汽水空港10周年フェス「一斉着陸」
〜モリ夫妻のジャスティス、現る〜

鳥取県中部にある湯梨浜で本屋を営む「汽水空港」の開業10周年を記念したフェス「一斉着陸」が2025年10月11日(土)に中国庭園燕趙園の多目的広場にて開催されました。5組のアーティストによる音楽ライブ、トークイベント、飲食や物販、体験型の74店舗の屋台がずらりと並ぶ、大規模イベントを運営チームの視点から蛇谷りえがレポートします。


「一斉着陸」の風景

心配されたハーロン(台風22号)が逸れ、前日とは打って変わって夏のような晴天。湯梨浜町にある中国庭園「燕趙園」の多目的広場は、普段グラウンドゴルフの人たちで賑わっているが、この日はテント屋台がずらりと並び、「一斉着陸」のゲートをくぐると、芝生でピクニックシートを敷いてくつろいでいる人、ステージの前に集まる人、屋台の前を歩いている人、走り回る子どもたち、みんなのんびりして過ごしている。
開演10時には汽水空港の店主・モリテツヤくん(以下、モリくん)による開会の挨拶があり、パートナーのモリアキナ(以下、アキナ)、二人の子どもの道史くんもステージに立つ。熱い言葉を話した後、どのようにスタートしたらいいかわからないモリくんに、アキナが耳打ちして、二人の掛け声によってライブがスタートした。


トップバッターのチームマスクドによるダンスパフォーマンスは、初めは立ち尽くしていたお客さんも次第に踊って巻き込んで、みんなでぶんぶん体を動かす。一気に夏のような熱気になったところで、東郷清丸さんのライブでは、心地よいリズムに体をゆらゆら。すると、汽水空港のある旧東郷町の伝統的な踊り「東郷音頭」をリミックスした演奏が始まり、「東郷」とプリントされた浴衣を着た面々がステージ前に登場。地元のおかあさんと大きな輪になって「東郷音頭」を踊る。「最後の曲にすればよかった」と東郷清丸さんが呟くほど、大変盛り上がる。その後も、SNZ(sonotanotanpenzu)、坂口恭平さんと岡啓輔さんのトークセッションでは、聞き手を尹雄大さんが行い、手話解説付きで行われた。寺尾紗穂さん、泰尊さんのライブと続き、最後は餅まきと胴上げで終わりを迎えた。そして屋台も負けじと、九州、四国、関西、関東など各地から汽水空港を始めて10年間、出会ってきた個性的な飲食店、本屋、アーティスト、占い、気功など多種多様な屋台が並んでいた。


うーん。大規模すぎて、やっぱり書ききれない。汽水空港の二人も「一斉着陸と言っておいて、全員と全然話せなかった!笑」と振り返るほど。当日の様子は「一斉着陸」に行った人たちによって、伝説のように今後、語り継がれていくことでしょう。

天国のような時間「一斉着陸」ができるまで

今日という日が無事に開催されたこと、10年間頑張ってきた汽水空港のお祝いの気持ちも広がって、大きな事故もなく、ハッピータイムだった「一斉着陸」がどのように作られたのか、モリ夫妻を中心にして時を遡っていくことで、「一斉着陸」を目撃した私たち、もしくは将来、「一斉着陸」のようなことをやってみたい人たちに捧げる。

2月下旬、「一斉着陸_フェス開催への道」というグループラインが立ち上がった。フェスの準備を手伝うよ!と言ってくれる人はたくさんいたけれど、これからどれだけ大変な作業が増えるのかわからないし、人がたくさんいてもなんか違う気がするとのことだったので、できるだけ汽水空港の二人が「お金を介さなくてもお願いができる人たち」を条件にグループラインを招待した。音楽、ステージ、宿泊、出店、グッズ、クラファン、広報などのチームが作られ、15名の一斉着陸実行委員会が結成された。まずは、汽水空港の二人が、出店者や出演者に声をかけていき、企画を固めていき、それらを予算書にまとめた。
7月中旬、「まだ何もしくじってない」というグループラインが立ち上がる。予算書の大枠が見えて、クラファンの目標金額が決まった頃、たくさんの友達への頼みごとが開始する。友達とはいえ、頼み事や相談をするのがこれまで少なかったモリ夫妻にとって、不安になってちょっと聞いてほしいときにこのライングループが動いた。みんなで汽水空港の二人を励まし、時には他の誰かが別件でしくじったら、共に励ましあった。

8月頭、campfireにてクラウドファウンディングを始める。今まで汽水空港では、自分たちの売上から生活をしたり、イベントを開催したりしてきたから、人様のお金を集めてまですることに躊躇していたけれど、このイベントは汽水空港からみんなへの感謝の気持ちだからと気合いを入れて目標金額を目指して、たくさん広報活動をして、ドキドキしながら、563人の支援により 3,850,600円の資金を集めることができた(1)

8月末。クラファンを盛り上げるために、汽水空港と共に10年を振り返るイベントをインスタライブにて開催。汽水空港を語るには、汽水空港を始める前のモリくんが湯梨浜に移住した頃から話さないと!ということで、およそ5時間にも及ぶ汽水空港の歴史をみんなで聞いた。今では笑顔いっぱいのモリ夫妻だが、毎年と言っていいほど、難題な壁が立ちはだかり、時には一人で、時には夫婦で汗と涙を噛みしめて乗り越えてきた。そんな辛い時の唯一の希望が、尊敬する人たちの本や、音楽、出会う人たちの数々の言葉だったそうだ。話が終わった後のモリくんは魂が抜けたようにクタクタになっていた。

9月、クラファンが終わり、汽水空港オリジナルグッズの製造開始。「一両編成」という松江にいるデザインユニット3人組が、汽水空港の大ファンすぎて、クラファンのリターン品の他にも、たくさんのグッズ(全11種類)を提案してくれた。デザインから製造、当日の物販までを行った。完成していくオリジナルグッズを見て、アキナがとてもとても嬉しそうだった。



同月、モリくんは町議会で忙しくなってきて、当日までにやらないといけないメモを何かの裏紙に殴り書きしていて、深刻そうに確認してくるが、「全部、みんなが管理しているから安心して、モリくんはみんなが思い付かない、このイベントで実現したいことを考えて。」と伝えると、「最後にでっかい打ち上げ花火をあげたい。」というが、全予算使っても予算が足りないから諦めていた。でも「東郷音頭を復活させて、みんなで踊りたい」というアイデアは、モリくんが東郷清丸さんに依頼し、東郷音頭を知っている地元の方達の協力を経て、実現できるようになった。


さらに、それぞれのチームの作業内容が、実行員会メンバーだけでは手が回らなくなってきたのでボランティアスタッフをSNSで募集する。長年の汽水空港の常連さんから、汽水空港の遠方のファン、出演するアーティスト経由で知った方までおよそ30名が集まり、クラファンの準備、リターンの発送、広報、看板制作、ステージ装飾、ステージ設営、音響、宿泊、本部などの役割分担を連絡していく。当日もおかげで本部や搬入出、設営作業もみんながちょっとずつ楽しめる範囲で役目を果たしてもらえ、とてもいい雰囲気となった。


10月6日、快晴を祈るため、「てるてる儀式」を湯梨浜町内の長栄寺にて開催。「スピらずにスピる」がスローガンのモリくんが「神に頼む!」と、念力や祈りに自信のある人たちが集まり、祈った。台風・ハーロンは逃げるように方角を変えていった。当日は、日焼けするほどの晴天で、本人たちは「てるてる儀式のおかげだ〜」と両手をあげて喜んでいた。当日までは、「東郷音頭」の朝練もあって、湯梨浜町に暮らす仲間たちは、昼夜顔を合わせるたびに、一斉着陸の話で持ちきりだった。普段はそれぞれのお店のことで日々が終わり、たまに道路ですれ違ったり、立ち話する程度だったけど、同じ話題の話をすることはなかった。
10月10日前夜、各地から出店者、お客さんが湯梨浜町、倉吉市の宿泊施設に到着。関係者が皆、町を歩き、宿泊周辺の飲食店にハシゴして、ごったがえす。聞けば、イベントの後日も鳥取市にまで人が賑わっていたそう。「一斉着陸」は、各地方面からさまざまな軌道で集まり、鳥取中に大きな台風を作って、通過したのだった。

汽水空港の二人からみんなへの言葉

イベントが終わった数日後に、ボランティアのグループチャットへ二人からメッセージが届いた。(長文だったので一部抜粋)

アキナ「みなさんがいてくれなかったらどうなってたんだろう、、、と1週間以上経っても思います。本当に天国みたいな場所になったなぁと写真を見返しながら感じています。
フェスを開催することも初めてだったんですが、こんなふうに誰かににお願いをすることも初めてでした!!私たち2人は誰かに何かを頼むのが苦手でなるべく2人でできることなら全部2人でやろうと、今までやってきました。けど、この規模のフェスは2人ではできません笑
なので、一斉着陸実行委員会メンバー、ボランティアスタッフの方々、クラファンで支援&拡散してくださった方々がいたからこそ、開催できました!!本当に感謝してもしきれないです。ありがとう!!を一億回言っても言い足りないくらい!!」

モリくん「一斉着陸を終えてから、店に来るお客さんが「あんなイベントやってくれてありがとう」と言ってくれます。が、それは汽水空港を通過して手伝ってくれたみんなに伝えたいことだと何度も思ってます。汽水空港だけでやったわけじゃないんだと、これからも色んな人に伝えたいし、そう思えるような経験ができたことが嬉しいです。我が人生、一生の喜び!悔いなし!もう今生は大満足で、むちゃくちゃ助けてもらったので、これを今後はワールドに対して返礼していきたいです。
鳥取に限らず、これを機に繋がった各地のピープルズとこれからも面白いことやっていけたらと思います。この町でも、小さい規模のイベントならどんどんやれると思えました。」

汽水空港を開業10年目の今年4月には、モリくんが町議会議員に立候補した。本人たちももしかしたら認識していないずっと前から、町議会議員になること、フェスをすることは決まっていたのかもしれない。町議会議員になったおかげで役場や商工会などの協力もたくさん得て、備品を借りることもできた。二人が自らで大きな目標を作って、二人も今まで以上の膨大なタスクをこなし、たくさんの人の力を借りて、見事に目標を達成できたのでした。

おーい、私が鳥取で出会った頃のモリくーん。社会を敵視して小さな石ころにずっこけながら、血と汗を流して、でも涙をぐっと堪えて、戦争はしないようにとぼけたポーズをとっているけれど。13年後には、モリくんが大事に守っていたジャスティスが、みんなの力を借りて、目の前にしっかり現れているよー!一人じゃないよ〜!

汽水空港10周年おめでとう。みんなも、10年間、おめでとう。よく頑張りました。次の10年はどんな風景を見せてくれるのか、二人の挑戦はまだまだ続く。

撮影:三宅航太郎


1. キャンプファイヤー「汽水空港10周年フェス「一斉着陸」(入場料投げ銭制)の開催」https://camp-fire.jp/projects/862944/view/activities/741895#main


汽水空港10周年フェス「一斉着陸」
https://www.instagram.com/isseichakuriku/

日時|2025年10月11日(土)10:00ー18:00
会場|燕趙園の芝生広場(鳥取県東伯郡湯梨浜町引地565-1)
出演|チームマスクド、東郷清丸、SNZ(sonotanotanpenz) 、寺尾紗穂、泰尊
トークイベント|坂口恭平×岡啓輔「つくるよろこび」 聞き手:尹雄大

主催|汽水空港
〒689-0711 鳥取県東伯郡湯梨浜町松崎434-18
https://www.kisuikuko.com/
E-mail kisuikuko@gmail.com
Instagram https://www.instagram.com/kisuikuko.mori/
X https://x.com/kisuikuko


汽水空港
東郷湖のほとりに立つ書店。「矛盾と思考と実践の旅へのきっかけ」を提供しようと試みる店主モリテツヤ・アキナ夫妻の選書が光る新しい本や、古書、ZINEなどが並ぶ。さまざまな展示やイベントも不定期開催。

ライター

蛇谷りえ

1984年大阪生まれ。2012年に「うかぶLLC」を設立し、共同代表の一人。うかぶLLCでは、鳥取県は湯梨浜町にある「たみ」と、鳥取市にある「Y Pub&Hostel」を経営している。また、鳥取大学地域学部教員の合同ゼミ「鳥取大学にんげん研究会」やアートプロジェクト「HOSPITALE」のマネジメントなど、ある世界の中で、サテライト的な関わりであれこれつなげるのが得意。”外”担当。 photo:Patrick Tsai