トットローグ vol.1
「対話のプラットフォームづくり」
2021年7月10日(土)13:00

トットのライターとして活動しているnashinokiと、「日常記憶地図」や「カード・ダイアローグ」など媒介的なコミュニケーションをテーマとするサトウアヤコが、ウェブマガジン『+〇++〇』と連携し、対話のためのプラットフォーム「トットローグ」をはじめます。初回は7月10日(土)13:00から、オンラインで開催します。


今回、以前から『+〇++〇(トット)』で「日常記憶地図」の企画にかかわっているサトウアヤコさんと協力し、鳥取で「対話のプラットフォーム」をつくる試みをはじめることにしました。

対話のプラットフォーム、聞き慣れない言葉ですが、それは一体どんなものなのでしょう。「人と人が対話をするために、誰もが使えるような場所」、それくらいの意味が、ひとまずこの言葉には込められています。鳥取でこのことをみんなと話したい、話した方がいいんじゃないか、そんなことがあったとき、鳥取のどこかにそれについて話ができる場があったらいいのではないか、そう思ったのです。

ただその形がどのようなものになればよいのか、企画者自身にもまだよくわかっていないところがあります。みんなと話ができるためには、どういう場所があればいいのか。どこにどれくらいの人が集まればいいのか、テーマはどのようにして、誰が決めるのか。集まった人同士がどうしたら互いに深い話を交わせるのか。企画者に限らず、いろいろな人がその場を自由に使えるようにするためには、どんな準備をしておけばいいのか。こういうことを考え出すと、対話の場といっても、いろいろと考えなければならないことがあるのだなと思えてきます。

トットローグでは、オンラインか対面かを問わず、この一年実際に対話の場を開きながら、それらを通して望ましい対話の場のあり方について考え、そこで発見したことを、プラットフォームの形に反映するという仕方で、望ましい対話のための仕組みをつくることを目指します。

初回となる7月10日は、前半はツイキャスで企画者であるnashinokiと、サトウアヤコ、トット編集長の水田美世によるトットローグの説明とその内容にかかわる対話を行い、後半はzoomを利用し、参加者にも対話に加わっていただきます。ツイキャス配信中には視聴者からのコメントを募集し、前半の配信や後半の対話の中で、それについても取り上げたいと思います。ぜひ多くの方の参加をお待ちしています。


トットローグ vol.1 「対話のプラットフォームづくり」

日時
2021年7 月10日(土)13:00より3時間程度

当日の流れ
13:00-13:30 挨拶やプロジェクト紹介など
13:30-14:30 [前半] ツイキャスで3人+参加者コメントでの対話
14:30-14:50 休憩
14:50-16:00頃 [後半] zoomでの対話

会場及び参加方法
【前半】ツイキャス  https://twitcasting.tv/mogubook
ツイキャスというtwitter上の音声配信の仕組みを使用します。開始5分前までに上記アドレスからご入場ください。アプリのインストールなどは不要ですが、コメントを書いていただく際には、twitterかfacebookのアカウントが必要になります。コメントはできるだけ都度拾って話を進めていく予定ですので、積極的なコメントをお願いします。
【後半】ZOOM
オンライン会議システムZOOMを利用します。URLはツイキャスの配信中に、ツイキャス配信ページのコメント欄でお知らせします。カメラオフ、音声オフのまま聞いていただく参加も可能です。

準備するもの 
・A4コピー用紙やらくがき帳など少し大きめの紙
・太めのマジックペン
※いずれも後半のzoom利用時に使います。

ご寄付のお願い
当イベントは参加無料ですが、寄付というかたちで応援いただけたら幸いです。詳細は以下のページをご参照ください。
https://totto-ri.net/donation/



今回話す人

nashinoki(ライター)
プロフィールは、ページ下部を参照。

サトウアヤコ
大阪生まれ。建築・情報工学を学び、対話やリサーチを主としたコンセプトデザインなどを行う。2010 年から「mogu book」、「カード・ダイアローグ」、「本棚旅行」、「マイクロ・ストーリー」など複数のプロジェクトを継続しながら、言語化のプロセスや媒介的なコミュニケーションについて探求している。東京都現代美術館 MOTサテライト2019「ひろがる地図」(2019)、鳥取藝住実行委員会 連続講座「サトウアヤコ「日常記憶地図」子どもの頃の場所と風景を思い出す」(2019)、長野県立美術館「美術館のある街・記憶・風景 「日常記憶地図」で見る50年」(2021)

水田美世(トット編集長/ちいさいおうち管理人)
千葉県我孫子市生まれ、鳥取県米子市育ち。東京の出版社勤務を経て2008年から8年間川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉県)の学芸員として勤務。主な担当企画展は〈建畠覚造展〉(2012年)、〈フィールド・リフレクション〉(2014年)など。在職中は、聞こえない人と聞こえる人、見えない人と見える人との作品鑑賞にも力を入れた。出産を機に家族を伴い帰郷。2016年夏から、子どもや子どもに目を向ける人たちのためのスペース「ちいさいおうち」を自宅となりに開く。2017年4月より、鳥取県内の美術や文化を扱うウェブマガジン『+〇++〇』を友人たちと運営。


以下、2021年9月2日追記

トットローグvol.1 「対話のプラットフォームづくり」アーカイブ

当日の対話の内容を、参加した3人による振り返り(A)、話の中で出たキーワード(B)、ツイキャスで配信した音声(C)と、3つの形で公開します。どの部分からでも、当日の内容に触れていただけたら嬉しいです。


A.3人による振り返り

トットローグの初回では、対話と対話のプラットフォームについて、まず企画側の3人で様々なことを話しました。何か理論的な背景をもってというよりは、それぞれ(コメントを寄せてくれた人も含めて)これまで具体的に経験したことの中から、考えたことを話しています。欧米型をモデルとした対話の場の理念型はありつつも、自分の身の回りでは結局そういうものが成立していないように思っていました。だとしたら日本ではモデルそのものが不可能なのか、それともそれを成立させるためには特別な工夫がいるのか。ひとまず後者の立場に立って、足元から、話しながらプラットフォームを組み立てようとしています。後半では3人で考えてきたことに他の参加者の意見が加わり、思いもよらなかった道が開かれ、対話をめぐる思考の土台がさらに広がったように思います。(nashinoki

わからないと言ったり言われたりすることについて話をした。わからないと言ったことで相手に怒られた経験のある人もいる。高校生を教えている人から、「誰にわからないと言っていいのかさえ、わからない」という生徒もいることを聞く。
対人関係の中で対話するのが難しいと思って諦めたことがある。水田さんが、「(関係が大事なら)ちょっと置いておく」というようなことを言っていて、必ずしも対話する必要は無いのかもしれないと思ったけれど、そうやって時間を置くのはなかなか難しい。
これまで、テーマで話をする会を開いてきた。知らない人と話すのは楽しい。しがらみが無い楽さがある。鳥取では知らない人と出会うのは難しいと複数の人から言われた。とはいえ知ってる人でも、テーマで募れば意外な人と話をすることができるのではないだろうか。(サトウアヤコ

周囲にいる友人と言いたいことを話せているか?というサトウさんからの質問に、全然話せてないと即答したことを、後になって考えました。私にとっての友人は、深く掘り下げた話をしたい関係というよりは、触れてほしくない部分もひっくるめて傍にいるのが心地よい相手です。加えて、深く話すことを相手が求めていなければ対話は進めにくいもの。一方的に思いを伝えて「あー美世はまた同じこと言ってる」と思われるのがオチです。とはいえ「これは意識してほしい/考えてほしい」というトピックがあった時は、何度も小出しにしたり、別のベクトルで私の考えていることを知ってもらうということはしてきたなと振り返ります。友人や知人との「対話」というステージは、一過性のものではなく、続いていくという安心感の中で構築する必要があるのではないかな?ということを思いました。(水田美世


B.キーワード

(前半:3人で話したこと)

深い対話の場が成立するための条件
意見を関連づけ、深め、変化させる
私的な意見が「現れる」ようにする
個人の私的な考えを、コモンズ(共有物)として位相を変える
キーワードによる文脈からの解放

同じトピックを何度も話す
友達以外の人と話す
一人で考えられるところまでいったら、誰かと話したい
同じくらいテーマについて話したい人を探して、その人の意見を聞きたい
深い対話ができたときは、単純に楽しい、スッキリする
鳥取で活動していると、知らない人と会うのが難しくなってくる
小さな対話を関連づける方法
アーカイブを共有することで、考えが止まらずに続いていく
そんなに大変じゃないアーカイブ

噛み合わないときこそ対話が必要だけど…
家族など持続する関係の場合、話をするのが難しければ、それ以外の方法でやりとりを続ける
繰り返し考え続けていけば、いつか問題が解決するかもしれない

相手に「わからない」と言えない
発言と人格を混同してしまうこと
わかったふりをすると、対話のやりとりが止まる

(後半:参加者と一緒に話したこと)

「わからない」を誰に伝えていいかわからない
学校では、生徒に私が「わからない」を聞くよ、の意思表示が必要
問題を自治体や国の、どの窓口に聞いたらいいかわからない
自分が何をわかっていて、何がわからないかわからないから聞けない(大学生)
バカにされるから聞けない(高校生)
「わからない」と言うことに対する成功体験
経験や練習すればできるようになる
「わからない」は一人一人抱えて生きていくもの

肩書きや上下関係の対話の場への無意識な持ち込み
オランダでは新入社員が社長にものを言うのは自由、その権利がある
ニックネームで呼び合えば、肩書きを外しやすい
抜け感、フレッシュな感じ

言語化を強要されることのつらさ
言語化の優劣を競うのではなく、対話の場では一人一人が大切にされることが重要
対話がツールになると息苦しい
言語化できる方が生きるのが楽
全く発言しなくても、その場を感じていたらから十分だったという対話参加者がいた

C.ツイキャス配信音声
前半3人で話した内容が以下のURLから聴けます。
https://twitcasting.tv/mogubook/movie/691545536

ライター

nashinoki

1983年、鳥取市河原町出身。鳥取、京都、水俣といった複数の土地を行き来しながら、他者や風景とのかかわりの中で、時にその表面の奥にのぞく哲学的なモチーフに惹かれ、言葉にすることで考えている。