野坂勇作(絵本作家)#3
日々子どもに寄り添う大人が絵本づくりのアンカー

絵本や児童書を専門に出版している福音館書店から多くの作品を発表し、1985年から30年以上に渡り絵本作家として活躍する野坂勇作さん。
島根県松江市生まれ、広島育ち。多摩美術大学中退後に佐渡島で農家に住み込みで働くという体験などを経て、現在は鳥取県の米子に暮らしながら創作活動に取り組んでいます。今年、月刊『こどものとも年少版』8月号として新作「すすめ ろめんでんしゃ」を発表しました。


― 最新作「すすめ ろめんでんしゃ」についてご紹介いただけますか。

野坂:広島の路面電車がテーマとなっています。路面電車が持つ非常にアナログな世界を伝えたいと思って題材に選びました。公共交通機関のなかでは、路面電車ってものすごくルールがゆるいんですよね。
電停(路面電車の停留所)と電停の距離が近く、電停がフラットで看板だけしか無かったりして。広島の路面電車は改築される駅ビルにまっすぐ入っていく予定のようです。広島は、自他ともに認める日本で一番の路面電車の先進地ですね。

でもいろんな都市に路面電車は走っていますので、システム的なところや形態で共通する部分を外さないよう、広島電鉄はもちろん、函館市電、福井地方鉄道、岡山電気軌道、長崎電気軌道の5か所に取材に行きました。路面電車は鉄道と比較すると、都市によって規格がまちまちで、岡山は軌道(路面電車専用の道)の幅がかなり狭く、広島は新幹線並みに広いんですね。

細かなディティールの確認なども含めて、広島には何度も通いました。広島電鉄には電車事業本部電車企画部電車企画課という窓口があって丁寧にやり取りさせてもらいました。一昨年は被爆70周年だったものですから、かなり問い合わせや取材依頼が多かったようで、対応はものすごくしっかりしていますね。

月刊『こどものとも年少版』2017年8月号「すすめろめんでんしゃ」。戦前からあった古い型の現役の路面電車が主人公。

― 鳥取にいると路面電車は馴染みがないですが、結構いろんな都市で活躍しているのですね。

野坂:戦前は米子にも走っていたんです。米子駅から皆生温泉を繋ぐ路線とか。何路線かはあったようです。
いま地方都市に生き残っている路面電車は、軌道敷内侵入禁止という措置を取っていて、バスのように交通渋滞などによる遅れは生じないようになっています。みんなが自家用車で走るよりも省エネですし、別路線への乗り換えも地下鉄や鉄道よりもスムーズにできます。電停には道路との段差がほとんどなく、車いすや高齢者の方でも利用しやすい。中規模程度の都市には、街並みの身の丈に合った乗り物だと、見直されているようです。

― 絵本の折り込み冊子には、「ぼくは路面電車が大好きです」とコメントされています。

野坂:絵本のストーリーにも描きましたが、路面電車は、ちょっと乗り遅れても急いで手を挙げれば、ブレーキをかけて乗せてくれたりする。バックミラーの位置が低いので電停で待つお客さんにぶつかりそうなところがあったりして、それを運転手が「気を付けてくださいね」と言葉をかけていたり。かなりアナログなんですよね。お客さんとの距離が近い乗り物というか。
路面電車はクッションの役目をする砂利石がないので、車輪が地面を打つ振動は鉄道よりも路面電車の方が大きい。ガタタターン、ゴトトトーンという音もちょっと騒がしいですが、愛らしさがあります。路面電車のいろんな側面のひとつ一つが、僕はとても好きなんです。

編集者が僕に求めたコンセプトは「乗り物がシンプルに活躍する」なので、ここのところはかっちりと固めました。でもあの「ヒロシマ」への思いを込めてつくったつもりです。あの当時も、この路面電車に目を輝かせていた子どもがきっといたと思うんです。身近に路面電車が走っていなくても、この路面電車に向ける眼差しを、読んでくれる人にも感じてもらえたらと思っています。

折り込みの付録冊子には、作者のことばやプロフィール、編集者からのコメントなども明細されている。

― 絵本を楽しむときに、読み手に大切にしてほしいことはありますか。

野坂:ぜひ身近な大人が、読み聞かせや読み語りをしてください。絵は子どもたちの豊かな感受性で自由に動いていくのですが、対して文字は、印刷されている単なる記号ですから、心に届けるにはやはり読み聞かせる、音で言葉で届けるということが大事です。

「ぐりとぐら」(※6)のお話しの中に「この世で一番好きなのは、お料理すること食べること」という一節があります。「この世」というものは「あの世」があってのものですね。「この世で」という表現の中には、えらく大きな意味があるんだということを、成長するにつれてじわじわと分かっていくと思うんです。

また「しかたがない」という言葉も、「ぐりとぐら」にはけっこう出てきています。ポジティブではない言葉なので、子どものための絵本には不釣り合いと思われる方もあるかもしれません。でも、長く人生を歩んでいくと、どんな人間にも、辛かったり腑に落ちなかったりすることが必ず出てきます。そんな時に「しかたがない」という心のおさめ方がある、と知ることがどんなに重要か。「しかたがない」は、次の一歩を踏み出す決断の言葉でもあるのですから。

前回お話しした「ちいさいおうち」の冒頭には「ちいさいきれいなうちでした。しっかりじょうぶにたてられていました。」とあって、最後は「なにもかもがとてもしずかでした。」という一文で締めくくられています。健やかに育てば健やかな人生のしまい方に繋がっていくと、人の一生を重ね合わせて語られているのではないかと僕は思っています。

― 大人が声に乗せることで、子どもの心に届き、いつしか意味を理解し自分で使える言葉になるということですね。

野坂:ある時ね、広島のかえで幼稚園で、人気のない降園後に「誰もいないのかな?」とホールを覗いたんです。そこに小さな女の子がぽつんと立っていて、目が合った。
その子が「おや、野坂勇作さんですか?来てくだすったんですね」って言ったんですよ。普通、だれ?って思うような場面なんだけど、心の底から自然によどみなくその言葉が出てきたという感じで。その時は本当に驚いて「はい、伺いました!」って答えましたよ。「来てくださったんですね」ではなく「来てくだすったんですね」ですからね。身近にそういった言葉遣いをする大人がいるのかもしれないし、気に入った絵本にそういうフレーズがあったのかもしれない。いずれにせよ、親や幼稚園の先生や絵本との毎日の営みの中で紡ぎ出されてきた言葉を、ちゃんと園児が獲得をしているんだと知って、感激しました。

野坂さんお手製資料「絵本づくりは駅伝だ!」。企画会議から原稿づくりなど15段階で絵本が子どもの心に届くまでを解説。

― 繰り返し読み聞かせることが、いまの忙しい大人には難しくなっているようです。

野坂:絵本に書かれたことが人の言葉で読まれることで、子どもたちの心のどこかに留まり、寝かされて、熟成していき、いつしかあぶくとなって浮かび上がって弾ける。お味噌やワインのようにね。もちろん読み聞かせてもらっている子どもたちは、その瞬間を楽しんでもいるのですが、その後の長い人生においても豊かに生きるための土壌を耕しているんです。
だから、下手に絵本はつくれないですよ。ものすごい吸収力で目と耳を向けてくれる子どもたちのためには、普遍性を持った内容を届けなきゃと、毎回必死です。僕に限らず、福音館書店で仕事をしている作家は、1作をつくるのに3年は当たり前、10年以上練ってつくる作品もあります。

でも、いくら時間をかけて絵本をつくっても、最後に子どもの心に届けるのは、読み聞かせや読み語りをする大人です。読み手である大人は、最後のつくり手でもあるのですから、絵本づくりという駅伝のアンカーとして、ぜひ子どもと一緒に絵本の世界を楽しんでください。

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※6:中川李枝子 作、大村百合子 絵。1963年に月刊こどものとも12月号として発表された絵本。双子のノネズミ「ぐり」と「ぐら」が大きな卵をみつけて、カステラをつくるというお話。


野坂勇作
1953年、島根県松江市生まれ。広島県で育つ。多摩美術大学工業デザイン科中退。その後、新潟県佐渡島で農業に従事するかたわら、ミニコミ誌『まいぺーす』を編集。絵本「ちいさいおうち」(岩波書店)に再会することで、絵本を描き始める。主な作品に「あしたのてんきは はれ? くもり? あめ?」「どろだんご」「オレンジいろのディゼルカー」など。今年は、月刊『こどものとも年少版』2017年8月号で「すすめ ろめんでんしゃ」を発表。

これからの予定
・〈「すすめ ろめんでんしゃ」もう1つの原画展〉を、かえで幼稚園(広島県廿日市市)にて2017年11月19日(土)の1日のみ実施。
・新作「もやし」を月刊『かがくのとも』2018年5月号として出版。
・「にゅうどうぐも」2018年6月に単行本化出版。同月、森岡書店銀座店(東京都)にて出版イベント実施。
・「オレンジいろのディーゼルカー」2018年7月に単行本化出版。
・2018年、アトリエひなたぼっこ・こども絵画創作教室をリスタート予定。

福音館書店
http://www.fukuinkan.co.jp/

ライター

水田美世

千葉県我孫子市生まれ、鳥取県米子市育ち。東京の出版社勤務を経て2008年から8年間川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉県)の学芸員として勤務。主な担当企画展は〈建畠覚造展〉(2012年)、〈フィールド・リフレクション〉(2014年)など。在職中は、聞こえない人と聞こえる人、見えない人と見える人との作品鑑賞にも力を入れた。出産を機に家族を伴い帰郷。2016年夏から、子どもや子どもに目を向ける人たちのためのスペース「ちいさいおうち」を自宅となりに開く。