白井明大『ヘリヤ記Ⅱ』展 呼びあえる名前
2025年7月9日(水)ー7月27日(日)
白井明大✕佐々木友輔
ギャラリートーク レポート
詩人、白井明大さんが描いたファンタジー『ヘリヤ記Ⅱ』の展覧会が、鳥取市にあるベーグル喫茶「森の生活者」で開かれています。会期中に、映像作家であり鳥取大学で准教授を務める佐々木友輔さんを迎えてギャラリートークが行われました。
『ヘリヤ記Ⅰ』は、ふだん多くの人には聞こえないけれど、本書の舞台「ヘリヤ」の世界に確かに存在する「声たち」に耳を澄ます少年の物語。白井さんが描く風景描写は、静謐で繊細に心に迫ってきます。『ヘリヤ記Ⅱ』では、新たな主人公が登場し、さらに広い地平を感じさせています。
展覧会には、作者の創作メモや自筆原稿、装画を手がけたカシワイさんの原画、装丁を担当した辻祥江さんのタイトルロゴ、山下昇平さんによる立体造形などを展示。ヘリヤ記を通して、作り手たちそれぞれが創造したものに触れることができる心地よい空間です。
今、記すべき言葉を確かめて
7月13日に行われた白井さんと佐々木さんによるギャラリートークには、文学やアートに関心を持つ方たちが集まりました。「声たち」の行き交う物語を味わうと同時に、現実をまっすぐに見つめつづけることの意味が心に染み込んでくる時間でした。
佐々木さんは、現実の体験や風景の描写と寓意が不思議な混じり方をしていると「ヘリヤ記」の感想を話しました。「朝起きると、窓から光が差し込むのが目に入り、鳥の声が聞こえてきます。でも直接的には目に見えない、生活を規定する政治や社会も存在しています。作品を創ろうとするとき、その二つを同じ世界のものとして結びつけるのは難しく、なかなかうまく接続してくれません」
「寓意そのものが全面に出てしまうと物語にならないので、意味として出てこようとするものを、風や光、事物事象、具体的なディテールとして物語に書くことで、自分を取り巻く社会のしくみを昇華させています」と応じた白井さん。これまでに、詩、絵本、ファンタジーと形式にとらわれず本を作り、季節や旧暦、憲法といったテーマにも向き合ってきました。
白井さんと初めて会ったとき、「こんなに言葉を綿密に使う方がいらっしゃるんだ。大げさな言葉は、見抜かれてしまう」と感じたと佐々木さん。白井さんの姿勢や日常の言葉で書かれた詩に勇気をもらっているそうです。「自分にとってしっくりする言葉、今記すべき最適な言葉はこれなんだと思うものを並べていくと、それが作品になることは希望です」
白井さんは言います。「なぜこの言葉が生まれてきたの?なぜ書きたかったの?そうしたことが詩の大切なところで。生きている実りとして詩が生まれる。あなたが生きていることがありありと伝わってくることが大事かな、と思っています」

鳥取で創作をすること、その土地を体感すること
ヘリヤの地図を見た瞬間に、鳥取という土地が物語に影響を与えていることがわかると佐々木さん。豊かな風景描写によって、鳥取での体験がファンタジーに変換されている印象を強く持ったそうです。
白井さんは、連綿とつながってきた歴史のドラマや固有性、時間の幅が鳥取にはあり、古い時代の余波が残る空間で、土地と結びついている神話を感じると話します。「ファンタジーで未来の世界を書こうとしたとき、この土地では人間の生き方の祖型に触れやすい気がしています。袋川を遡り万葉の歌碑のある国府町まで自転車で走る、たくさんの野鳥がいる樗谿から太閤ヶ平まで登ったり下りたり、頭で理解するよりも、体を動かし繰り返し同じ場所に、時間をたっぷりかけて足を運ぶことで、ようやく体の中にその土地のことが入ってくるんじゃないかな、という感じがします」
その過程を経て、長い間書きかけで眠らせていたファンタジーの原稿を、改めて書き進めるようになったといいます。
一方、佐々木さんは、2016年に映画『TRAILer』を監督しました。白井さんと出会ったのは、その上映会でのこと。かつて敵軍が上陸してきた読谷村から、平和祈念公園にある摩文仁の丘までのコースを、映画のために初めて沖縄を訪れたという佐々木さん自らが自転車で走り撮影しました。
自転車で移動する中で、体で土地を体感していたという佐々木さん。「美しいビーチ、戦争の痕跡が残る場所、特定のポイントを記録すると必ずどこかが隠れてしまいます。そこで多面的な場所のイメージをつなげ、景色の移り変わりを含めて記録することにしました。自転車の撮影は、起伏のある地面をカメラでトレースし、土地のコンディションを可視化しています」
鳥取では、「見る場所を見る」というプロジェクトを立ち上げ、鳥取の映画文化を調査している佐々木さん。「鳥取は山と海に囲まれ一つの町で生活が完結するイメージがあり、地域に独立した映画文化がある。個人の活動の痕跡が価値を持ち、はっきりとのこっている風土が興味深い」と語ります。
同時に、直接的に過去を追体験する余地のある土地だと佐々木さんは感じているそう。「この土地から何かを創ろうと考えるとき、過去の誰かの反復したアーカイブが間に挟まることは少なく、ダイレクトに過去の人との関係を生み出すことができます」
『ヘリヤ記Ⅱ』展は、家族とともに鳥取に移住した白井さんが、4年の間に紡いだ人や自然とのつながり、そこから汲み出した物語を、結晶のように立ち上がらせた空間であるように感じます。
鳥取市にあるレコード店「ボイゾイレコード」の前垣克明さんがBGMを選曲し、ポスターは写真家の當麻妙さんが撮影。「森の生活者」の森木陽子さんが提供するドリンクは、作中の植物レブから着想を得て、ダージリンのファーストフラッシュにジャスミンを加え、みずみずしい味わいに。植物を販売する「芙植物室」の七理由芙さんの物語をイメージした草花も、壁面やテーブルを彩ります。これらの鳥取で暮らしを営む作り手たちの作品は、土地の持つ空気を会場に呼び込んでいます。
展覧会のタイトルには、「呼びあえる名前」と添えられています。佐々木さんは、1巻で描かれていたモノローグが、2巻ではダイアローグに変化していることに注目しました。「二人が違う視点を持ち合わせることによって、世界は立体的に見えてくる。そこが重要なポイントです」と佐々木さん。ご自身も、人は同じものを見て語り合う関係性を築くことができる、そのような「共視」の視点について考えをめぐらせています。
対談の終わり、白井さんは第3巻を構想していることを明らかにし、言葉を一つ一つ確かめるように、こう語りかけました。
“「声たち」を書き切ることで複数の声が立ち現れてくるといいな。不確かなもの、見過ごしてしまいそうなものに心を向け、ことばを与えられたら”

白井明大 / Shirai Akehiro
詩人。1970年生まれ。2004年、第1詩集『心を縫う』(詩学社)を上梓。『生きようと生きるほうへ』(思潮社)で第25回丸山豊記念現代詩賞。『日本の七十二候を楽しむ』(増補新装版、絵・有賀一広、KADOKAWA)が静かな旧暦ブームを呼んでベストセラーに。『えほん七十二候 はるなつあきふゆ めぐるぐる』(絵・くぼあやこ、講談社)、『旧暦と暮らす沖縄』(写真・當麻妙、講談社)、『歌声は贈りもの』(絵・辻恵子、歌・村松稔之、福音館書店)など著書多数。近著に『日本の憲法 最初の話』(KADOKAWA)、『わたしは きめた 日本の憲法 最初の話』(絵・阿部海太、ほるぷ出版、全国学校図書館協議会選定図書)。趣味はバードウォッチング。鳥取市在住。
佐々木友輔 / Usuke Sasaki
1985年兵庫県生まれ。映像作家、企画者。鳥取大学地域学部准教授。主な長編映画に2010年『新景カサネガフチ』、2013年『土瀝青 asphalt』、2016年『TRAILer』、2019年『コールヒストリー』、グループ展に2015年「第7回恵比寿映像祭」、2016年「記述の技術 Art of Description」(ARTZONE)、著作に2015年「三脚とは何だったのか──映画・映像入門書の20世紀」(『ビジュアル・コミュニケーション──動画時代の文化批評』所収、南雲堂)、2018年「房総ユートピアの諸相──〈半島〉と〈郊外〉のあいだで」(『半島論──文学とアートによる叛乱の地勢学』所収、響文社)、2020年ドキュメンタリー映画『映画愛の現在』三部作などがある。
https://note.com/sasakiyusuke
「白井明大『ヘリヤ記Ⅱ』展 呼びあえる名前」
会期|2025年7月9日(水)ー7月27日(日)
会場|ベーグル喫茶森の生活者(鳥取県鳥取市弥生町103 柏木ビル2階)
ギャラリートーク
日時|7月13日(日)14:00-16:00
出演|白井明大・佐々木友輔(映画監督)
日時|7月27日(日)14:00-16:00
出演|白井明大・奈良敏行(定有堂主人)・伊民公恵(朗読)
料金|ギャラリートークへの参加は1,000円+1drink
問い合わせ|morinoseikatsusya@gmail.com
0857-50-1170