レポート:「屋台、山を越える。」
HATSUGAスタジオ 地域連携プログラム 長ーい祭りの準備プロジェクト プレイベント

7月22日、鳥取県立美術館開館記念に向けて始まった「アートの種まきプロジェクト」、鳥取市気高町浜村在住の宮原翔太郎さんをアーティスティック・ディレクターに迎えて立ち上げられた「長―い祭りの準備プロジェクト」の一環として「屋台、山を越える。」が行われました。その様子をレポートします。


2025年春の鳥取県立美術館開館に向け、これまで「HATSUGAスタジオ」では「アートの種まきプロジェクト」としていくつかの取り組みが行われてきた。今回の「屋台、山を越える」は、その中で鳥取市気高町浜村在住の宮原翔太郎さんをゲストに迎え美術館開館に合わせて手作りの「パレード」を催そうとする企画、「長―い祭りの準備プロジェクト」の一環だ。宮原さんは「喫茶ミラクル」という喫茶店とシェアハウスを複合させたスペースを拠点として活動し(1)、この日のプロジェクトにも参加した高藤宏夫さんと「令和建設」という建築会社を運営している。今回かつて吉岡温泉の「花湯祭」(2)で使われていた「屋台」(いわゆる山車のことを、この地区では屋台と呼んだ)を譲り受け、パレードのプレイベントとして吉岡温泉から浜村温泉までの約12.5kmの道のりを、参加者とともに屋台を曳いて移動するプレイベントを企画した。筆者はこの「屋台、山を越える」に朝から夕方まで参加した。以下ではその一日の様子を報告してみよう。

集合

この日、休日朝の8時に吉岡温泉に集合すると、企画した鳥取県立博物館学芸員の赤井あずみさんと宮原さんから挨拶と説明があり、その後屋台の車体の整備を行なった高藤宏夫さんからも操作について説明があった。すでに日差しが痛いくらいに暑い。集合場所には見知った顔の人がたくさん。県外から参加している人もいるようで、知らない顔もちらほら見える。朝8時から午後5時まで重い屋台を曳くというこの過酷なイベントにわざわざ遠方からやってくるのはどういう人たちなのだろう。参加者は説明を聞いたり準備運動をしたりして、出発前には円陣を組み、宮原さんとともに掛け声を発した。

午前中―出発

おもむろにギシギシと屋台が動き始める。そこに屋台に付けられたスピーカーから久石譲の「Summer」が流れる。音楽の爽やかさと屋台の重たさがあいまって、なんだか滑稽な印象。出発地点には屋台ができた頃まだ小さかったという吉岡の人々が見送りに来ている。その頃、一階では芸妓さんが三味線を弾いていたそうだ。しかし現在はお祭りで使わなくなり、棄てられる予定だったものを宮原さんが聞きつけ、このプロジェクトで使おうと譲り受けた。整備された屋台には前輪と後輪が2つずつ付いていて、前方に進行方向を操作する舵、後方に車輪のブレーキがある。その操作をする2人と、前方からロープで引っ張る数名、そして後方から押す人たち。その先で博物館職員が通行車両に注意を促し、後方では救護自動車が後ろに控える。さらにこの一行の全体を、警備員さんたちが交通整理してくれている。屋台は吉岡の街中を通って、そこから気高方面へ抜ける山越えの道を浜村まで向かう。温泉街を抜けるまで、小さな子とお母さんが応援についてきてくれた。

宮原さんは全体を見て屋台の様子をSNSで発信したり、音楽を流したりしている。歩きながら風景が見える。車で通ることはあっても、まじまじと見つめることのなかったこのあたりの景色が、屋台を曳く中で目に入る。

山越え

平地ではしばらく気持ちよく進んでいたが、やがて山越えの坂がやってくる。急な坂に備え、高藤さんから指示があり、後ろから押すより前から曳く方が楽なので、そちらに人を増やす。登りは平地で曳くより苦しく、数百メートルごとに路肩のくぼんだスペースに屋台を停め休憩をとる。熱中症に備えて早めに水分と塩分を補給。路肩のスペースはこの日「へこみ」と皆から呼ばれ、博物館の職員さんたちは事前にその「へこみ」の場所を細かく調査してくれていた。また熱中症対策として、飲み物や飴、肌に貼れる冷却シートなどもたくさん準備されていたこともありがたかった。坂道になるとゆったり景色を見る余裕はなくなるが、それでも休憩時には屋台から離れ遠くを眺めたりする。戻ってみると、飲むだけでは飽き足らず、屋台に積まれていたウォータータンクから水を頭ごとかぶっている人たちがいた。体で夏の暑さを感じる。

会話

何度目かの休憩で、他の参加者たちと木陰で言葉を交わす。わけもわからず一緒に重いものを運んでいたが、お互い素性を知らない人も結構いたのだ。声をかけてみると、宮原さんのInstagramをフォローしていて今日のイベントのことを知ったNさんや、企画者とのつながりはなかったがイベントのチラシを見て「こんなばかなことをしている人がいるなら、自分が行くしかない」と思ってやって来たFさんがいた。Nさんは昼休憩の前、数名でゴルフ場のトイレに行ったとき、疲れていた筆者が一人涼しいトイレでそのまま休んでいたら、心配して戻って見に来てくれた。またFさんはこの日参加者のほとんどと初対面だったはずだが、ふだん参加する地元のお祭りで手馴れたかけ声で、自然にムードメーカー的な役割を果たしていた。わずかな時間だったが、共に屋台を曳くことで初めて会った人たちとの関係が生まれた。

昼休憩

午前中は坂を一度登って下り、再び長い坂を登るという行程になっていた。登りが苦しくなってきたとき、参加者のKさんが選んだのは「クイーン」の音楽。その曲に鼓舞された気もするし、もう音楽くらいではどうにもならないのではないかという気もしたが、きっといくらか力をもらっていた。

ともかく午前中のゴールの旭国際浜村温泉ゴルフ倶楽部入口付近に到着。昼休憩の弁当は宮原さんのすすめる浜村の「旅人」というお店のもので、店ではたくさんついてくるという小鉢のおかずが、この弁当にも入っていた。昼食後は参加者が一人ずつ自己紹介。聞いていると宮原さんが運営する喫茶ミラクルなどで活動する若い人が多い印象。途中には浜村在住の宮原さんの友人夫婦が飲み物を差し入れてくれる。昼食中、筆者も宮原さんと話す時間があったが、人とまっすぐ向き合う人という印象を受けた。そんな彼の周りに、人が集まってくるのかもしれない。休憩前、湯梨浜町からやって来たチームや他の友人たちが帰ったことで筆者は少し心細い気分になっていたが、弁当を食べ自己紹介をしているうちに、知らない人が多いけれど、このメンバーでなんとかやっていこうという気分になった。

午後―下りの坂道でカラオケ

午後からはまた4名ほど新たな曳き手がやってきて、チームに加わる。ここからはしばらく急な下りが続くということで、再び高藤さんの助言で前後の幅を縮める体制をとり、ゆっくり坂を下っていく。午前中から音楽は流れていたが、下り坂になって音楽に耳を傾け楽しむ余裕が出てくる。ここで最近浜村に引っ越して来たAさんが、リクエストに応えて屋台の2階でAKBの曲をカラオケ。恥じもせず特別な自己主張もせずにみんなと歌を楽しもうとする姿勢が素敵だった。

トンネルで合唱

その後は再びDJタイムに。この日は宮原さんに加え、一緒に大工仕事をするKさんが音楽をかけていて、かかるのは90年代を中心としたJ-POP。大学生のKさんがその頃の音楽をかけるのに驚いたが、広末涼子「MajiでKoiする5秒前」などで一行は盛り上がりを見せる。坂を下った後は長い平坦な道に入り、木陰が少なく日差しが厳しくなるが、その先にある浜村の街中へ抜けるトンネルへ向かって進んでいく。トンネルの中では何がかかるだろうと思っていたら、Beginの「島人ぬ宝」。沖縄と関係の深い曲がここで選ばれたのが不思議だったが、曲は見事にチームの気持ちにフィットして、皆で熱唱しながらトンネルを抜ける。音の反響が大きく、その分対向車が通ると声が一気にかき消される。それでもみんな歌うのをやめない。Kさんはただ好きだからこの曲をかけたと言っていたが、沖縄の風土に思いを馳せる歌が、どこかで鳥取の風土への感覚と通じたのだろうか。多くの人はこれまでこんな風に歩いてトンネルを通ることなどなかっただろう。

差し入れ

トンネルに入る前には、平坦な道をしばらく進んだ田んぼの中に、車を停めたプロダクト・デザイナーのKさんが佇んでいて、アイスを差し入れてくれた。浜村へ抜けるトンネルの前で屋台を停め、休憩し、木陰に並んでパピコを食べ、このアイスがこんなにおいしいのだということを初めて感じた。後でトットライターのKさんからもアイスの差し入れがあった。

気遣い

トンネルを抜けると、いくつかお墓が見えその横の「へこみ」で休憩。墓があると、自分たちの姿が誰かに見つめられているような気分になる。今度は浜村の村中にある家並みの間の細い道を通って進む。家の軒先に屋台の2階が当たらないよう、みんなで注意し声をかけあっていく。自分の体を超えるようなある種「粗大」なものを一丸となって動かすことで、住宅や木々などを傷つけないよう、屋台も周囲も大切にしようとする個々の意思(気遣い)が浮かび上がる。この屋台は社会的には一度無用とみなされた物で、守ることに「伝統」や「経済的価値」といった大義や合理性がないからこそ、皆の思いがそのまま具現化したように感じた。

ゴール

周りに何もない田んぼ道を通って、道の駅近くに屋台を停め最後から2回目の休憩。田んぼの水路に足を浸す人もいる。そうして浜村の温泉街を通り、ゴールの令和建設の倉庫まで向かった。倉庫の入り口をくぐろうとするところで、屋台の屋根の飾り部分(「北」という字が象られている)が倉庫の入り口に突っかえ入らないというアクシデントがある。高藤さんと宮原さんが上にのぼって二人でそれを外し(ここですかさず宮原さんはZARDの「負けないで」をかける。その後フィナーレは「サライ」)、無事屋台は倉庫に収容された。

打ち上げ

最後はみんなで記念写真を撮って終了。この日は銘々解散したが、浜村組は喫茶ミラクルで打ち上げをするということで、筆者もついていった。この夜浜村駅前では4年ぶりの土曜夜市が開かれ、多くの人出があった。それを見て回り、喫茶ミラクルで屋台を撮影していたAさんが作った焼きそばと宮原さんの作ったカレーで打ち上げ。この席でも90年代J-popがかかる。浜村では住民の共同浴場で近所の人と会うことがよくあるようで、風呂から上がった地元の方がミラクルにやってきて、この日の屋台の話を聞いていた。

できるだけ意味のないことをやりたい

宮原さんによると、今回のプロジェクトではできるだけ意味のないことをやりたいと思っていて、事前にHATSUGAスタジオで行ったミーティングで、当日屋台も曳いた友人でシアター運営者のSさんと「何か重いものを運ぶとテンションがあがる」と話していた。するとちょうどいいタイミングで吉岡温泉の屋台が見つかり、とにかく元の場所から移動させる必要があったのでイベントにしたそうだ。子どもたちがやる「名前のない遊び」(3)のように、重いものを運ぶという以外特に決めていたことはなかった。普段建築を修理する仕事で、新築より金がかかっても古いものを直し残す方がいいと思ってやっていて、この屋台自体には60〜70年くらいの歴史しかなくても、その屋台を使ってやる方が素敵かなという感覚があったという。

今回は屋台を浜村まで移動したが、最終的には美術館が開館する倉吉まで運んでいく予定だ。この日のように大勢の人で運んでいくのか、今後のミーティングで相談していく。「長―い祭りの準備プロジェクト」の展開が気になったり、自分も参加してみたいという人は、ぜひHATSUGAスタジオから発信される情報に耳を傾けてみてほしい。

画像提供:鳥取県教育委員会事務局 美術館整備局
撮影:田中良子
(※印の写真のみ撮影・提供ともに筆者)


1.宮原さんは「パーリー建築」という古い建物をリノベーションしながらパーティーをし、いろいろな地域を転々とするプロジェクトを行う中で鳥取に辿り着き、定住した。
2.吉岡温泉で2年に一度開催されるお祭り。由来は諸説あるが、お釈迦様の誕生を祝い、その年の豊作と商売繁盛を祈願するという。
3.この言葉は、倉吉市のパープル・タウンで公開収録されている「〇〇RADIO」#1で「自然がっこう旅をする木」の得田優さんが話したオルタナティヴスクールの話の中にあったものという。


アートの種まきプロジェクト:地域連携プログラム
「長ーい祭りの準備プロジェクト」第4回ミーティング

日時|2023年8月19日(土)10:00-12:00
場所|HATSUGAスタジオ(倉吉市下田中町870 中瀬ビル1階)
内容|7月22日(土)に開催した「屋台、山を越える。」を振り返りつつ、このプロジェクトの今後の展開についてみなさんと考えます。
定員|25名程度/事前申込不要/入場無料
主催|鳥取県教育委員会事務局 美術館整備局
問い合せ|鳥取県立博物館 美術振興課 tel.0857-26-8045 e-mail. hakubutsukan@pref.tottori.lg.jp
https://tottori-moa.jp/news/4565/

ライター

nashinoki

1983年、鳥取市河原町出身。鳥取、京都、水俣といった複数の土地を行き来しながら、他者や風景とのかかわりの中で、時にその表面の奥にのぞく哲学的なモチーフに惹かれ、言葉にすることで考えている。