしました。選挙は1957年の独立以来、初の政権交代が実現し、ファミーさんも当選を果たしました。インタビュー初回は、マレーシアでの取材を中心に尋ねました。


― どのような経緯で、マレーシア人の友人、ファミーさんの選挙運動に密着することになったのでしょう。

ファミーはアーティストで、長い付き合いなのですが、ある時、国政選挙に出馬するから選挙運動に同行して、オブザーブ(観察)してほしいと僕に話しました。彼は「選挙そのものが芸術活動なんだ」と表現して、冗談か本気か分からないけれども「残は僕のボディーガードだ」と言っていましたけどね。
政党の宣伝として芸術を利用しているという見方もあるので、選挙活動の中に芸術性をみるのは、タブー的というか、マレーシアの通念としてはないです。「芸術家は政治に関わるべきじゃない」という意識は、日本には根強くあると思いますが、マレーシアでも芸術と政治には隔たりがあるんです。

― マレーシアで残さんは、さまざまな場所を訪ね、映像や写真をたくさん撮っておられます。現地取材で心掛けたことはありますか?

記録を作品化することを念頭に同行したのですが、どういう作品づくりをしたらいいか分からなかったです。ドキュメンタリーのように中に入っていくほどの距離でも、俯瞰する距離でもなく。もしかしたら、アプローチに迷いのあるカメラの距離だったのかもしれません。
街頭演説をしている彼や他の候補者、街の様子だけでなく、彼を応援している間に実は違うところに行っている僕、対立候補と握手したり与党のキャンペーンの壇上に上がったりしている僕自身の様子も撮影しました。とにかく映像や写真に収めないといけない、そういう感覚で「答え」の予測のない取材でした。

― マレーシアに渡る以前は、出来上がる作品のイメージをもたれていたのでしょうか。

当初は、彼は落選すると思っていたので、政府や権力に対するアンチテーゼ、主張や批判をいかに描くかということをイメージしていました。沖縄や国会前、海外のデモからインスピレーションを得て、作品の中で権力や揺るぎないものに対する何か反発みたいなもの、それを言葉と身体と美術で表現したいと思っていました。

― しかし、選挙では、元政権側のビックネームが野党側に寝返り、マレーシア史上初めての政権交代の大展開となりました。野党から出馬したファミーさんは、街頭演説の場で現政権を批判し、それがSNS上で拡散されるなどで徐々に人々の支持を得て、遂には当選を果たしました。そのような激動を経て、当初のイメージは変わりましたか。

終わってみると、予想外にも彼自身が権力の座についてしまったわけです。どうしようかなと迷いました。ファミーの言っていた「ボディーガード」としての僕は、それまで国会議員ではなかった彼を政治家として見守るための存在でしたから。ファミー達野党の演説がどんどん盛り上がって形勢が変わってきて、アーティストだった友達が本当の意味で社会的に「政治家」になっていくこととか、そういった自分の感情のゆらぎも含めて予想外の出来事でした。
投開票の次の日、しんとなったんですよね。野党は政権をとったことがないわけだから、一瞬無政府状態なんです。実際、ナジブ元首相は国外に逃げようとして、その日空港で出国を止められたんですよ。いままで権力を持っていた人は負けたらそのまま逮捕されるんですよね。それまでの権力者が途端に。そんな中で、開票翌日の街なかはしんとしていましたし、「どうなるのやみんな」みたいな。でもそれは、言葉に表せないじゃないですか。

あの熱狂のあと、次の日みんなが不安に感じてしんとなっていた、それって言葉にすると陳腐ですけれども、その時の街にいた感覚っていうのは、ものすごい、怖さもあるし、ああ静かで気持ちいいなとかそういうのもあるし、そういうところがなんか大事で、芸術性があるなって感じがしました。だから、マレーシアに行く前は日本の時勢と照らし合わせることも考えたんですけど、そうじゃなくて、政治や選挙活動の中の自分の居心地の悪さとかを取り上げようと思いました。

― ファミーさんの「選挙そのものが芸術活動なんだ」という考えは、残さんの中で腑に落ちたのでしょうか?

その意味は、単にファミーや各陣営がやっていたことにとどまらないものだったと思います。例えば、握手をすることや衣装とかは、やっぱり政治家としてのものでちゃんとやる。彼はスピーチにおけるアーティスト的な要素とかはあまり考えていないと思います。一つ一つは政治家としての活動をまっとうしています。
そういう細かい部分それ自体ではなくて、人々の盛り上がりとか、戦局がうまくいかないことだとか、開票後の街の様子、自分の心境とか、どんどん予定調和じゃないことが起きるっていう、その一つ一つの全体がアートなんですよ。

ことめやで開催されたオープンディスカッションの様子

― それらの記録を素材に、帰国後、鳥取での滞在制作では、政治学や社会学の専門家、選挙に関連した活動をしている鳥取の人と計9回の対話の場(オープンディスカッション)を持ち、作品制作・発表につなげています。どうしてこのようなスタイルになったのでしょう。

元々、このマレーシアの選挙の作品は、2月16日(土)、17日(日)に横浜で開催される国際舞台芸術イベント「TPAM(ティーパム)」と、4月に予定されている東京・駒場のアゴラ劇場での発表に向けて、一人でじっくり本を読んだり記録映像を編集したりして創作するつもりでした。鳥取は、その発表に向けた創作の過程で滞在しました。
「マレーシア」が題材の作品を「鳥取」と関係付けるには、マレーシアでの自分の体験を元に、鳥取の人と話すことは意義のあることかなと。いろんな方とお話しするのは好きなので、トークはプレッシャーなくできると思いました。9人をゲストに招き、それぞれの活動や研究を紹介してもらいました。1人ずつ3日に1回ほどのペースでしたね。

選挙期間中のマレーシアの新聞をスクラップする残さん

- 鳥取でのパブリックトークを通じて、作品づくりに生きたことはなんでしょうか?

トークでいろんな人と話をして勉強して振り返っていく中で、作品の核は変わっていきました。
滞在中の多くは、トークの予復習に追われていたんですよ。関連本や現地の新聞を読んでマレーシアの歴史や選挙の具体的な情報を調べるなど、ゲストに合わせて準備しました。次回の内容を考え、トークが終われば聞いたことをまた次の機会に生かすといった感じです。
作品の映像の中の僕は、行動が一貫していないというか、ちぐはぐでちょっとピエロのような存在なんですよね。でもそういった見せ方は、ピエロのようにして選挙をおちょくるっていうものではなくて、いろんな立場の人と話して、いろいろなことを勉強してこそ、できることだと思います。政治的と言われる作品はピエロとかじゃなくて、本気で、権力に対する反発を表現することが多いと思うのですが、でも今は、捉え方の一義的でないピエロみたいな作品をつくりたいなと思っています。

《つづく》

1: HOSPITALE2018レジデンス・プログラム招聘作家・山下残 http://hospitale-tottori.org/program/performance_zan_ge14/


山下 残 / Zan Yanashita
1970年大阪府生まれ。代表作に、100ページの本を配り観客がページをめくりながら本と舞台を交互に見る「そこに書いてある」、スクリーンに映写される(すう・はく)の呼吸の記号と俳句から引用されたテキストを身体とあわせて見る「せきをしてもひとり」、本物の線路の上で断片から成る世界の事象をつぶやく「大行進」、捨てられたゴミを用いて繰り広げるコミュニケーションのネットワーク「庭みたいなもの」、インターネットレッスンを通じてバリ舞踊を習う「悪霊への道」、伝承の現場を疑似ドキュメントする「左京区民族舞踊」、ブラックボックス空間へのオマージュ「無限館の水は二度流せ詰まらぬ」など。
http://www.zanyamashita.com/

国際舞台芸術ミーティング in 横浜(TPAM)
GE14 ファーミ・ファジール + 山下残
2019年2月16日(土)、17日(日)
https://www.tpam.or.jp/program/2019/?program=ge14

こまばアゴラ劇場
ファーミ・ファジール&山下残 GE14 マレーシア選挙
2019年4月26日(金)-29日(月・祝)
http://www.komaba-agora.com/play/7967
※なお、こまばアゴラ劇場での公演を無料にするためのクラウドファンディングが2019年4月22日(月)午後11:00まで行われています。目標金額は750,000円。ご協力をお願いします。
https://readyfor.jp/projects/GE14

ライター
大下加奈恵

大下加奈恵

生え抜きのとりとり人。20歳を過ぎて鳥取を何も知らなかったことを知る。媒体ごとの情報の加工のされ方や距離感に興味を持ち、実験的に友人たちとネット動画配信の生番組やフリーペーパーの制作、微弱電波を使ったミニFMのラジオ放送をする。大学卒業後もことめや(鳥取市瓦町)を拠点にたまにラジオを使って遊ぶ。