mogu book「語り」について考える

3月2日、鳥取市のことめやで、「mogu book「語り」について考える」というイベントが開かれました。mogu bookはサトウアヤコさんの主催する、カード・ダイアローグ(独自のカードを使った対話の方法)による読書のイベント。この会を共同主催したnashinokiさんが、当日の様子を振り返ります。


mogu book を主催するサトウアヤコさんは、これまで「言語化」ということをテーマにいくつかのイベントを行ってきた。中でも人が自身の経験から語りを生み出す瞬間に関心を持ち、今回の会を共同主催したnashinokiも、トットの連載で鳥取の民話に関する記事を書くなど、語りに関心があるのではないかとサトウさんに声をかけられ、今回一緒に会を開くことになった。サトウさんから誘われたものの、筆者は正直語りということにいまいちピンときていない部分があった。けれどサトウさんの活動に興味があったことと、これを機会に自身の語りについての考えを探ってみようと思い、一緒にやってみることにした。当日は主催者以外に2名の参加があり、カード・ダイアローグは少人数が適しているので、ちょうどよい人数で語りについて考える時間をもつことができた。

ところで「語り」とはなんなのだろう。それは単に言葉ということとは、あるいは話すとは、歌うとは、どうちがうのだろう。筆者には、言葉全体のなかで占める「語り」の位置がうまくつかめていなかった。だから言葉について考えるとき、「語り」という切り口で思考していくことの意味が、よくわからなかったのだ。この疑問が対話の時間を通してどう変わったかについては、後に説明したい。その前にまず、サトウさんが考案したカード・ダイアローグという方法について、簡単に説明しておこう。

カード・ダイアローグ

当日の様子。手に持っているのが「引用カード」

カード・ダイアローグは、議論するテーマと関連する本からの引用を書くための「引用カード」と、自身の考えを書く「考えカード」を用い、それらを使って他者と思考を共有する読書と対話の方法で(kj法 1 に少し似ているかもしれない)、カードには引用する言葉以外に、引用元(書名や著者名)と時間を記入し、後で対話と思考のプロセスをたどれるようにする 2 。対話の手順としては(1)まず書いたカードの内容を、一人が1枚他の参加者に提示し、(2)なぜその部分を引用したかを説明する。(3)次に書かれた内容について他の参加者がコメントし、(4)そこでさらに考えたことがあればカードに書き起こす。あるいは他の人の発言でも引用したい場合は、引用カードに書き留める、といった順序で行う。一人終われば、次の人のカードと進んでいき、それを何周か繰り返す。最後に記入されたカード全てを時系列に並べ、全体の思考のプロセスを追う振り返りも行う。

「語り」について議論した内容

会の中では、語りについて、持ち寄ったいくつかの著書からの引用を交えながら、主に以下のような論点があがった。

まず最初のカードでは、サトウさんが魅力を感じている語りについて、それは語る人自身が、その時その場で、自身の内側を参照しながら生み出される言葉だという点が示された。その点について他の参加者から、それは「鮮度がいい」言葉であるという意見が寄せられた。

二人目のカードでは、サトウさんが述べたような語りは、思考だけでなく身体や感情を伴って行われるという点が付け加えられた。この点に関して他の参加者から、そのような語りが生じる場合、それは聴く者と語る者の双方を変化させるという指摘が補足された。

三人目のカードでは、前の議論をさらに掘り下げ、語ることによってその人は、自身の抱える問題を他者との関係で客観視し、その状態から回復していくことができるという点があがった。これは語りのもつ自己治癒的な側面といえるかもしれない。

ここまでが一周目で、それぞれが語りに関するいくつかの側面から、考えを掘り下げてきた。二周目に入ると、ここまでの語りのポジティヴな側面だけでなく、誰かの語りを「過剰に同期」して聴くことは、聴く者に大きな負担となるという点がサトウさんから提起された。同時に議論の流れの中で、カード・ダイアローグでは、最初から発言がカードとして外在化され、複数人でそれを受け止めるため、個人のうちに発言を受け止めすぎる傾きを調整できるということに、サトウさんは気づいたようだった。

それに続いて、サトウさんが関心を持つ、生き生きとした語りを、別の「語り」との関係で捉え直す論点も提起された。つまり特定の個人によって紡ぎだされる語りと、民話や小説のような定型化された語りとの関係である。前者が圧縮されたものが後者であり、後者は前者に比べて「鮮度が少ない」ように見える。しかし語り手によっては、後者の定型化された物語から「鮮度のある語り」を再び語り直すことができるという指摘があり、両者は「圧縮と解凍」という関係で結ばれているのではないかという考えにたどりついた。

複数の思考を結びつけるカード

最後に述べた、「語りの新鮮さ」という論点が、定型化された物語との関係で位置づけられたことは、筆者にとって発見だった。それはつまり、小説や民話にあらわれる言葉は、これまで具体的は個人が切実さをもって語ってきた言葉が、何らかの形で集まり、紡がれてできたものだということを意味する。そのことは、単に作者による「創作物」と捉えられがちな物語を、重層的で、人々のかけがえのない時間が込められたものにする気がした。対話を行う前まで、自分でも二つの語りの関連は見えておらず、それぞれがカードに書いて持ち寄った点を提示しコメントし合っているうちに、ふっとその発見にたどり着いた。会が終わってみると、それぞれが持ち寄った関心は微妙に異なりながらも、全体がひとつの方向に収斂していく不思議な感覚と達成感があった。

このような相互作用が起こったことには、カード・ダイアローグという方法の性質が大きく関係しているように思う。カードには、それぞれが全く自由に別々の論点を引用したり書いたりしていくが、必ず誰かが話した後にカードを出す。そのため、前の人が話したことと関連づけたくなる作用が働き、自分が記入したカードの中で、なるべく関係したものを選んで出し、さらに選んだカードから、できるだけ前のカードとのつながりを掘り下げようとする。そのため最初は一見バラバラに見える論点が、順番にカードを出していく場の円環の中で、一本の線につながっていく感覚がある。

このような働きは、音楽家の野村誠さんが考案した「しょうぎ作曲」という共同作曲の方法にも似ていると思う 3 。声の大きい人も小さい人も平等に作曲に参画できるよう、野村さんはこの手法を考案した。サトウさんも同様の考えから、カード・ダイアローグを開発したという。通常の読書会などでも、共同で一つのテーマを考えていくという側面はもちろんあるけれど、会の中での議論から参加者がそれぞれ別個に考えを深めていくという、個人による作業の面が強い。しかしカード・ダイアローグでは、カードという道具を介在させ、パーツとしての思考をその都度外在化し、メンバー間で共有する。それらをうまくつなぎ合わせ、全体に一つの思考にまとめていくことで、共同で思考を積み上げていくことが可能になっているように思えた。この方法は、思考において共同で作業をするための、有効な道具となるかもしれない。

当日は「語り」について持ち寄った重要な論点を、関連づけて考えることができると同時に、一見シンプルなカードを使った対話の方法が大きな可能性を持っていることを感じられる、充実した時間となった。ぜひまたこのような試みを鳥取で行ってみたい。サトウさん、参加された皆さん、ありがとうございました。

当日それぞれの参加者が持ち寄った本。上段はnashinoki、中段はサトウさん、下段は他の参加者のもの

画像・写真提供:サトウアヤコ


1.文化人類学者の川喜田二郎が考案した発想の方法で、思いついたことや調査で得られた情報などをカードに記し、類似のカードについてグループ分けとタイトルづけを行い、グループ間の論理的な関連性を見いだし、発想や意見や情報の集約化・統合化を行っていく。
2.今回は使用しなかったが、この2種類とは別に、カードをトピックごとにまとめる「トピックカード」もある。
3.二人以上の複数人数で行い、それぞれ1フレーズずつ曲を作っていく。最初の一人は自由に作り、次の人はそれに合うようにフレーズを考え、同様に他の人も続く。その過程でそれぞれのパートが重層的に重なり、共同で曲を作っていく作曲法(野村誠著『音楽の未来を作曲する』晶文社、参照)。


サトウアヤコ
大阪生まれ。関東と関西を行ったり来たり。言語化と間接的なコミュニケーションをテーマに、メソッドや語りの場をつくったりしています。「mogu book」、「カード・ダイアローグ」、「日常記憶地図」、「本棚旅行」、「回路と迂回路」。鳥取には2011年頃から定期的に行くようになりました。
https://satoayako.net/

東京都現代美術館 企画展〈MOTサテライト2019 ひろがる地図〉
2019年08月03日(土)〜10月20日(日)
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mot-satellite-2019/
サトウアヤコさんが参加する企画展が東京都現代美術館にて開かれます。個人の日常や愛着を地図にプロットすることで、その土地の特性を顕在化させると同時にアーカイブする「日常記憶地図」という方法を用い、インタビューした深川・清澄白河の住民の約60年間の土地との関係性と変化を可視化します。この「日常記憶地図」は、2019年度、tottoでもワークショップ形式で実施予定です。