ひやまちさととレンレンの 
あっちーこっちー
#2 AIR475

コラム「あっちーこっちー」は、鳥取県若桜町でギャラリーカフェふくを運営する、ひやまちさととその家族「レンレン」が鳥取県内で行われるアートプログラムや企画展、イベントなどに文字通りあっちこっち行ってみる様子をお伝えするものです。つい頭で考えてしまう大人と違い、こどもの感じ方は素直で遠慮がない。ふたりで見つけた発見を、ドキドキしながらお送りします。


第2回目は、2024年8月9日〜8月25日にかけて米子市の米子市美術館で行われた、白川昌生の個展『出雲神話はアートになる』 のレポートをお届けします。

レンレンの夏休み、どんな思い出づくりを提供できるだろうかと親としてはお祭りだ、キャンプだ、花火だと頑張りすぎて後半バテ気味であったが夏休みが終わる最後の週末に向け、私は体力を温存していたのだ。何故なら『AIR475』の展示を見に、若桜町から米子市まで車を運転して帰ってくるエネルギーを蓄えるためである。そしてレンレンに「明日、米子に行かない?」と聞いてみたところ「えーなにがあるの?しごと?」「展示を見に行きたいです」「うーん、まあいいけど。夢みなとタワーもセットでねー」というわけで、今回もレンレンと一緒に展示を見に出かけることになりました。

AIR475(エアヨナゴ)とは?鳥取県米子市で行われるアーティストインレジデンスのことで、2013年から活動している地域のアート団体が実施するプログラムです。2024年は2名の現代美術作家を招聘し、そのひとりが白川昌生さんでした。

米子市美術館の2階に上り、作品会場にはいると壁面に12点の作品が並んでいて、会場の中心部にはガラスケースの中に書籍が並べられていた。この時点で私はこの展示が「記述作品」という表現であることを全く知らずに、それこそ夏休みの自由研究でこんな大きな模造紙に、大きな字を書くのは大変だったなあ、なんてことを思いだしていた。1枚の大きな紙に人物の人相と、その人の歴史が書かれていたものを、ゆっくりと読んでいく。文章がたくさん書かれているわけではないのだけれど、その一つずつの言葉の意味をゆっくりと咀嚼しながら、次の言葉へ意識を移していく感覚で。レンレンはまだ習っていない漢字が多いため、私が音読するのを聞いて、それでもまだ知らない言葉も多いためか、途中からふいっといなくなってしまった。

私はアーティストの作品を鑑賞する際に、自分との共通点や共感する点を糸口にすることが多いのだが、会場を何度か周り、キャプションを読み込みながら、さらに書かれている文字を音読するも、この作品のテーマ「出雲神話はアートになる」と私との間に親和性が生まれてこないことに少し焦った。そこで会場をでて、向かいにある米子市図書館で「出雲神話に関する本」をカウンターでリクエストし、2冊ほどを読んだ。米子市美術館は入ってすぐに子どもが読書をする環境をとても大切にしている雰囲気が伝わって、とても過ごしやすく、レンレンもまた読書に没頭した。「神話と日本民族論」「出雲神話の真実」などの本を読む。正直にいうと前者は令和の時代に女性を生きる私には共感できる部分が少ない本であった(しかし出版元は助産院)し、後者は大胆な仮説の古代ロマンだった。むむむ、まだ私は「出雲神話はアートになる」の尻尾もつかめてない。どの扉を開けたら良いのか、わからず途方に暮れた。

そういう時は、気分転換が一番ということで。「レンレン、ここにはサンドイッチが美味しいカフェがあるそうですよ」そう言って、読書に夢中なレンレンをなんとかこちらに引き戻し、図書館をでた。美術館と図書館そして米子市役所は一つのエリアに同じ佇まいの建築とエリアのゾーニングがあり、文化的な気配がし、とても居心地がいい。平成28年に改修工事を経て、今の姿になったようだ。さあ、フルーツカフェ サエキに行こう。美術館の1階にある喫茶室に入った。レンレンは柔らかい食べ物が好きで、サンドイッチはその中でも「たまごサンド」に目がない。私はもちろん「フルーツサンド」を選んだ。

運ばれてきたフルーツサンドを頬張りながら、私はレンレンに話した。
「私、さっき見た作品がよくわからなくて、頭が混乱しているよ、天と地と、神と人。。。」
「うん、でもこのたまごサンドおいしいよ。ぼくにはこんなかんじだったかな」
そう言って、会場にあった図に近いものをノートに描いてくれた。

はてさて、アートを理解するってどういうことなんだろうか。ここで私は作品の鑑賞の仕方を間違えたことに気がついた。白川昌生さんのこれまでの作品と、そして現在もテーマとして扱っている「ダダイズム」のあたりを予習してから見るべきだったかもしれないと。また、アーティストレジデンスの成果としての作品発表の形についても、イメージしていたものとは違った。私は鳥取市鹿野町の鹿野芸術祭でAIR鹿野というプログラムの運営に携わっているが、それってつまりアーティストを迎える側として、その成果にある種のわかりやすさを求めていたのではないか。フルーツサンドセットにはアイスクリームがついていて、レンレンの視線を感じた私は、そっとアイスクリームの小皿を彼の方へずらした。まだ、扉は開かない。しかし、このアーティストが表したいことがここにあるのは確かな気がする。「わからなかった」でもいいかもしれない。が、こういう時の私は「知りたい」が勝る。そこで私は、白川昌生さんに直接連絡を取り、後日オンラインでお話を聞かせてもらうことにした。

 

白川さんは現在、群馬県前橋市を拠点に活動する現代美術の作家で、2020年ごろより鳥取との関わりが始まったそう。美術を始めたのはヨーロッパにいた頃で、1910年〜1930年頃の大正デモクラシーの時代に興味を持ち、1970年には日本の前衛の活動を紹介する企画展をドイツの美術館で行う。国が変わる、時代が変わる、革命が起こるその時に芸術やアートが呼応するように活発になるのは、どの国や時代も同じだと白川さんは感じている。そこから「芸術思想・運動」や「社会運動と宗教」などといった世の中に影響を与えた様々な事象について白川さんが話される内容を、私は必死でメモをとった。

白川さんのこれまでの活動を知ることで、やっと私は今回のAIR475での作品「出雲神話はアートになる」の扉の前に辿り着いたようだ。その扉を開けると、どうやら大きな川が流れている。水量も勢いもなかなか激しい。たくさんの人間の思惑や、物質が目の前をどんどん流されていくようで、私は一歩前に踏み出すことができないままでいる。白川さんの話を聞きながら、私は本流からいくつもの川が分かれていく様子を想像した。

白川さんが出雲神話をテーマにしたのは、リサーチの過程で米子市出身の活動家・思想家には「出雲神話」の世界の力を信じているというベースがあることに魅かれたからであろう。白川さんがこれまで記述してきた年表の中に、その人物たちが新たに描き加えられていくようだった。また白川さんはこうも語った。「負けた人の歴史」と「勝った人の歴史」や「目に見えない世界」と「陽のあたる政治」など。そしてその隙間に「先送りされた問題」があり、その排除されたものたちが作る小さな支流があることを。

私たちが今生きている時代が、過去の人間によって生み出された川の中にあることを、また自分もそのひとしずくなのだということを、白川さんの作品を通して私は感じた。人類の歴史の中で繰り返されてきた革命や運動、そして戦争。その度に社会を作り替えなくてはといくつもの哲学や思想が議論され続けている。そこで、私たちの生活や贈与行為は、小さなひとしずくに見えるが、きっと作用していくだろう。2024年の現在も地球上では戦火が絶えない。懲りずに、人類はまた繰り返している。そんな時代に流され慣れてしまう自分自身にヒヤリとする。そんなとき、川を読む人がいて、流れているものを拾い上げる人がいて、成分をはかり口に含み、描き表す人が必要なのだ。そこにアートがあった。私は私の中にある扉の形や色や感触を思い浮かべ、そのドアノブを時折回そうと思う。そして私がそうやって生きていくことを、レンレンに見せていきたいと思う。


AIR475 / エアヨナゴ
米子市を中心に地域の歴史、文化、風土を発掘し、活用するアートプロジェクト。国内外で活躍するアーティスト、キュレーターによるサイト・スペシフィックな作品制作やプロジェクトを展開。まちおこしに取り組み、人々がアートへの造詣を深めること、地域への愛着を感じることを目指している

AIR475事務局|
683-0845 鳥取県米子市旗ヶ崎9-21-22
TEL : 090-7810-1347(担当:来間)
https://air475.com/

白川昌生 「出雲神話はアートになる」 
会 期|2024年8月9日(金)〜 8月5日(日)
会 場|米子市美術館 

ライター

ひやまちさと

鳥取県若桜町在住。高校卒業後、京都でデザイン、神戸でイラストレーションを学ぶ。フリーでイラストレーションとデザインのお仕事をしながら2016年より鳥取市鹿野町の「鹿野芸術祭」にも関わる。2019年より若桜町にギャラリーカフェふくを運営。大切にしている言葉「早寝早起き」。