ザックりとユルいイベントの可能性
トットローグvol.8 レポート

2022年の締めくくりに開催したトットローグvol.8。前年にオープンした真庭市蒜山ミュージアム学芸員の三井知行さんをゲストに迎え、参加者それぞれがこの1年間に訪れた展覧会についてざっくばらんにおしゃべりしました。これまでさまざまな美術館を内側から盛り立ててきた三井さんの視点から、今回の所感を届けていただきました


主客の別のない多方向的なもの。良い意味で簡単でゆるいイベント

私が2022年12月にゲスト参加したイベントのタイトルは(トットローグ vol.8)「2022年に見たマイ・ベスト展覧会」。読んで字の如く、各自が1年間に観た展覧会の中で一番良かったものを持ち寄り、語り合う会である。私は現代美術の学芸員という仕事柄、展覧会を観る機会の多い者として呼んでいただいたようだが、たくさん観ていなくても、何か観た展示が最低一つあれば(もしかしたらまったく観に行っていなくても?)参加・発言できるイベントでもある。

このように、何をするのか分かりやすくて、開催も参加も難しくないものだと思うが、公共的な文化施設でこの手のイベントは意外と少ないようにも思う。SNSなど個人的メディアが発達した現代では、さまざまな個人による多様な展覧会や作品の感想や批評を目にする機会は多く、そのような発信も容易にできるようになっている。ある展覧会を見に行くときにこのような感想・批評を参考にする人も多いだろう。これらのメディアでも、双方向的な「語らい」は不可能ではないかもしれない。しかし、リアルの「場」に会して行われるものほど主客の別のない多方向的なものにはならないのではないか。そして、発言(というかおしゃべり)すること自体も、その場に行くというハードルさえクリアすれば、ネットよりはるかに楽で後腐れも少なそうである。何よりテーマがざっくりしている上に、興味やバックグラウンドが多様な人々が集まれば、他の参加者がノーチェックのジャンルや、場合によっては展覧会と認識していないイベントが俎上に載せられ、想定外の展開が期待できそうだ。何も展覧会について確固とした意見をまとめる必要はない。何なら自分の感じている何かを言語化する必要さえないかもしれない。その場の話に耳を傾け、それに触発されて発言するうちに自分なりの感想や言葉が形成され、さらにさまざまな視点に触れることでものの見方、世界の捉え方が少しずつ広がっていく。いわば自分の足元に描かれた小さな円から体の一部でも出たらそれがゴールのような、良い意味で簡単でゆるいイベントである。

幼少期から現在までの年表を示しつつ、自己紹介をする筆者

それぞれが挙げる「マイ・ベスト」で大盛り上がり!

実際の「2022年に見たマイ・ベスト展覧会」では、私はゲストという特権(単なるわがまま?)で、多くの人に観て欲しかったマイ・ベスト(植松奎二展/霧島アートの森)の他に、個人的な感慨の強い展覧会(大阪中之島美術館開館記念 超コレクション展)、行けなくて悔しかった芸術祭(越後妻有アートトリエンナーレ2022)と3つも挙げさせてもらったのだが、自分の順番(最後)が来る前に参加者の挙げる「マイ・ベスト」で会場は大盛り上がり。「それ観た/観たかった」に始まり、どんな展示だったか、どこが良かったかの質問と応答、さらに適度な脱線も含め、予定時間を大幅にオーバーして終了(これは私が前半の自己紹介で喋り過ぎたせいもあるのだが)、その後の雑談タイムでもいろんなところでお話が盛り上がっていたから、企画としては成功と言っていいだろう。さらに余計なことを言えば、コロナ下でなく車社会でもない都会で行われていたなら、散会後に飲みに行き第2ラウンドを始める人もいて、地域経済の活性化にも多少貢献したかもしれない。

そもそものトットローグのはじまりは「展覧会について語り合う場がほしい」という声

もちろん、うがった見方をすれば美術好き・展覧会好きたちが集まって美術談義・展覧会談義に花を咲かせたに過ぎない。そんなもの「イベント」と呼べるのか? 公立の美術館が一枚噛んでまですることなのか… そんな声も聞こえて来そうだ。先にも述べたが、実際にこのようなイベントは多くはない。やはりそれはイベントというには簡単すぎるから、内容的にとりとめもないから、すでに自発的に行なわれているからという理由からなのかもしれない。しかし、トットローグというシリーズのきっかけが「展覧会についてもっと語り合う場が欲しい」という声から始まった(つまり需要に対して供給がなかった)ことが示す通り、少なくとも美術においてそのような場は自発的には発生しにくいのではないか。いっときに人が集まって鑑賞される音楽や演劇、映画などではその可能性も低くはないだろう。鑑賞し終わった時、人はその場に集っている。しかし、1日7-8時間、数日から数百日にわたって開催される展覧会などにおいて、一緒に観に行った仲間を超えて、そのような場が自然に生まれることの方が奇跡的に思われる。

また、公立の美術館が関わることの是非についてはどうだろうか。シリーズとしての「トットローグ」は民間の、美術館ではない組織が始めたものである。個人の声をすくい上げて始まったものであれば、それは社会的に健全な成り行きかもしれない。そして今回、県立美術館(のプレオープン施設)が会場になったのは、なかなか良いタイミングではなかろうか。今回のイベントは特定の展覧会の縛りもなく、むしろさまざまなタイプの展覧会が挙げられた方が好ましい。その意味で幅広く、またそれほど多くの展覧会を見ていない人に開かれるべきイベントであり、そのことと、基本的にすべての人に開かれている(はずの)公立館の相性はよいはずだ。敷居が高いと言われながらも、未だ多くの人が美術にアクセスする入口として真っ先に思いつくのは、公的施設としての美術館だろうから。

美術館の役割や専門性に理解のある人を増やすには?

逆に(自分の経験と反省にも照らして)言わせてもらえば、多くの美術館が、このようなニーズを掘り起こし、自分たちの理解者を増やそうとしてこなかったことが、現在の窮状を招いているのではないだろうか。有名展覧会に何十万の人は来れども、美術館が本来果たすべき役割や専門性に理解のある人が少ない日本の現状を嘆く声は多い。しかし今回のような「入口イベント」なくして美術業界の外に理解者、あるいは美術館の専門性に対するリスペクトを持った上でまっとうな批判をしてくれる人(それも理解者の一種であろう)が増えることはないだろう。とすれば、このような参加しやすいイベントの開催は美術館にとって急務であり、それがまだあまりなされていないとすれば、鳥取県立美術館は開館前から既に最先端の取り組みを外部との連携によってしている、とも言える。

鳥取県立美術館について説明する学芸員の赤井あずみさん

もちろん課題や注意点もあるだろう。ここまでゆるくてざっくりしたイベントだと、参加することで美術や展覧会について分かったつもり、批評したつもりになる人はほとんどいないにしても、自分の行っていない展覧会について観たような気になる人はいるかもしれない。この点は今回のように比較的長いスパンでまとめることと、展覧会について発表・説明するのではなく、言葉を中心に「語り合う」ことで意外と回避できるのではないだろうか。今回、特別に3展覧会を画像入りで紹介させてもらった自分も、準備にあまり時間を割けなかったこともあり、個々の展覧会の紹介スライドは2-3枚にとどめた。さらに時間が押していたこともあって説明はかなり端折ったものだったが、この方が良いと感じた。

また、学芸員などの専門家の関わり方も難しくはある。フラットな関係で語り合う場とは言え、学芸員はどう思うのかを問われたり、専門的な見地からの解説が必要となったりする場面は結構あるだろう。関係者や愛好者よりも共有する情報の少ない参加者に対して、丁寧で的確・簡潔な説明をするのにはそれなりのスキルが要り、また相手に対するアンテナの感度も問われる。学会発表などとは別の意味で気の抜けないものであることは確かであるが、これについては、場合により事後にもフォローするなど、誠実に対応しながら反省と経験を積んでいくしかないだろう。

重要かつ難しいのは「参加のしやすさ」の伝え方

さらに一番重要で難しいのは、このようなイベントを必要とする人、参加してほしい人たちにいかに届けるか、言い換えれば「参加のしやすさ」をいかに伝えるか、ということであろう。(もちろんそうして参加してくれた人に変な疎外感を与えないように配慮することは言うまでもない。)今回はタイトルに「マイ・ベスト」という言葉が入り、それによって何をするかは分かりやすくなったのだが、言外に「展覧会をたくさん観ている人向けのものですよ」というメッセージを発してしまっていた可能性は否めない。未だに「芸術は高尚or教養」「庶民には関係ない」など昭和からあまり変わっていない芸術観を感じることも多い現状では、この点に十分留意しさまざまに工夫する必要はあるだろう。

作品についてのおしゃべりの可能性と「ウォーホル・ブリロ問題」

ところで、今回は展覧会について語り合う場だったが、作品についてのおしゃべりの場であってもよいのではないか。特に美術館のイベントとしてはコレクションについて同様のイベントを開くことに意義はあるだろう。多くの作品に対するさまざまな視点や個人的な思い・物語を引き出し共有することでコレクションの価値を豊かにすることは、「美術館のコレクション」が「私たちのコレクション」へと変わることである。それは美術館の使命として、これまでもアンケートや対話型鑑賞などである程度実践されてきたでもあるだろう。よりフラットで参加しやすいお話し会のような形で多くの鑑賞者が価値形成に参加するのであれば、それ自体が参加者と美術館双方の財産となるはずだ。

今、鳥取で熱いアートの話題といえば、やはり「ウォーホル・ブリロ問題」だろう。今回の「2022年に見たマイ・ベスト展覧会」は、一見それとは全く無関係に見えるが、展覧会をコレクションにシフトさせて考えてみれば、この問題にも重要な視点を提供していると筆者には思われるのだが、いかがだろうか。
※この記事は、令和4年度「県民立美術館」の実現に向けた地域ネットワーク形成支援補助金を活用して作成しました。


トットローグ vol.8 「2022年に見たマイ・ベスト展覧会」

日時|2022年12月17日(土) 14:00ー17:00
・14:00ー16:00 トットローグ「2022年に見たマイ・ベスト展覧会」
・16:00ー17:00 交流会 & とりらぼカフェ

場所|HATSUGAスタジオ(鳥取県倉吉市下田中町870 中瀬ビル1F エディオン倉吉店隣)

主催|トット編集部
共催|鳥取県教育委員会 美術館整備局
助成|ごうぎん文化振興財団助成事業

ライター

三井知行

1968年生まれ、青森県八戸市出身。東京の原美術館を皮切りに、同館分館のハラ ミュージアム アーク(現・原美術館アーク/群馬)、大阪市立近代美術館建設準備室(2013年より大阪新美術館建設準備室、現・大阪中之島美術館)、川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉)などで働く。2020年11月より真庭市蒜山ミュージアム(岡山)学芸員。専門は現代美術と教育普及。