デイナ・ウォルラス(アーティスト、文筆家、人類学者)#1
「器の大きな」という日本語の表現、とても良いですね

2017年の4月14日(金)~30日(日)にKOBE STUDIO Y3(※1)にて展覧会を開き、時期を合わせて神戸にあるインターナショナルスクール、カナディアンアカデミーのレジデンスプログラムに参加したアメリカ人アーティストのDana Walrath/デイナ・ウォルラスさん。
日本での滞在期間中は、4年前に発表したアルツハイマーの母親アリスとの回想録〈Aliceheimer’s/アリスハイマー〉から繋がるテーマで、日本における認知症(※2)の人々や家族との生活、社会の中での関係性などを探りました。鳥取をはじめ、東京や周辺都市、広島、横浜、福井などへも精力的に足を運ぶなか、どのような点に心を留めて新しい作品を生み出そうとしているのかを、2度目の鳥取滞在時に伺いました。


― 今回なぜ日本に、そして鳥取に来られたのですか。

デイナ:神戸のC.A.Pメンバーでカナディアンアカデミーのレジデンスプログラムの責任者、Paul Venet/ポール・ベネエさんが日本に招いてくれました。ポールもアーティストで、KOBE STUDIO Y3での展示は彼との二人展として開きました。
神戸のカナディアンアカデミーでは新作をつくるために滞在していますが、リサーチをしている場所は主に東京と鳥取です。都心部と地方都市、それぞれの場所で認知症とともに生きる人に会い、その生活を自分の体で感じてみたいという思いがありました。鳥取大学の野田邦弘教授とのご縁があり、地方都市として鳥取を選択しました。

― 日本のアルツハイマーの人や家族の方との生活について、深く知りたいと思った経緯を教えてください。

デイナ:私は自分の母親がアルツハイマーとなり一緒に過ごした3年間の日々を1冊の本にまとめました。それが〈Aliceheimer’s/アリスハイマー〉です。母親の名前はアリス。アルツハイマーになってからまるで魔法にかかったかのような彼女を見て、「不思議の国のアリス」のイメージと重なるものがありました。

アルツハイマーの母親との日々を綴った作品〈Aliceheimer’s/アリスハイマー〉(2014)。70ページ以上の本にまとめた。

彼女がアルツハイマーを発症する前、私たち親子の関係性は、実はあまりよくありませんでした。母は大変厳格な人間で、私がアーティストとして動くことにあまり理解を示してはくれませんでした。しかしアルツハイマーとなり、母がまとっていたある種の鎧のようなものが剥がれ落ちたことで、彼女の言動は暖かく愛しいものになっていきました。アルツハイマーになることで本人や周囲の人間が失うものは数え切れません。しかし得られるものも確実にあるのだと分かったのです。

一緒にいる時間は、時にユーモアもあり、母と笑って過ごせる日が来るとは思っていませんでした。「あなたは今の仕事を辞めてフルタイムでアーティストになるべきよ」とまで、彼女は話すようになったのです。母親のサポートのための時間であったことは間違いありませんが、私自身にとっても、非常に意味のある3年間でした。

〈アリスハイマー〉部分。アリスの服は『不思議の国のアリス』の本でコラージュ。「彼女は飛び立たなかった。でも特別な力を持っている。」

家族が長期間同居して世話をするというスタイルは、実はアメリカでは一般的ではありません。アメリカでは日々の生活における刺激や変化が症状を悪化させると判断されるアルツハイマーの人は、専門の医療機関にケアを任せてしまうことが圧倒的に多いのです。

私が母と密に過ごすことで知った愛おしくファンタジーのような体験は、実はアメリカで得られる機会は稀なんですね。では他の国ではどうなのだろうと興味を持った際に、日本では認知症のケアを積極的に家族が担っていること知りました。それで日本でぜひリサーチをしたいと考えたのです。

〈アリスハイマー〉部分。「アリス。今朝起きた時には自分が誰だか分っていたけど、それから何回かは変わったと思う。」

― 鳥取ではどのようにリサーチをしたのですか。

デイナ:鳥取には4月の初旬と下旬に2回滞在しました。いずれも鳥取県若年認知症サポートセンター(※3)の前田好子さんがコーディネートしてくださいました。大変感謝しています。最初の滞在では、「認知症の人と家族の会」(※4)鳥取県支部・にっこりの会のお花見に参加し、南部町で若年認知症の妻をもつ亀尾栄司さんのご自宅でホームステイをさせてもらいました。

アルツハイマーの国際学会に参加した「認知症の人と家族の会」鳥取県支部の皆さんと京都で再会。

2回目の訪問となった今回は、八頭町にある就労支援施設である、「夢工房こばちゃん」を訪問し、鳥取市で認知症地域支援推進員(※5)をされている金谷佳寿子さんにもお会いしました。そして今日は、小学校教諭の男性で、若年性認知症を発症した後も小学校で仕事を続けている方とそのご家族にお話を伺うことが出来ました。

この男性は「自分が前例になる」ということを最重要に考え、職場に留まることを選び、家族や仲間とともに静かな戦いを続けています。認知症の人にとって仕事が失われるということはそれまでの関係性や社会からの排除を意味します。症状の悪化に繋がるだけでなく、精神的に受けるダメージは計り知れません。学校という場所は、誰もが社会の一員として受け入れられることを教える場所であるはず。彼の存在そのものが多様性を受け入れていく社会への先駆者になりうると信じています。

小学校教諭の男性のご自宅でインタビュー。手前が男性、右奥は通訳のモニカさん。

― 私も今日、一緒にお話を聞かせていただきましたが、前例になるというのは本当に勇気のいることだと思いました。

デイナ:「器の大きな社会」について、彼は真剣に話をされていました。「器の大きな」という日本語の表現、とても良いですね。私が思うに、彼こそが器の大きな人なのだと感じました。ぐっと引き込まれるお話しをされる方で、鳥取で彼に出会うことができて本当に良かったです。
定年退職まであと2年半とおっしゃっていました。彼の努力が少しでも社会に良いアプローチとなるように、私も何か力になれないかと考えています。そしてまた、この男性については、〈アリスハイマー〉に続く2作目の本の中で取り上げたいと構想しているところです。

通訳:モニカ・メッセイ

※1:営利を目的とせず神戸を拠点に文化活動を推進するC.A.P.(芸術と計画会議)が運営するスペース。オープンスタジオとギャラリーがある。
※2:アルツハイマーとは、脳の萎縮によって起きる認知障害で、認知症の一種。日本では65歳以上の8‐10%は認知症とされる。デイナさんはアルツハイマー型に限定せず認知症全般についてのリサーチを、今回日本において実施した。
3:2014年から鳥取県が「認知症の人と家族の会」鳥取県支部に委託し、認知症の人や家族の相談に応じたり、若年性認知症に関する啓発活動を行うセンター。
※4: 1980年結成の公益社団法人。全国47都道府県に支部があり、会員は約1万1千人。「認知症があっても安心して暮らせる社会」を目指す。鳥取県支部代表は吉野立さん。
※5:地域に密着し、認知症の人や家族と行政・施設・医療機関などとのやり取りを、包括的に支援する役割を担う。

#2へ続く


Dana Walrath/デイナ・ウォルラス
アーティスト、人類学者。医大の授業で物語を援用したことをきっかけに文筆活動もはじめた。主な作品に、研究者としてアルメニア滞在中に執筆した受賞作〈Like Water on Stone〉、アルツハイマーの母アリスとの回想を物語にした作品〈Aliceheimer’s/アリスハイマー〉などがある。今回の来日は神戸にあるカナディアンアカデミーのレジデンスアーティストとしてだが、東京、鳥取などへもリサーチのために訪れた。
danawalrath.com

ライター

水田美世

千葉県我孫子市生まれ、鳥取県米子市育ち。東京の出版社勤務を経て2008年から8年間川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉県)の学芸員として勤務。主な担当企画展は〈建畠覚造展〉(2012年)、〈フィールド・リフレクション〉(2014年)など。在職中は、聞こえない人と聞こえる人、見えない人と見える人との作品鑑賞にも力を入れた。出産を機に家族を伴い帰郷。2016年夏から、子どもや子どもに目を向ける人たちのためのスペース「ちいさいおうち」を自宅となりに開く。