折坂悠太とプラザ佐治
〜 “折坂悠太 らいど 2023” ツアー鳥取公演レポート 〜
2023年8月6日、全国区の人気を誇るシンガーソングライター・折坂悠太さんが、鳥取でライブを開催しました。鳥取生まれの折坂さんの凱旋公演であるとともに、近年注目される建築、鳥取市佐治町の「プラザ佐治」(鳥取市佐治町総合支所)が会場であることも大きな話題を呼んだこのライブ。
音楽の愛好家であり、今回の会場選定にも関わった建築士の赤山渉さんによる、「ライブと建築」のレポートです。
その唯一無二にして心に深く刺さる歌声を初めて聴いたのは、2017年、鳥取教会でのライブだった。寺尾紗穂さんとのツーマンだったが、紗穂さんから、ぜひこの人と一緒にと紹介されたシンガーソングライターが折坂悠太さん。礼拝堂の静謐な空間の中に響く張りのある声と独特の節回し。一聴で虜になり、その後3回、各地のライブに通うことになる。
折坂さんのプロフィールに、「鳥取生まれ、千葉県出身のシンガーソングライター」とある。鳥取で生活されたことはないものの、母親の実家である鳥取の病院で産まれ、夏休みは鳥取で海水浴などもされたとか。幼少期にはロシアやイランで過ごした経歴もあるそう(折坂さんの歌からは伝統的な邦楽の魅力を感じると同時に、大陸的スケール感も伝わってくるが、この経歴もその一因なのかもしれない)。2018年にリリースされたアルバム『平成』は、一般リスナーのみならずプロの音楽家からも高い評価を受け、翌年にはフジテレビの月9ドラマ『監察医 朝顔』の主題歌に大抜擢された。その後もフジロック出演など実績を積み、今やチケット発売即ソールドアウトのミュージシャンに。
初めての鳥取ライブから6年。ライブ活動を始めてから10年を迎えた折坂さんが、原点に帰ってひとりで弾き語りをするツアー“らいど”の、地方での最終日が生誕地、鳥取で開催された(最終日だったのは偶然らしいが)。このツアー、普段ライブとして使われる機会が少ない、歴史ある芝居小屋や劇場、お寺、重要文化財などの建物が会場となっており、建築好きにとってはその空間とともに全てを体感したいラインナップとなっている。
今回の企画制作をされている方から、鳥取の会場を探しているとの問い合わせがあり、紹介したのが鳥取市佐治町のプラザ佐治。折坂さんのパワーに拮抗できるのはここしかないと思い。1971年の竣工で、中庭を挟んで、センター棟(現在未使用)と役場棟(現在鳥取市佐治町総合支所)の2棟で構成されている。建設時は「佐治村豪雪山村開発センター」と呼ばれていた。当時山村の、特に豪雪地の過疎対策として国が計画した構想で、産業の振興や住民生活の向上を図ることなどを目的に、各地に建設されたコミュニティセンターのひとつ。
「神殿」「要塞」と表現する人もいるように、プラザ佐治は、その力強い造形が大きな魅力。年月を経て外壁のコンクリート面は黒ずみ、佐治石の風合いに近くなって、より迫力が増している。「要塞」として冬期の厳しい環境から防御しつつ、2棟の建物の中心にある広場は、台形の壁面によってすり鉢状になることで求心性を有し、守られた中で人が集う、居心地のよい空間となっている。強固な守りの内側に柔らかさや温もりを感じる建物である。
設計者は安田臣(かたし)氏。島根県生まれの建築家で、代表作は島根県民会館。官庁営繕出身(その時代の代表作は島根県庁)で、独立されたあとも公共施設が多かったため、一般への認知度は低く、そのこともあったのかプラザ佐治も長い間放置状態になっていた経緯がある(役場棟は近年耐震改修がなされた)。
ここが全国的に注目されるようになったきっかけは、昨年、鳥取出身の建築家、謡口志保さんらが主宰の、名古屋渋ビル研究会が作成された「鳥取渋ビル手帖」で紹介されたこと。これを契機に地元で「プラザ佐治の景観を活かす会」が発足。昨年、今年と、プラザ佐治と安田臣の魅力を語るシンポジウムが開催された。そして、近代建築の記録と保存を目的とする国際学術組織「docomomo(ドコモモ)」の日本支部から、プラザ佐治が評価に値するとのお墨付きを与えられ、7月に認定プレート授与式が行われたところ。まさにその盛り上がりのタイミングでこのライブが開催されたことになる。
さて、ライブ当日の8月6日。
熱中症警戒アラートも出ている酷暑の中、役場棟内にあるプラザ佐治記念ホールは200名の観客で一杯になった(先行抽選で落とされた方も多く、一般発売でも一瞬でソールドアウトに)。
ライブは予定通り15時にスタート。折坂さん初体験の観客も多かったのか、拍手の後に静寂の時間が。折坂さんから「静かにしてくれとは言ってないですよ」と言われると、笑いとともに緊張もほどけた状態に。その後はドラマ主題歌「朝顔」、ミネラルウォーターのCM曲「さびしさ」などを含むオリジナル曲を披露。途中休憩なし、ギター一本での圧巻のパフォーマンスだった。アンコール曲「芍薬」では折坂さんの持つ独特な表現力が爆発。観客の興奮も伝わる中、幕を閉じた。
唯一無二の個性を持ち、力強さの内に秘めたやさしさを感じるこの場所に、折坂悠太さんの音楽性と人間性がシンクロした時間。物販販売とサイン会も終わって観客がいなくなったあと、それまで快晴だった空から大粒の雨が落ちてきた。鳴りやまないアンコールのように。
※この度の台風7号で被害を受けられた、プラザ佐治(ホールが床上浸水)及び佐治町の皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復旧をお祈りいたします。
(文・撮影:赤山 渉)