「アイアイ」プロジェクト報告フォーラム×トットローグ
-鳥取という“地方”で考える鑑賞教育- レポート
鳥取県内外の美術鑑賞・鑑賞教育の取り組みを紹介するメディアサイト「アイアイ」は、2023年5月20日(土)にプロジェクト報告会を開催。フォーラムではトットが取り組んできた対話のためのプラットフォームづくり「トットローグ」ともコラボし、「鳥取という“地方”で考える鑑賞教育」をテーマに、参加者と鳥取の未来を考える時間となりました。
「アイアイ」プロジェクト報告会
第1部では、「アイアイ」プロジェクトリーダーの蔵多優美さんより、プロジェクトを立ち上げた経緯や、実際にリサーチを進めていく中で見えてきたことについて報告が行われました。
対話型鑑賞に興味を持ち、学んでいく中で「鳥取県で行う“鑑賞教育”ってなんだろう?」と考えるようになった蔵多さんは、ご自身のバックボーンや「鳥取」という地域性を踏まえて「何か新しいことにチャレンジできないか」と思い立ち「アイアイ」というプロジェクトを立ち上げました。
「アイアイ」は、『現代美術の見方は「地方」でも学べるか〜鳥取とその周辺地域における「鑑賞教育」の実態から考える』という調査・研究テーマで実施する取り組み。公益財団法人小笠原敏晶記念財団の2021 年度 調査・研究等への助成(現代美術分野)に採択された企画です。
この企画では、①鳥取県内外の「鑑賞」に携わる実践者10組に対するインタビュー、②インタビュー内容を編集し、その文章が読めるメディアサイトの開設、③フォーラム開催(今回実施したイベント)の3つの活動を通して、地方で「鑑賞教育」に取り組むことや「現代美術」を通した教育普及について、考えまとめることで次世代のための鑑賞教育の在り方への提言や、同じ問題意識をもって活動している団体・個人と協力関係を築き、知見や経験を共有することを目標としています。
プロジェクト報告会では、主たる活動となった10組のインタビューについても、それぞれの特徴や考えを改めて発表していただきました。
※鳥取県内外の「鑑賞」に携わる実践者10組に対するインタビューは、「アイアイ」プロジェクトのメディアサイトでご覧いただけます。
インタビューを通して見えてきた3つの課題
報告の中で、蔵多さんは以下の3点がインタビューを通して見えてきた課題だと指摘されました。
※以下で、《》内の人物名は実践者10組のインタビュー記事の発言を引用したものとします。(敬称略)
・鑑賞と表現の関係をどう捉えるか
・地方における鑑賞教育の課題と可能性
・現代美術と鑑賞教育
まずは「鑑賞と表現の関係をどう捉えるか」という点について、多くのインタビュイーに共通していることが『「鑑賞」と「表現」はセットで扱うべきという考え方《岩淵、赤木、木村》』である、と挙げられた上で、その一体化を目指して「①鑑賞の創造性・表現性」と「②表現の基礎としての鑑賞」という2通りの教育をそれぞれ行おうとしているのではないか、と話しました。
①鑑賞の創造性・表現性
「鑑賞」すること自体が創造的(クリエイティブ)な行為であり、一種の「表現」行為であるという考え方《今野》。鑑賞の創造性や表現性に気づくためには、作品をよく見るだけでなく、共に鑑賞する他者の言葉にも耳を傾けることが必要であり、またそのような議論の場を設けることが求められる《会田》。教育者もしくはファシリテーターは「第三者的視点《会田》」に立って各々の意見を引き出し、対話や議論が活発化するように促さなければならないが、参加者となるべく対等な立場に立つことが望ましいと述べている《外村、佐藤》。参加者の言葉からは、作品を鑑賞している時の心の動き《会田》、ある質問に対してどのような返答が返ってくるか《永江》など、自分自身も様々なことを学ぶことができる。
②表現の基礎としての鑑賞
「鑑賞」はあらゆる「表現」行為の基礎であるという考え方。制作は「見る」ことの最良のトレーニングとも見做せ《永江》、模写という行為も、「何らかの作品を鑑賞して、そこから自分なりの見方を表現する」という意味で非常に創造的な活動であるし、手本とした作品と自分が描いた作品を比較することで、さらなる鑑賞や対話のきっかけが生まれる可能性がある《北野》。
自ら「表現」を行うことは、必然的に自分の作品や他の参加者の作品の制作過程を知ることにつながり、そのことが作品をより深く理解するための助けになる《木村》。
また、トットとも関わりの深い岩淵拓郎さんと水田美世さんによるWSプログラム「なんだこれ?!サークルとっとり」では、個人から出てきた「表現」を介したコミュニケーションに徹底してこだわっており、「芸術」と呼ぶ代わりに「なんだこれ?」と言うことで心理的なハードルを下げ、互いに臆することなく自分の発想を試していく場を作ることが目指されている。
つづいて「地方における鑑賞教育の課題と可能性」という点において、「鑑賞教育を行う上で、地方と都市との間に何かしら違いがあるかという問いについては、インタビュイー毎に意見が分かれた。」と挙げられ、「地方には美術館や美大などが少なく、美術教育を受けられる機会は依然として都市との間に大きな格差があると考える者《原》もいれば、現在はインターネットをはじめとして美術館以外の場での美術教育の機会も増えており、望みさえすれば地方に居ても様々な鑑賞体験ができるため、それほど格差はないと考える者《山岡、今野》もいる。地方では「キャッチする力」や「まなざしの力」を鍛えておかなければ、なかなか芸術に出会うことができない。そのため、地方のほうが「より主体的な鑑賞力」が問われるのではないか《渡邊》」と話しました。
しかし、主体的な鑑賞力がなければ教育機会までたどりつくことがむずかしく、教育機会に恵まれなければ主体的な鑑賞力が得られないというジレンマがあるとした上で、「そのようなジレンマこそが、地方が抱える美術教育および鑑賞教育の課題と言えるのかもしれない」と提言されました。
また、「“鑑賞教育には時間がかかる《北野》”ということが、インタビュイーたちの間でほぼ一致した意見」だと挙げられ、「“一作品ないし一度の鑑賞をするためにかかる時間”と“鑑賞教育は継続的に実施していかなければならないという、より長期的な時間”の2つの要素があることを知り、“学ぶ側も教える側も、複数年をかけてじっくり取り組むべきものである”という前提を広く周知していかなければならない。」
「学校教育の現場では、近年の学習指導要領の改訂により鑑賞教育の大切さについての認識が広がっているが、各実践者達が鑑賞教育に取り組み始めた際には、鑑賞教育にかけられる時間は減少傾向であったと言える状況にあり、“教育の実施時間外にも広がる活動”や“他の教育機関や団体との連携”にそれぞれが模索していることが多くのインタビュイーの発言から見えてきた。そのような継続的な関わりを持つためには、コミュニティの形成が不可欠。インタビュイーの会田大也さんが、北川フラム氏の言葉を紹介しつつ、“地域に芸術を根付かせるためには、その土地に残り続ける存在であるボランティアの育成が重要である。”と答えていただいた。」と話しました。
最後に「現代美術と鑑賞教育」という点について、「現代美術は造形的な要素だけでは完結せず《赤井》、文脈を読み取る必要があるため、予備知識なしで鑑賞することがむずかしい。だが、前提となる知識や文脈にこだわりすぎると、学習者に「正解」を押し付けることにもなりかねない。」とした上で、「インタビュイーたちに回答していただいた発言から、芸術は“わからない”と敬遠している学習者に対し、根気強く鑑賞教育を受け続けてもらうための手がかりがたくさんあった。“おもしろい、自分もやってみたい”と思わせるような“なんだこれ?!《岩淵》”や“「わからない」「やばい」「なんでだろう?」の三段活用《渡邊》”という言葉。さらに、“現代美術的な背景を持つ「なんだこれ?!サークル」や会田大也さんは、現代美術作品をただ「鑑賞」させるのではなく、「鑑賞」と「表現」をセットにする=学習者を「参加型アート」に巻き込んで「体験」させることが現代美術の教育を行なおうとしているように見える。北野諒さんの言葉を借りるなら「関係の造形」を共に行う作品制作の実践である。”といったことが研究する中での発見でもあった。インタビュイーにお聞きしたそれぞれの活動が現代美術を鑑賞することへのヒントになるかもしれない」と話しました。
クロストーク「鑑賞教育の課題と可能性」
第2部では、メディアサイト「アイアイ」でインタビューを公開している3組の方々にゲストとしてご登壇いただき、インタビューから数ヶ月経ち、あらためて考えたことや、他の実践者の取り組みや考えで印象的だったことなが、座談会形式で話されました。
登壇者
・渡邊太(鳥取短期大学 国際文化交流学科)
・永江靖幸(鳥取県立境高等学校)
・佐藤真菜(鳥取県立美術館整備局 美術館整備課)
・外村文(鳥取県立博物館 美術振興課)
・蔵多優美(「アイアイ」プロジェクトリーダー)
トークの中で、教育現場における人員不足の問題について言及があり、学校教育に限界があるとすれば、それ以外の公共の場と連携し「学校以外も学びの場である」ということが大切だとした上で、蔵多さんより「学校と学校外の連携だけではなく、学校教育者同士の横のつながりということもこれから太くしていく必要があるのではないか。現在、美術の非常勤講師として学校教育現場に関わっているが、非常勤講師は県の研修に参加することが学校長判断のため難しいなど、立場によって実現できないことが多くあるように感じている。外部に相談する場合は私的に動くことしか出来ず、自分と似たような立場で教壇に立っている人も複数おり、それぞれが困っている状況を個人間でしか共有することができない。美術教育として、より良い連携を生むことが出来ないものだろうか」と提言がありました。
それを受けて、佐藤さんは「連携を生むためには場所が大事。2年後に開館を迎える鳥取県立美術館のA.L.L.(アート・ラーニング・ラボ)は機能だけでなく、先生が息抜きをしながら話せるような拠点にしたいと思っている」と話しました。
トットローグ「鳥取という“地方”で考える鑑賞教育」
第3部では、WEBメディア「トット」が“対話のためのプラットフォームづくり”として取り組んでいる「トットローグ」とコラボレーションし、参加者も一緒になって地方における鑑賞教育について考え、対話する場が設けられました。
なお、今回のイベントは現地参加だけではなく、オンラインからも多くの方が参加しました。主たる対話の場は現地でしたが、チャット上での質問や感想を拾いながら、現地の対話を深めていくような形で実施されました。
鳥取県内外で美術を始めとする芸術教育に携わっておられる方々や学生今回のテーマや鳥取県立美術館に関心のある地域住民や運営関係者など、様々な視点を持つ方々が集まり、現地では18名、オンラインでは19名が参加しました。(クロストーク参加者・関係者含む)
会場の参加者から「美術や芸術はなぜ必要だと思うか?」という問いかけがあり、「ものの見方を知るためのツールとして必要」「生活が豊かになるためのもの」「生活を変えるための工夫や新しいものを生み出すための原動力であり、人として生きるうえで大切なもの」「地面から栄養を吸い取る“ごぼう”のようなもの」など、様々な意見があがりました。
また「多くの人に美術の魅力を伝えるためにはどうするべきか?」という問いかけに対し、「自分は美術に興味のある方ではないが、生態的な知覚を感知することに特化した存在として美術は稀有な存在だと思う」「“美術”というツールを使って、『なんだこれ?!』と思える体験を散りばめていけたら」という意見もありました。
最後に、蔵多さんから「2025年の鳥取県立美術館オープンにあたり、あなたはどうする?」という投げかけがあり、参加者からは「美術に興味のない人でも楽しめる場になると良いと思って、こういう話し合いに参加している」「“美術館”という主語に囚われず、個々人がそれぞれの展望を持つことが大切だと思う」「“アートが教育に良い”ということが広く伝われば、鑑賞教育も広がっていくと思うので、口コミで普及していけるようがんばりたい」「美術館へ向かわせるための仕組みづくりをやっていきたい」など、前向きな意見が多くあがりました。
プロジェクトを通じ、当事者として思うこと
実のところ、筆者は今回のプロジェクトではアウトプットチームの一員として関わりました。地方で生活する当事者の立場からも、たくさんの知見と勇気をもらうことができました。活動を通じて「能動的に動けば機会はちゃんと得られるんだ」と実感し、その経験は自分にとって心強い支えとなりました。
鳥取県は「小さな県」だと表現されがちですが、土地としては広く、東・中・西部の行き来はあまり容易ではありません。鳥取県立美術館のオープンをきっかけに県内全域で様々な鑑賞体験が生まれ、日常の色味が強く増すことを願っています。
写真:小寺春翔
「アイアイ」プロジェクト報告フォーラム×トットローグ
-鳥取という“地方”で考える鑑賞教育-
日時|2022年5月20日(日) 13:00-16:00
場所|鳥取大学アートプラザ
主催|アイアイプロジェクト
共催|鳥取大学地域学部 竹内・佐々木研究室、鳥取藝住実行委員会
助成|公益財団法人小笠原小笠原敏晶記念財団 2021年度 調査・研究等への助成(現代美術分野)、中国5県休眠預金等活用事業2021