気づくことは “てつがくする”こと ~認識の揺らぎと出会う場
トットローグ×Salon okudan てつがくカフェ「癒しってなんだろう?」レポート

トットによる対話のためのプラットフォームづくり、トットローグ。鳥取市河原町にあるギャラリー&カフェokudanとコラボして2024年3月17日には、岡山からファシリテーターとして「てつがくやさん」の松川えりさんをお迎えし、「癒し」をテーマに考える場を用意しました。山崎郁さんがその様子を届けます。


トットローグと西郷工芸の郷あまんじゃくによるSalon okudan のコラボとして発案されたこの企画。癒しってなんだろう? っていうか、そもそも「てつがくカフェ」って何なの? …「癒し」と「てつがくカフェ」の2つについての疑問をぐるぐると頭の中でこねくりまわしつつ、当日までを過ごした。

言葉の持つ意味は時代によって移り変わる。「貴様」はもともと敬語だったが今じゃ立派な暴言だ。また、言葉のまとうイメージも、その時代によってかなり変わる。“癒し”という言葉に「癒し」本来の意味だけではないものを感じるようになったのはいつからだろうか。ちょっとスピリチュアル系で多用されるな、とか、「癒し」をウリにした宣伝がけっこうあるな、とか。一つの事象をつきつめて考えるなんてことは日常生活の中ではなかなかない。なるほど、まずはテーマを聴いて考え始める。そのことが「てつがくカフェ」の一歩なのかもしれない。

そして何より問題はこの「てつがくカフェ」だ。哲学。世界史の授業で習ったソクラテス、プラトン、アリストテレスってやつだよね…自分には理解できなかったけど、なんか、いろいろと考えつくす学問だよね…。先入観として強固に「難しそう」「お堅い」「賢そう」「近寄りがたそう」という巨大な壁が私の四方をふさぐ。これも「哲学」という言葉にまとわりついているイメージだろう。

松川えり:1979年、大阪府枚方市生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程 単位取得退学。学生時代より哲学カフェの活動を始め、2005年、大阪大学臨床哲学研究室のメンバーを中心に、哲学対話を実践・サポートする団体カフェフィロを設立。2014年4月より2016年3月まで代表を務める。大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任研究員を経て、フリーランスのてつがくやさん(哲学プラクティショナー)に。岡山を拠点に、カフェ、公民館、福祉施設、病院、学校などで哲学カフェや対話ワークショップの企画・進行を行う。共著として、『哲学カフェのつくりかた』(大阪大学出版会)、『この世界のしくみ 子どもの哲学2』(毎日新聞出版)など。毎日小学生新聞にて、「てつがくカフェ」連載中。

ソクラテスは対話を重視した哲学者だった。対話によって物事を深く掘り下げていく、それこそが哲学なのだ、という姿勢だ。現在、「てつがくやさん」として「てつがくカフェ」の主宰やファシリテーターを多く務める松川えりさんも、同趣旨のことを述べる(※)。近年、各所で開かれているカフェ形式の哲学的対話「哲学カフェ」であるが、実はめざしているところは、トットローグと共通しているのではないだろうか。開かれた対話の場であること。参加者がお互いに敬意をもってその違いを認めること。結論を求めないこと。バックボーンも環境も経験も異なる他者と、あるテーマをめぐってさまざまに意見を交換する。特に、相手の意見に反対を述べることはあっても「自分と違う意見の存在を否定しない」ことは、その対話の場の問題だけではなく、大きな点だろう。共鳴したり、「え、そんな考えがあったの?」と驚いたり、正反対の意見に考えさせられたり。そんな経験をする場所としての「てつがくカフェ」の工芸の郷での第1回目が、ギャラリー&カフェokudanにて開催された。とはいえ、癒しって、突き詰めて考える対象?というほのかな疑問も抱きつつ。

光の差し込むギャラリーで、総勢18名が車座になる。最初に主催のトットより挨拶があり、ファシリテーターの松川えりさんが「てつがくカフェとは何か」と当日のルールを簡潔に説明する。しゃべりたくない人は無理にしゃべらなくてよい、というルールにホッとした。しゃべるスピードも、まとまらないことをどれくらいしゃべるかも、しゃべりたいかどうかも、個人差が大きい。そして、スタート。

自分にとっての癒しは何か、それぞれが語る。犬、温泉、自然、ドライブ、睡眠、コーヒータイム…。そのうちに「あなたの作品に癒されました」「あの試合に勇気づけられました」さらには「(試合に勝って)皆さんに勇気を与えたい」「感動をありがとう」などのコメントに「少しもやっとする」という発言が。松川さんは参加者が明言していなくても、「もやっとする」「ひっかかる」感覚を抱いていることを、とても丁寧に掬いとっていく。そこに認識を変化させるためのカギがある、ということなのだろうか。

わざわざ「カフェ」といっているが、当日も、松川さん持参のお土産とokudanのコーヒーをいただきながら進行する。一般的な企業内部の会議などでも、お茶による休憩や飲食しながら進行する意味があるように、「カフェ」と銘打って行う意味も理解できる。お茶を飲みながらのほうがリラックスできるし、対話の中でのブレイクスルーをつくるためでもあるのだ。なんというか、休憩によって少しフェーズが変わった。

その後、ぽんぽんを順に回しつつ、今日の感想を言い合う。「癒しが必要ってことは弱っていたり、休息が必要だったり、通常よりマイナスの状態だってことだよね、みんなが癒しを求めているということはみんなが疲れてしまっているのかも」、「日常を元気にするためにも、癒しは大事だけれど、癒しが必要でないくらいに元気いてもいいんだよね」など、様々な角度からの意見が出て、この日は終了した。

ぽんぽんを回し、受け取った人がコメントをする。話したくない人は次の人に渡せばよい

 松川さんいわく、今回のテーマは「上級者向け」なんだそう。かなり難しい課題だったのだろうか。それぞれが少しずつ持ち帰る今日のお土産が、個々人の中に蓄積していく。日常の中にも多々あることではあるが、それよりもほんの少しだけ考えを伸ばしてみたり、普段会わない人と対話をしたりする、その機会の提供。てつがくカフェってつまりはそういう機会の提供の場なんだと感じた。

大小を問わず、対話が課題解決のきっかけになることは知られている。今ほど対話の必要性や重要性が見直される時代もないだろう。特にコロナ以降の哲学カフェの隆盛は、必然なのかもしれない。お近くで対話の場があれば、ぜひ、参加されてみてはいかがだろうか。なお、西郷工芸の郷では、鳥取大学と連携して西郷における“てつがくカフェ”の試みを続けていくとのことだ。対話の場の広がりがどんなケミストリーを生んでいくのか、期待したい。


※ 松川絵里共著『哲学カフェのつくりかた』大阪大学出版局。


トットローグ×Salon okudan
てつがくカフェ「“癒し”ってなんだろう?」

日時|2024年3月17日(日)16:00-18:00(開場15:45)
場所|ギャラリー&カフェokudan(鳥取県鳥取市河原町弓河内84-2)

主催|鳥取藝住実行委員会
企画・協力|一般社団法人西郷工芸の郷あまんじゃく 
助成|中国5県休眠預金等活用事業2021


 

ライター

山崎郁

関西出身。就職氷河期のはしりの世代。正社員就職が叶わず、トリプルジョブのフリーターからスタート。塾講師や図書館司書を経て、出版社勤務や新聞社勤務などを経験、編集や校閲などに携わる。2020年代に入り鳥取に移住、現在は鳥取市内に暮らす。ライターとしては駆け出し。介護・福祉などの社会保障分野、女性の生き方や在日外国人のおかれている状況などの人権分野などに特に関心がある。アートについては鋭意、勉強中。