本棚帰郷 ―鳥取を離れて #6
『BOOKSTORE 移住編』(2)

自分にとって大事な場所、しかしそこに自分はもういない、そんな矛盾―
鳥取出身、京都在住のnashinokiさんが1冊の本や作品を通して故郷の鳥取を考える連載コラム。今回はドキュメンタリー映画『BOOKSTORE 移住編』を紹介する2回目。全4回でお届けします。


本屋を作るまで

モリ君と映画の話に戻ろう。彼が鳥取で最初に住んだのは鳥取県東部の山里にある、畑つきで家賃一万円の古民家だった。しかし住んだ家で次々と補修が必要になり、また首都圏から単身移住した若者にとって近隣との関係が難しく、苦労の多い日々を送る。ツイッターで垣間見ていた当時のモリ君の生活は、ユーモアで面白く描かれてはいたけれど、とても大変だったと思う。実際に、その当時は自給自足をすると言いつつ、挫けそうになっていたと自分でも述べている(1)

そんな中、彼はある二人と出会う。湯梨浜町の松崎に「たみ」というゲストハウス兼シェアハウスを作ろうとしていた、うかぶLLCの二人だ(2)。当時二人との出会いを嬉しそうに話していて、2012年10月にたみがオープンしてからは、その住人として松崎へ移り住んだ。そこでモリ君はやっと、鳥取で「居場所」と呼べる場を見つけたのではないだろうか。

この映画で描かれているのは、彼が松崎に移住してから、自分の本屋を開くまでの日々である。モリ君は自給自足と、田舎で情報発信する「都市的」な本屋を開こうと考え、その開店を目指す。だが映画の中で、本屋は開店しない。彼は本屋を開くために松崎で家賃五千円の元倉庫を一つ見つけるのだが、至る所で改修が必要だった。そこでモリ君は、これが彼の特異な点なのだが、自分でその建物の修理を始めたのだ。また改修費を稼ぐために彼は左官屋のアルバイトを始める。壁や床の塗り方を覚えられるのはよいのだが、バイトに時間を取られて、なかなか店の改修が進まない。

それでも映画の中のモリ君は、左官屋の仕事、本の仕入れや小屋の修理といった本屋を開くための準備を、一つ一つ自分でやっていく。でも自ら全てのことをやろうとするのに、最初からうまくいくはずがない。失敗する。そうすると彼は一瞬無言になり、茫然としたような表情をする。でもそれからまた作業に取りかかる。その間に、どのような感情が去来しているのだろう。それはよく見えない。でも彼は続ける。

2017年9月、畑で作業をするモリ君。今年はよい場所を借り、収穫だけでなく調理や加工という作業まで、彼女と二人で分担しスムーズに行えるようになった。移住から7年目、畑をめぐるサイクル全体が充実してきている。

そうするとどこからか、助けてくれる人たちがやってくる。左官を教えてくれる左官屋の先輩、小屋の構造を見てくれる建築士の女性、普段はただカメラを回しているだけだが、いざとなると鉄パイプを差し込む道具を貸してくれるうかぶLLCの三宅さん。「たみ」のある松崎に来たら、いろいろな人がサポートしてくれて、わからないことも聞くことができ、だからやれる。そうモリ君は語る。

この街に一人で来て、一人で物件見つけてやってたら、もうどっか行ってるんじゃないかな。こっち来る前も来てからも、助成金とか借りないで、全部自分でやるんだと頑に思ってやってたんで。でも、監督来て撮り始めて、だんだん近所の人も手伝ってくれるようになって、人の力を借りてやっていくことの楽しさにやっと気づき始めてきてる段階です。(3)

映画の中のモリ君は、今よりも少し若い。久々に見てそう思ったのだけれど、でも映像の中の彼は、いい顔をしている。だからみんなが助けたいと思うのかもしれない。道具を借りて、最後にゆっくりと鉄の柱がはめ込まれ、それがこの作品のクライマックスとなる。このシーンを見て僕は初めて、柱が立つというのは、いいものだなと思った。鳥取の松崎という小さな町で、柱を一本立てるという行為は、既存の社会に主流な枠組みから見れば、わずかな一歩かもしれない。けれど、それは単に鉄の棒を立てたということではなく、まちがいなく何かを成し遂げたのだ。ほとんど誰もやろうとしないことを(最初は)一人で、後には仲間の力を借りて、この社会の矛盾した仕組みに抗して、立てるということ。

『BOOKSTORE 移住編』予告編

受け取り、受け渡す

この映画でモリ君の姿を見るなかで、もう一つ気づかされたのは、DIYの”yourself” が意味するものだ。DIYとは、一見すべてを一人で行うことのように思われるけれど、そうではないのだ。例えばモリ君が本屋をやろうと考えたのは、気流舎を始めた加藤賢一さんと出会い、加藤さんがその経営の内幕を(苦しさも含め)ブログで暴露してくれたからで、農業の技術も埼玉の農家の先輩たちから学び、それらを参考にして自分の本屋と生活を作ってきた。だからそれらは、「一人だけ」で行ったことではない。その時常に、誰か先に始めた人からの知識や技術を受け取っている。そしてまた、松崎でモリ君が様々な人に助けられたように、「誰かとともに」行うこともある。DIYは、通時的にも共時的にも、他者とつながっている。(4)

モリ君は、自らが本屋を開くまでのプロセスを、ツイッターやブログ「小屋を建てる」で発信している。それは彼のように生き方に悩んだ人間や何かをやろうとしている人が、その姿を見ることで、自分もこういうことができるんだと、その人の行動の「ハードルを下げる」ことが目的だったという(5)。ここでは彼は、受け取ったものを誰かへ受け渡す側にまわっている。

モリ君がいつも蒔いている、野口のタネ。
米子のNPO法人おりもんやからもらったタネを、今年モリ君が育て収穫した綿。2017年9月撮影

映画を撮った中森圭二郎監督も、同じような考えからこの作品を撮った。監督はモリ君と同世代で、大学でカルチュラルスタディーズと映画を学び、東京でドキュメンタリーを制作していたが、3.11後にパーマカルチャーについて考える中で疑問に突き当たり、それを実践しているモリ君のことを撮りたいと考えた。モリ君は「まだ完成していない」ところがよかったという。完成している人を見ても、完璧すぎて、人はなかなか真似しようと思えないが、失敗しながら試行錯誤しているモリ君の姿は、見る人に勇気を与える。監督はそう考え、本屋が完成する前の彼の姿を、映像に閉じ込めたのだ。

ところで中森監督は撮影のためにしばしば鳥取を訪れていたが、なんとその監督までがのちにパートナーと松崎に移住してしまうことになる。彼は現在、松崎で松崎ゼミナールという学習塾を立ち上げ経営しながら、自主レーベル「地球B」による映画制作と、上映会の活動を行っている。だからこの『BOOKSTORE移住編』は、映像としてはモリ君の移住劇を描きつつ、同時に監督の移住の物語であるともいえる。モリ君の移住劇を撮りながら、何かを受け取り、監督も「ハードルを越えて」しまったのだ。

たみに行くモリ君と中森監督(左)、窓からのぞいているのは、うかぶLLCの三宅さん。2017年9月撮影

写真:丸山希世実

(続く)


1. 「地球B通信vol.02『BOOKSTORE 移住編』の世界」所収の対談。
2. 蛇谷りえと三宅航太郎を中心に活動する合同会社。「たみ」の他、鳥取市では「Y Pub & Hostel」を運営する。
3.「地球B通信VOL.02」所収の対談より。またその中で社会学者の小泉元宏氏は、モリ君と周囲の人々との関わりについて論じている。
4.『BOOKSTORE』のボーナストラックDVDに収録された、元町映画館でのモリ君と中森監督のトーク(2014年2月4日)より。また”yourself”という単語の意味については、先述の映画評で小泉氏も指摘している。
5.『未知の駅』vol.5 に収録された中森監督のインタビュー, 75頁。


 今回の作品 ドキュメンタリー映画『BOOKSTORE 移住編』
監督・撮影・編集:中森圭二郎
構成協力:小町谷健彦
題字:岩瀬学子
制作・発売・配給:映像レーベル地球B
2013/カラー/デジタル/SD/78分

ライター

nashinoki

1983年、鳥取市河原町出身。鳥取、京都、水俣といった複数の土地を行き来しながら、他者や風景とのかかわりの中で、時にその表面の奥にのぞく哲学的なモチーフに惹かれ、言葉にすることで考えている。