
ファインダーの先に夢中になれる表現を探して
ーちづの放課後表現クラブレポート-
2025年1月から3月にかけて、ダンス、アート、建築、詩、演劇、写真表現を体験するプログラム「ちづの放課後表現クラブ」が、智頭町で開かれました。主催するのは、長年演劇の分野で活動を続ける齋藤啓さんをはじめとする有志メンバーでつくる「智頭コミュニティ劇場」。子どもから大人まで多様な参加者たちが、第一線で活躍するアーティストと共に、自分らしい表現を探す機会となりました。プログラムの最終回、写真家の水本俊也さんを迎えて行われた写真ワークショップの様子をレポートします。
難しい説明は無くても大丈夫。カメラを持って世界を切り撮る
「ちづの放課後表現クラブ」は、「やりたいと思っていたこと、夢中になれるかもしれない」芸術表現に身近な場所で触れることができる機会や場を創ろうと計画されました。開催された6つのプログラムの最終回は、写真家、水本俊也さんによる写真のワークショップです。会場に集まった小学生、中学生と大人の11人のメンバーで、写真表現を体験しました。
各地でワークショップを重ねている水本さんは、写真の技術を解説するよりも、実際に撮影を経験してもらうことを重視されています。今回のワークショップでは、水本さんから機能の充実したカメラをお借りして、シャッターの場所、ズームの方法、撮影した写真の見方を確認後、すぐに部屋を出て撮影を開始しました。
この日の智頭町は、春の雪がちらついていました。そのため、特別に図書館の許可を得て、まずは館内を撮影することになりました。「薪ストーブや飾られている雛人形を、縦・横の構図で撮ってみてください」と水本さん。本格的なカメラを使うのは初めての参加者も、思い思いの場所でシャッターを切りました。
その後、雪の具合を見ながら図書館の周辺と中庭で、桜の木や草花、池、雪の降る山等を撮影しました。あとでトリミングすることはできるけれど、やはりその場でファインダーの中に切り撮ることが重要であることなど、水本さんにアドバイスを受けながら、寒さを忘れて撮影に取り組みました。
薪ストーブにカメラを向けて、表現の扉をひらく
撮影後は、参加者が自分の作品から3枚の写真を選び、プリントしたものを全員で観賞する時間を持ちました。図書館の窓辺や本棚に挟まれた通路、山に舞う雪、薪ストーブの炎、花や木々の蕾などの写真が並びました。
「挑戦してみたら、カメラは簡単に使えた」と楽しそうに話す小学生は、薪ストーブの炎をまっすぐに切り取り、「どこを撮影するか悩んだ」と語る中学生は、静謐とした館内の雰囲気を写し出していました。そして、「ファインダーの中に見える景色に夢中になりました」「以前から写真が好きです。理想通りに光景を撮れるようになりたい」という大人の参加者たちの声は、表現することに挑んだ達成感に溢れていました。
参加者の表現した写真に触れ、「難しいと構えることなく撮ってみてほしい。撮影を続けることで、自分の思いをもっと表現することができるようになります」と水本さん。子どもたちとのワークショップを何度も重ねた経験から、地面に寝そべって被写体を捉える、大人が気にとめないものに目を向けてカメラを向けるといった子どもの行動に驚かされ、学ぶことが多いと話されました。
ワークショップを通して気づいたことの一つが、私はカメラが写す世界と人間が見る世界は別物であり、それぞれに個別の美しさがあるのだと思い込んでいたということでした。カメラによって生み出される世界に、写真のプロではない私は手出しできないだろうと感じ、真剣にファインダーの先の世界に目を凝らしてはいなかったのです。
しかし今回のワークショップの参加者は、これを写したいというひらめきを活かし、どのように表現するかを熟考しながらカメラを向けており、その気持は水本さんや智頭コミュニティ劇場の方々によってサポートされていました。みなさんと時間を共にする中で、芸術表現への期待が膨らみ、写真を通して、世界に意志を持って向き合うことの意味とかけがえのなさを教えられました。
ちえの森だからこそ、広がる表現がある
参加者の中には、ちえの森ちづ図書館を偶然訪れ、職員から「興味があれば」と勧められワークショップに飛び込んだという方の姿もありました。暮らしや文化の拠点の一つである図書館に、智頭では安心感が溢れているようです。そこで温かく背中を押してもらうことによって立ち現れる表現の場の可能性を感じました。
講師を務めた水本さんも、出身地である八頭町の図書館とのつながりが深く、著書『たくさんのふしぎ 風が描く絵 鳥取砂丘』(福音館書店)のパネル展は、これまで八頭町立図書館、境港市民図書館、鳥取市立図書館などで開催され、鳥取県立図書館、ちえの森ちづ図書館に巡回展示されます。だれもが身近に足を運べる場所で、写真表現や水本さんがライフワークとして撮影を行っている鳥取砂丘の魅力に触れることのできる展示となっています。
[参考]
『たくさんのふしぎ 風が描く絵 鳥取砂丘』パネル巡回展
鳥取県立図書館(2階郷土コーナー):2025年5月1日~6月11日
ちえの森ちづ図書館:2025年7月5日~7月30日
そして、今回のワークショップには、子どもたちを含めさまざまな年代や背景を持つ方が参加されていたことも印象的でした。親子でお互いの表現を鑑賞し合い、作品への思いを言葉にして共有したり、祖母の撮った写真の中からプリントアウトするものを孫が選び出したり、普段の暮らしのなかで触れることのない家族の一面を感じる機会になっていました。
ワークショップの終わり、スタッフの米井美由紀さんは「6回にわたり様々な分野の表現プログラムが開かれたことで、一人一人が自分の興味に合った表現を見つけるきっかけになったと思います」と一連のプログラムを振り返りました。
今後「ちづの放課後表現クラブ」は、さらに充実したプログラムとなるよう構想が進んでいるといいます。機会があれば、あなたも、ちえの森に迷い込んでみませんか。入ることを拒まれることもなければ、何かを押し付けられることもありません。表現することの大切さを真摯に考え、芸術表現のきっかけを届けようと取り組む人たちがそこにいます。
写真:齋藤啓
水本俊也 / Mizumoto Shunya
写真家。鳥取県八頭町出身。神奈川県横浜市在住。公益社団法人日本写真家協会会員。キヤノンジュニアフォトグラファーズ講師。船旅や海をテーマに世界100近い国や地域を撮影。8回訪れた南極をはじめ、ツバル、北極圏などの僻地でも撮影を行っている。2013年からは鳥取の豊かな自然を舞台(背景)に、家族の肖像を撮影する「小鳥の家族」を主催。2015年からは「鳥取R29フォトキャラバン」講師を務める。作品制作に因州和紙を使用し、鳥取からの文化発信を積極的に行っている。
水本俊也公式サイト https://waterbook.net
R29AIR 因州和紙×写真 https://washi-air.studio.site
和紙写真、アートの世界 https://washi-art.studio.site
ちづの放課後表現クラブ
「表現すること」を体験してみませんか?
期間|2025年1月-3月
会場|ちえの森ちづ図書館、智頭町総合センター
内容・日時・講師など|
【ダンス】1月26日 荻野ちよ(ダンサー、振付家/琴浦町)
【アート】1月29日 淀川テクニック/柴田英昭(アーティスト/智頭町)
【建築】 2月 5日 小林和生・小林利佳(建築設計事務所 PLUS CASA/智頭町)
【詩】 3月 9日 白井明大(詩人/鳥取市)
【演劇】 3月12日 菅原直樹(劇作家、演出家、俳優/岡山県奈義町)
【写真】 3月30日 水本俊也(写真家/八頭町、横浜市)
主催|智頭コミュニティ劇場
後援|智頭町、智頭町教育委員会
お問合せ|chizucommunitytheatre@gmail.com