ひやまちさととレンレンの 
あっちーこっちー
#4 奈義町現代美術館(
Nagi MOCA
常設展 /
企画展 クロヌマタカトシ 「現象」

コラム「あっちーこっちー」は、鳥取県若桜町でギャラリーカフェふくを運営する、ひやまちさととその家族「レンレン」が鳥取県内で行われるアートプログラムや企画展、イベントなどに文字通りあっちこっち行ってみる様子をお伝えするものです。つい頭で考えてしまう大人と違い、こどもの感じ方は素直で遠慮がない。ふたりで見つけた発見を、ドキドキしながらお送りします。


第4回目は、岡山県奈義町の奈義町現代美術館(通称 Nagi MOCA) の常設展と、2025年1月25日〜3月9日にかけて行われている企画展 クロヌマタカトシの個展『現象』 のレポートをお届けします。

子どもを出産してからというもの、美術館やギャラリーという場所が本当に遠くなった。
何かの記事にそう書いたことがあったが、もしかするとそれは私の思い込みだったのではと、今は小さな確信を持っている。まず私の体験による美術館を振り返ってみると、そういえばパリのルーブル美術館は観光客が多いこともあり、常にざわざわしていたし、ロシアのエルミタージュ美術館では子ども達が彫刻のエリアで寝そべりながらスケッチをしていた。最近見に行った大阪の中ノ島美術館でも撮影可能エリアではスマートフォンで写真を取りながら、みんなおしゃべりをしていたっけ。そんなことを布団の中でもぞもぞ思い出す日曜日の朝、昨日から始まった奈義町現代美術館(通称 Nagi MOCA) の企画展が気になっている。
いつもより早起きをしていたレンレンに、こう切り出した。
「ねえ、山の向こうの美味しいピザ屋さんでピザを食べて、その後に美術館へ行こうと思うんだけど、どうだい」「あっ、わかった、あれでしょ。あっちーこっちーでしょ」「うふふ〜」ということで若桜町から車で約1時間のドライブに出発。美術館と同じエリアにあるナポリピッツアの美味しいお店 La gita は休日は予約必須のレストラン。運よくお昼に予約が取れたので、さあまずはお腹を満たそう。

テーブルの隅にぬいぐるみの「ハーリー」を置いて

お腹いっぱい(もう少し食べたかったくらい)になった私たちはレストランをでて、美術館に向かって歩いた。

今回訪れた岡山県の奈義町にある奈義町現代美術館(通称 Nagi MOCA)はレンレンが3歳の頃から折に触れて連れてきている場所。雄大な那岐山を借景にした建築、建築と作品が融合した3箇所の常設作品といった風に全体が美術館として作品を展示しているように思う。芝生に点在する彫刻はコロナ禍から始まったアーティストインレジデンスにより制作されたという。作品の上にたまる水溜りをじっと見ていたレンレンが「あ、雨がうつったよ」と言った。ぽつぽつと降り始めた雨を合図に小走りで美術館の入り口へと向かった。

1月25日より始まった企画展 クロヌマタカトシ 「現象」をレンレンと鑑賞することは少し冒険であった。作品の静謐な世界観を、果たしてどう受け取ってくれるだろうか。まずは入り口で館内の注意点を小さな声に出して読んでみる。
そして、小人の声で話そうね。なんて言いながら、企画展のエリアにすすむ。もうすでに小走りになるレンレンとあわてて手をつなぐ。そうよね、お母さんだって小走りしたいくらい楽しみにしてる(!)室内に入る前に、小さな家のような作品があった。薄いカーテンごしに差し込む午後の光の美しいこと。逆光に佇む作品に近づいてみる。レンレンが一言「屋根の瓦もちゃんとあるね」と言った。照明の仄暗いメイン会場に最初に進んだのはレンレンだった。前なら暗がりの方へは怖がって行かなかったのになあ。そして私に振り返って「ねえ、お手手があるよ」「小さい人がいるよ」と作品を声に出して教えてくれる。作品は大きなものもあり、子どもの目線からは見上げるようであるし、大きな翼を広げた鳥は、ぐわっと掴まれてしまいそう。奥の小さな部屋はさらに照度が低く、大きな人が佇み、人の顔が横たわっていた。さすがに小人の声で「(お母ちゃん先に入って)」と。
写真で見ていた時のクロヌマさんの作品はもっと哀しみを感じていたのだけれど実物を見た時に感じたのはどちらかというと「生」の気配だった。

展示室には作品が点在していて、その間を順路というよりは作品達の間を縫うように歩くと次第に森の林にいるような気持ちになる。作品や作品を置いている台に手を触れないという約束をレンレンがすっかり守れるようになってお母ちゃんは成長を感じてジーンとしている。私たちは作品について小人の声で感想を言い合った。
こんなふうに一緒に鑑賞できる日が来るなんて、、、(そしてまたジーン)
もちろん今までに、作品の鑑賞に行っても数分もその場にとどまらずにでていくこともあった。それは振り返れば「場に慣れていない」や「今そんな気分じゃない」ときであった。
Nagi MOCAの芝生で遊んだこと、マルシェに出店したこと、常設作品を何度か観にきたこと、ここにきたら美味しいピザが食べれること。そのステップを経て、愛着のある場所だからこそ鑑賞をする準備が整っていたのかもしれない。そしてクロヌマさんの作品や展示の持つ空気が、レンレンに伝わっているのだとしたら、とてもいいなと思う。

レンレンは「悲しい」や「暗い」を極端に怖がる傾向がある。
けれど私は人間の持つ「孤独」や「哀しみ」が美しいこと、自分の中に静かな森や湖を持つことをいつか知ってほしいと思っている。その一歩がクロヌマさんの作品だったことが、とても嬉しい。

レンレン作

企画展を鑑賞後、常設展の作品を観に行った。
前回来たときは、展示室「大地」の水をみてプールか海だと思って入ろうとしていたっけ。(もちろん止めました)今回も、水面を熱心に見つめてからやっと水面の上で銀色に光る作品が目に入ったようだった。
「お母ちゃん、ゆれているよ」
たわわん、と揺れるステンレスワイヤーの銀色の線をふたりで見つめるその時間は、公園でタンポポを見つけた時のよう。
展示室「月」では、隣の恋人同士のヒソヒソ声がそのまま響いてくるのを、レンレンと目を合わせてなんとなくこそばったい気持ちになりすぐに出てしまったが、展示室「太陽」では他に鑑賞する人がいないのを確認し、寝転がってみた。本当のところは私は三半規管が弱いのでこの作品の中ではいつも立っていられないのだ。この作品は特に、時間をかけてみることで初めて気がついたことがあり、二人で答え合わせをするように、それぞれの気がついたことを口にする。また次回来た時には、きっとまた新しい発見があるだろう。それにしても身体の感覚をここまで信じた作品は本当にすごいなと思った。

レンレン作

学芸員の遠山健一朗さんともお話しする機会を得て、子どもを連れての鑑賞がしやすかったと伝えると「この美術館はとてもおおらかで、芝生にはいつも子ども達がいる印象です。入りにくくて何をしているかわからない場所ではなく、子ども達にとっても親しみやすい場所でありたいと思っています」と話してくれた。
実際、Nagi MOCAの2階には町の図書館があり、本を借りに来ている子ども達の声や、ベビーカーを押して作品を鑑賞する若い家族もいた。車椅子の大人もいるし、アートな女子旅風のグループも多い。「地域の常連さんはここでコーヒーを飲むのが日課だったり、ちょっとした井戸端会議のようになることもあります」その話を聞いて、現代美術館が公民館的な役割を持っているなんて、とても最先端で感動する。そして地方だからこその姿なのではないかと思った。

また、企画展 クロヌマタカトシ 「現象」の作家 クロヌマさんと「921GALLERY」のギャラリストにもお話しを伺うことができた。公立美術館での本格的な個展は初めてというお二人も「Nagi MOCAは老若男女いろんな方が観に来られている印象で、特に子どもに作品を観てもらうことは美術館ならでは」と感じたそう。作家とギャラリストと学芸員という3人とお話しする貴重な機会をいただきながら、足元でもうすでにレンレンが寝そべり「ねえーあと何秒で帰る〜?」と今にも言い出しそうになっているのを察した私は、後ろ髪を惹かれる思いで、早々に話を切り上げてしまった。くう。

このコラムの冒頭で書いた、私が出産後に感じた「美術館やギャラリーという場所が本当に遠くなった」というのは実際には限定された施設ではなく「社会全体」であったように思う。特に当時暮らしていた都市のど真ん中で、大人が人口のほとんどを占めるような場所において子どもという存在は社会の中で少数派だったのだ。
その社会ではまず大人のルールが優先され子どもの存在や声や行動が「迷惑」と括られてしまう。けれど実のところ子どもを持つ当事者になる前の私はその「社会」の一員だった。

もちろん作家が魂を込めて生み出した作品を、破損したりしてはいけないし、鑑賞者を邪魔してはいけない。という前提はありながらも、地方に行けば行くほど、美術やアートを鑑賞する機会が平等に与えられることが当たり前になりつつある空気を感じている。
それは、2025年春に開館する鳥取県立美術館へも期待したいことの一つだ。
私自身もギャラリーを運営するものとして、子ども連れの作品鑑賞にはいろんな葛藤があった。作品の保護と、作品を直に鑑賞してもらうことは本当に紙一重なのである。
ただ「子どもの頃から表現に出会う」を合言葉に、ギャラリーカフェふくを立ち上げたのだから作家の理解やアナウンスの仕方など、私がすべきなのは環境を整えることだと思う。

「あっちー、こっちー」のコラムを連載するにあたりレンレンと訪ねたアートの現場での感覚を通して、私にはもっとできること、やるべきことがある。
助手席でうつらうつらと眠るレンレンと、そのお尻に敷かれたハーリーをちらりと見やって、若桜への帰路についた。


※このコラムはアートを子どもとめぐることをテーマに執筆していますが、同行する大人は作家や作品に敬意をもち、鑑賞については美術館それぞれのルールを確認した上で楽しみましょう。詳しくは美術館やギャラリーの公式サイト、会場の案内を確認してください。

 


​​奈義町現代美術館 常設展
会場|奈義町現代美術館(岡山県勝田郡奈義町豊沢441)
https://www.town.nagi.okayama.jp/moca/index.html

企画展 クロヌマタカトシ「現象」
会期|2025年1月25日(土)- 3月9日(日)
会場|奈義町現代美術館ギャラリー(岡山県勝田郡奈義町豊沢441)
主催|奈義町現代美術館
協力|Jana inc./921GALLERY

ライター

ひやまちさと

鳥取県若桜町在住。高校卒業後、京都でデザイン、神戸でイラストレーションを学ぶ。フリーでイラストレーションとデザインのお仕事をしながら2016年より鳥取市鹿野町の「鹿野芸術祭」にも関わる。2019年より若桜町にギャラリーカフェふくを運営。大切にしている言葉「早寝早起き」。