レポート:寺尾紗穂LIVE at 樗谷グランドアパート

2019年9月28日、鳥取市の樗谷グランドアパートで、歌手の寺尾紗穂さんのライヴが行われました。翌日の松江公演と合わせた山陰ツアー、鳥取公演では地元出身の作家・尾崎翠とのつながりを強く感じさせる楽曲とともに、会場の洋館に独特な世界が立ち上がりました。トットのライター、nashinokiが当日の様子をレポートします。


先日鳥取で行われた寺尾紗穂さんのライヴは、ここ数年鳥取に生まれていたいくつかの動きが、一つに流れ込んだかのような時間だった。

会場となった樗谷グランドアパートは、1930年にもともと医院として建築され、第二次大戦後は占領軍将校の住居となった洋館で、近年保存会により積極的な活用が進められてきた。今回のライヴを企画したあいかわたえさん は、鳥取出身の作家・尾崎翠(1896 -1971)のフォーラムを2001年に立ち上げた時に事務局を担当し、その準備のために一室を借りたのがこのグランドアパートだった(1)。大正から昭和の雰囲気が漂う建物の雰囲気が、作家のフォーラムにぴったりだと思ったという。
2014年の第14回フォーラムの際、参加申込みをした寺尾紗穂さんに、せっかく鳥取に来られるならと、ゲストとして歌ってもらったのが寺尾さんの歌との出会い。今回、寺尾さんと尾崎翠作品との組み合わせで、このグランドアパートを使うことは自然な成り行きだった。

寺尾さんは汽水空港や鳥取教会など、ここ数年、鳥取で年一回ほどのライヴを重ねてきた。今回のライヴは三部構成で行われ、第一部は寺尾さんとベースの伊賀航さんによる演奏、第二部はドラム・パーカッションの歌島昌智さんが加わり、最後の2曲ではグンデル(インドネシアの合奏音楽ガムランで使用する楽器の一つ)のやぶくみこさんも参加した。
寺尾さんが伊賀さん、あだち麗三郎さんと組むバンド「冬にわかれて」は尾崎翠の作品に由来しており、彼女の小説から着想を得た楽曲が多く演奏され、それ以外には映画監督の安藤桃子さんが作詞した「海と空」、宮城のわらべ歌「こけしぼっこ」、逗子のイカ釣り船の歌、石牟礼道子さんの詩に楽曲をつけた水俣の歌などが演奏された。全体として尾崎翠とのつながりに加え、様々な風土や時間性を感じさせるセットリストだったように思う。第三部ではやぶさんのグンデルとともに、尾崎翠の作品「冬にわかれて」と「歩行」を寺尾さんが朗読し、聴衆はグンデルの音とともに流れる物語に耳を傾けた。

この日、筆者はたまたまドラムの前に座っていたのだが、そのドラムの音が強く印象に残った。普通のドラムセットではないその楽器たちから出る音は、楽器というより、それぞれの物体の放つ叫びが粒立ちそのまま耳に飛び込んでくるような精彩さを感じさせた。歌島さんによれば、捨てるような楽器を自分で加工し、このライヴのために作ったものだという。
ドラムの横にはピアノを弾く寺尾さんの後ろ姿があり、歌い手の顔は直接は見えなかったけれど、ピアノの正面に歌を聴く観客の姿が映り、会場の雰囲気もあってか、その姿がなんだか筆者には絵画のように見えた。その中心で寺尾さんは、左右に体を動かしながら歌って、動きながらそこから抜け出してくるようだった。彼女は鮮やかな青色のワンピースを着ていて裸足で、見ていてなんだかここが野原でもあるような気持ちになった。その時間、歌の中でいろいろな場所を案内してもらっていたのかもしれない。

鳥取公演のゲストや出店者には、文筆家でもある寺尾さんの個性が反映され、それが今回のライヴの特徴を作っているように感じられた。あいかわさんが寺尾さんの朗読とぴったりだと考えたグンデルの音は、それだけで完成されていると思えた三人の演奏の中に、まだそこに奥行きがあったと知らせてくれるような広がりを生んでいた。やぶさんは2014年ごろからライヴやワークショップで鳥取を訪れ、地元の人との交流を重ねてきた。その共同作曲のワークショップで、音楽を作ったり演奏したりすることへの距離が縮まった人は多いのではないだろうか。
鳥取県立図書館の司書である高橋真太郎さんは、会場の廊下で、図書館の蔵書で尾崎翠と寺尾さんに関連する書籍を紹介し、貸出しも行っていた。これまでの図書館司書の枠を越えるように次々と新たな試みを行う高橋さんに、筆者は図書館の様々な可能性も見せてもらっている気がする。同じく会場の廊下で本を並べていた湯梨浜町松崎の書店・汽水空港のモリテツヤさんは、2011年に鳥取に移住し、東郷湖畔にセルフビルドで店を作ってきた。店を作るときに聴いていたのが、この夜も演奏された寺尾さんの「アジアの汗」だったという。汽水空港は、現代社会で真摯に生きようとする人々のための書籍や考え方を紹介し、寺尾さんの歌とも通ずる世界を鳥取に届けてくれている。

他にもこの晩ライヴに使用された元ダンスホールの部屋の雰囲気を作っていたCAFE KOHANHEなどいくつかの飲食店や、鳥取で活動する多くの人がこの日のライヴを支えていた。その人たちは鳥取というこの小さな町 に、なんらかの形で各々の信念を持ちながらかかわり、近年の町を作ってきた。
音楽のライヴというと、ミュージシャンを中心に音楽に焦点が絞られる「一本の線」という印象があるけれど、この日はなんだか、何度も増築を重ねられた会場のグランドアパートのように、ライヴの時間が線ではなく立体的に立ち上げられるような、そういう印象を受けた。それは鳥取へと音楽を運んできたバンドの三人だけでなく、鳥取の内と外をつなぐ存在がいく人も参加し、重なりながらもそれぞれが、自らの意思でその場に立っていたからかもしれない。そしてそのような立ち方は、それぞれが寺尾さんの音楽を理解していたからこそ、起こりえたのではないだろうか。

「孤独ではなく孤立と言いたい」とこの日寺尾さんは曲の合間に話していたけれど、寺尾さんの音楽が中心にありながら、その周囲にある星座が各々自立し、夜空全体として回っていくように 、個として立つそれぞれが、時にはこんな風に集まり、一つの世界を描くことができるのだ。そう気づかされ、そこから得た温もりを、携え帰る夜だった。

写真:田中良子


1.あいかわさんによると、準備会ではライヴ会場となった部屋で、作家の身につけていた帯やセーターなどを展示したり、読書会を開いていたという。また尾崎翠の甥にあたる松本敏行さんが毎日のように顔を出され、作家にまつわるエピソードをあれこれ話されていたようだ。今回のライヴで、寺尾さんが朗読の際手にしていた筑摩書房の『尾崎翠全集』は、松本さんが所蔵していたものをあいかわさんに譲られたものだという。


寺尾紗穂LIVE at 樗谿グランドアパート
https://www.facebook.com/events/360531898227134/

日時
2019年9月28日(日)17:00-20:30

会場|樗谿グランドアパート(鳥取市上町)

出演
寺尾紗穂(歌・ピアノ)
伊賀航(ベース)
歌島昌智(ドラム・パーカッション)
やぶくみこ(グンデル)

問合わせ
arinomi2019@gmail.com  090-8600-2708(ありのみ)

ライター
nashinoki

nashinoki

1983年、鳥取県八頭郡河原町(現鳥取市)出身。京都在住。国際政治を勉強しようと上京し法学部に入学するも、進路変更しフランス思想のゼミへ。大学院では哲学・倫理学を学び、修了と同時に東日本大震災と原発事故が起こる。最近やっと自分が何を書きたいのかわかりはじめ、文を書きます。トットの他、鳥取のベーグル喫茶「森と生活者」の冊子『森と生活者』でも連載中。