劇場は灯台の光。鳥の劇場が20年間、わたしたちに伝え続けている希望
-鳥の劇場『イワンのばか』アフタートークレポート-
鳥取市鹿野町で廃校となった小学校と幼稚園を利用し、2006年より活動する鳥の劇場。来年20周年を控え、この春に新施設「アネックス」が完成し、大型連休には演劇『イワンのばか』の公演や表現・自然体験プログラムを展開しています。公演初日のアフタートークでは、文化コモンズ研究所代表の吉本光宏さんをゲストに迎え、次なるステージへ想いをはせる時間となりました。
2025年4月29日(火・祝)~5月11日(日)の期間、午前中は表現・自然体験、午後は演劇『イワンのばか』の観劇と、大人も子どもも楽しめるプログラムで劇場体験へ誘う鳥の劇場。配役を一新し3年ぶりの上演となった人気演目『イワンのばか』は、素朴に実直に生きることで得ることや奪われないものについて考えることのできる作品です。公演初日のアフタートークでは、文化政策やアートマネージメントに関する調査研究やコンサルティングを行う、合同会社文化コモンズ研究所代表の吉本光宏さんをゲストに迎え、鳥の劇場芸術監督である中島諒人さんとの対談が行われました。
鹿野にあるから伝えられること、演劇だから表現できること
観劇の感想として吉本さんは、『イワンのばか』では経済力や軍事力に振り回されることが絶えず起こる中、日々の日常は淡々と進めざるを得ない現実世界において「他の場所ではなく、この鳥取という地で観るからこそ感じられる力があった」と感想を伝えつつ「劇場はそこを訪れる人たちにとって、共有財産であり、入会地である」と聴衆に語りかけました。

入会地とは「コモンズ」とも呼ばれ、誰もが足を運び共同利用が認められた場所のこと。山林の入会地であれば、そこで人々は共有財である薪を拾い、生活の根本を支えることができます。そうした観点から、鳥の劇場も、訪れた人々がそこで時間を共有し、体験や抱いた気持ちを持ち帰ることができ、劇場での体験が日常の中に豊かな時間をもたらす可能性があるのです。
中島さんは「地域の人たちと一緒に鹿野で演劇を作り、劇場でのさまざまな活動に参加してもらうことで、生活を豊かにすることを目指したい」と応じ、今回の演目『イワンのばか』は「灯台の光」の役割を果たしていると語りました。
現代世界では、多くの争いや歪みが生じており、いくら生活者が声をあげようとも、状況は簡単に変わらないと感じる場面もたくさんあります。しかし、今回の公演では、決して忘れてはいけないまっすぐに生きる存在の価値を教えてくれます。演劇の中で、生活者の思いが叶うことを体験し、それが現実を生きる勇気につながるのかもしれません。
劇場は誰もが安心安全を感じられる空間
吉本さんが日常的に文化があることの大切さに改めて気づいたのは、東日本大震災直後に東北でリサーチを行ったときのこと。震災でたくさんの公共施設が被害を受けたことで、地域の方々からは「集まって話をする場所がない」という声が聞かれたそうです。公共の文化施設だけではなく、民間の劇場や商店街、学校などの場が地域に存在することが人々の文化的な豊かさや生活の質を支えることにつながるという結論を導き出しました。広い意味での文化施設が地域の重要なコモンズである、という考えに至った大きな契機となり、それ以降、地域に暮らす方々が文化を通して、安心安全で豊かな暮らしを繋いでいくことができればと活動しています。
中島さんは、「演劇を含めた現代アートは、オリジナリティや作り手の才能に依拠する部分があり、アートを共有財と感じてもらうには難しい側面も感じている」としながらも、吉本さんとの対談を通して、「私たちが一生懸命作ったものを通じて、感じてくださったことをみなさんがそれぞれ持ち帰って周りの人と語り合う。それを共有財と呼び、劇場をコモンズと表現することは非常に腑に落ちる」と語りました。
鳥の劇場には2025年3月に新施設「アネックス」が誕生し、「鹿野の大木を梁に使ってあり印象的」と吉本さんが語る建築は、ワークスペースやカフェ、衣装や小道具を収納するスペースを備えた木材の伝える柔らかさに包まれる空間となっています。
新たな建物は、国や自治体の補助金のほか、2年間に渡るクラウドファンディングでの寄付によって成り立っています。建物の竣工式には100人以上の人が訪れ、わがことのように喜んでくださったのが嬉しかったと中島さん。まさに生活者の応援が加わって文化の共有地が鹿野に生まれたのです。

志を抱く人たちが希望を持って演劇に向き合い、地域に愛される場所に
民間の劇場には、活動に自由がある一方で、資金面の不安定さという悩みもあります。若い人たちもたくさん加わっているという鳥の劇場。関わる人の将来をどうやって保障していくかを視野に入れながら、劇場の継承について考えている、と中島さん。
劇場の未来について吉本さんは、「NPOとして活動する鳥の劇場は、公共の支援だけではなく地域のみなさんが関わりを持つことで鳥取に根付いている、志を持った人たちが集まって運営されていることはかけがえのないことであり、敬意を感じています。1998年に日本にNPO法(特定非営利活動促進法)ができてからたくさんのNPO法人が誕生しましたが、近年は解散する法人もかなり多い。そのような中で鳥の劇場は、20年間、休むことなく継続され大変いい仕事をされている。楽観的かもしれませんが、この20年間の歩みが劇場が今後も継続していくことを証明していると思うんです」と背中を押します。
そのうえで、日本の寄付税制は世界でもトップレベルであることがまだ広く知られておらず、寄付税制を活用しようとする人が少ないと説明し、特に個人からの寄付が今後も増えていく可能性が高いことに言及しました。また、鳥の劇場は公益性が認められ2023年の11月から「認定NPO法人」となったことで、寄付者への税制上の優遇の幅も大きく、寄付につながる環境が整ってきています。
中島さんは、「私たちの資産は、どこに出しても恥ずかしくない作品を一緒に作ってくれる仲間と、見てくださるお客様、鳥の劇場をよく知って、愛してくださる方がいること。活動の質を高めて、まだまだ届いていない方にも認知を広げながら、継続していきたいと思っています」と話しました。

『イワンのばか』公演の余韻の残る会場で、舞台セットを背景に語り合う対談の終わりを吉本さんはこう締めくくりました。
「活動を続けて施設の拡充も行うなど、この場所に劇場があること自体が、民間の団体の持続力を示しています。文化の分野で仕事をする日本中の人にとって大きな支えとなっている。鳥の劇場の活動には、社会的な意味があると僕は思うんです」
写真・構成:水田美世
吉本光宏 / Mitsuhiro Yoshimoto
1983年、早稲田大学大学院(都市計画)修了後、黒川玲建築設計事務所、社会工学研究所、ニッセイ基礎研究所を経て、2023年6月に文化コモンズ研究所を設立(代表・研究統括)、長野県文化振興事業団理事長に就任。文化政策や文化施設の運営・評価、創造都市などの調査研究に取り組むほか、国立新美術館や東京オペラシティ、東京国際フォーラムなどの文化施設開発、アート計画のコンサルタントとしても活躍。文化審議会委員、東京芸術文化評議会評議員、(公社)企業メセナ協議会理事などを歴任。
https://ifcc.jp/
鳥の劇場 / BIRD Theatre Company TOTTORI
演出家・中島諒人を中心に、鳥取県鳥取市鹿野町の廃校になった小学校と幼稚園を利用し、2006年から演劇活動を行う。演劇創作を中心にすえて、国内・海外の優れた舞台作品の招聘、舞台芸術家との交流、他芸術ジャンルとの交流、教育普及活動などを行ってきた。2023年には認定NPO法人に。2025年春には演劇創作のためのバックヤードと地域のためのものづくりの場としての役割を持つ新施設「アネックス」がオープン。
https://www.birdtheatre.org/
鳥の劇場2025年度プログラム〈創るプログラム〉
『イワンのばか』
公演日|4月29日(火・祝)、30日(水)、5月1日(木)、3日(土・祝)、4日(日・祝)、5日(月・祝)、6日(火・休)、8日(木)、9日(金)、10日(土)、11日(日)
開演時間|全公演 14時開演
会場|鳥の劇場(鳥取市鹿野町鹿野1812-1)
観劇チケット|
大人:2,500円
学生割引:1,000円 ※大学・短大・専門学校生など
18歳未満:500円
3歳未満:無料