トットツアーvol.10 レポート
アーティスト・淀川テクニックの手打ちうどんとアトリエ訪問ツアー
普段なかなか一人で行くことが出来ない場所にみんなで行って、あれこれとお話も聞いてみるトットツアー。2025年1月19日には、鳥取県智頭町を拠点に創作活動を行うアーティスト、「淀川テクニック」こと柴田英昭さんのアトリエを訪問しました。webベースのマガジン活動“ヴァルナブルな人たち”のメンバー木村佳奈さんがレポートします。
鳥取に移住してもうすぐ2年が経とうとしている。鳥取の各地で起こる「アート」の面白さ、生活するみたいにとてもナチュラルに制作と発表をするアーティストたちに出会いながら、自身もアートや創作の場をつくる活動をしている。私がこの地に惹かれたように、つくることに対するポテンシャルや、なにか風土がこの地にはあるのか、創作し続けている人たちは日々どんなことを感じ、考え、楽しんでいるのだろうか。是非、それらが行われる空間に足を踏み入れてみたいという気持ちと、アーティストが打ったうどんを食べられるということで、なんとも満たされそうなことだろうとトットツアーに参加をした。
智頭を目指して車を走らせ、大阪の響きが鳴る淀川テクニックこと柴田英昭さん(以下淀テクさん)のアトリエに伺ったのは、1月のとても空が青くて空気が冷たい日だった。その日は子ども4名大人8名ほど親子での参加が半数で、賑やかなツアーとなった。まずは車に乗り合わせて、淀テクさんのアトリエに向かった。
到着したのは建築工場。コロナの頃から、工場の一部を淀テクさんがアトリエとして借りているという。アトリエに入るや否や、某芸術大学のゴミ捨て場で拾った製図台を元に設計したという製麺台で、うどんを打っている淀テクさん。頭上には安全第一の柱と垂れ下がる電気コード。手際勝負!と、めん棒で生地を伸ばす工程とともにアトリエツアーはスタートした。
面白い素材が手に入るからと大阪の淀川で廃材集めを友人とするようになり、淀川テクニックの活動を始めた。そして大阪のうどん屋でバイトをしていたというお話。アトリエに来ていながら、うどん屋の親方と対話しているかの構図が起こっていてすでに面白い。うどんの作業がひと段落したところで、淀テクさんの背後に待つ工具や素材が広がる空間に、みんなの足が向かった。
アトリエには展示用・制作中の作品がいくつかあり、しかしどれも大きい。一枚ビニールシートを剥ぐと、首都高の落下物で制作された魚の形をしたバイクが現れ、子どもたちに続いて大人も「ちょっと跨ってもいいですか?」と潜んでいた好奇心が前へ押し出された。
「なんでそこに落ちてしまったのか、そのストーリーの想像が沸くのも面白い」と淀テクさん。「首都高速のゴミはほとんどが物流のゴミ。昔運河だった上に建てられて、現在も物を運ぶラインとして役目をしていることから、魚のバイクを着想した。」という。また、その土地や国によって、ゴミから見えてくる側面があるという。観光や特産品として推しているものではなく、見せたくないゴミ、否が応でも消費しなければならない“もの”のゴミを知ることができる、とのこと。それらを集めて一つの生き物に転換する淀テクさんの活動は、人工物が語る人間の記録であり、現代の生活史を背負った新しくて知っている生物を生み出している。そして人の目に触れるように放つ(=戻す)、一つの循環を表しているのかもしれない。
淀テクさんの多くの作品はとても大きい印象が以前からあったが、搬入や移動にも一苦労、そして一つも二つも工夫していた。分解して、パーツを取り出してどうにか運ぶが、今度は設置が大変。そうなったらそのための道具も自分で作る。クレーンと玉掛けの免許も去年取得し、アーティストの幅を広げ、垣根を超えて百の仕事をする「百姓」かのようだが、なんでも面白がってするという。
ゴミを拾いに行く時には背負子を使うことが多いという。ご自身で作った背負子も含めて歴代背負子を見せていただいた。なかには永遠に積み上げられるというものもあった(※しかし体力次第)。フェリーに乗るときは本気の背負子だと周りの利用者から浮いてしまうため、登山風にしたり、現地についてからアレンジ可能な構造にしたりとしているそう。ゴミや漂流物を集めたあとは、一つ一つ洗い、危険物を取り除く作業があるが、このプロセスでも原型を失った製品や“もの”が、本来どのような構造をしているのか解き明かすことができ、作品制作にもその視点が役立っている。
先日、ある場所で白熱灯電球のゴミを見つけてアツくなったと淀テクさん。最近はゴミを拾いに行っても白熱灯電球を見なくなり、やはり透明感がないと作品の目として納得がいかないとのこと。流行、移ろいゆく時代、そしてまた世代を超えて出会えるゴミがあり、時代や生活の変遷を感じることができて面白いと話す。しかし淀テクさんは作品のための素材を探しに行っている。「清掃ではないから、全てのゴミを拾ってあげれるわけではない。」と話した言葉が印象的だった。
参加者から、“ゴミの怨念みたいなもの、引き継いだ思い”について質問があった。「コラージュ川柳にも通じるが、元々あるものを乗せていく。文章の中の“は”や“を”を切り取らずに残す。元々の文脈は完全には消さないで、違うカタチで活(生)かす。」「ゴミってなんだろう。一度人間が人工物として生み出した“もの”。海や風に晒されて、“もの”たちは自然に還ろうとしているのかもしれない。」と淀テクさん。同じ地球にある存在として、自然物と同じように風化されていく。地球のサイクルから成る現代のナチュラルなゴミの通過点。ゴミが語ることは非常に壮大だが、ゴミは現代を生きる私たちの日々の生活から簡単に溢れて流れていく。淀テクさんのアトリエにいた、首都高速のゴミでできた魚。力強くうねり進みそうな姿にも、流出したどこかの都市や生活の破片一つひとつが声を持ち、緻密に生き物の構造となって作用している。鼓動と脈を持ち合わせたなら、いったい彼らはどこに向かうのだろうか、と思いを馳せてしまった。
そうしているうちに、くっきりと立ち上がる湯気の麓でうどんが茹で上がった。すっかり冷えた身体に出汁が沁み、打立ての麺はとりわけ美味しかった。子どもたちはおかわりをしていて、すっかりお腹も満たされた。
うどんと制作についての質問があった。「うどん屋では段取りが大事だと学んだ。同じ道具でも、使い方一つで何にでもできることも。」と淀テクさん。それにしても整理整頓がすごい。集めてきた素材にしても、コラージュ川柳の新聞紙の一部にしても、膨大な量と種類があるのに綺麗に仕分けされ、どこに何があるのか完全に把握されていた。それもうどん屋時代から通じているポイントなのだろうか、というところでツアーは終了しアトリエをあとにした。
淀川テクニック / Yodogawa Technique
柴田英昭(しばたひであき、1976年岡山県生まれ)のアーティスト名。 2003年に大阪・淀川の河川敷を拠点として活動開始。ゴミや漂流物などを使い、様々な造形物を制作する。赴いた土地ならではのゴミや人々との交流を楽しみながら行う滞在制作を得意とし、岡山県・宇野港に常設展示された「宇野のチヌ」「宇野の子チヌ」は特によく知られている。また、東日本大震災で甚大な津波被害を受けた宮城県仙台市若林区で地元の方々の協力のもと被災した防風林を使った作品を制作した。その他、「釜山ビエンナーレ」(2006)やインドネシアで開催された日本現代美術展「KITA!!」(2008)、ドイツ・ハンブルグと大阪で同時開催された「TWINISM」(2009)、モルディブ共和国初の現代美術展「呼吸する環礁―モルディブ・日本現代美術展―」(2012)など海外での展覧会参加も多い。その活動や作品は国内外のテレビ、新聞などのマスメディアで多く取り上げられている他、小学校や中学校の美術の教科書でも大きく紹介されている。 柴田は「淀川テクニック」として、作品の制作のみならず、その独創的なアイディアを活かした様々なワークショップを全国各地で開催する他、「コラージュ川柳」の発案者でもあり、書籍も発売されている。近年では「国連環境デー」や「G20イノベーション展」など環境に関するイベントに招かれることも多い。
https://yukari-art.jp/jp/artists/yodogawa-technique/
トットツアーvol.10
智頭:アーティスト・淀川テクニックのアトリエを訪ねる
日時|2025年1月19日(日)10:30-14:00
主催|鳥取藝住実行委員会
助成|中国5県休眠預金等活用事業2021