當麻妙写真展関連トークショー『写真と映画の「風景」』:知っていたつもりで、知らなかった景色。

2021年に鳥取へ移住した写真家・當麻妙さんの写真展『TOTTORI』が、2026年5月2日〜15日まで、湯梨浜町の「Librarie by HAKUSEN」で開催されました。
その初日となる5月2日、「jig theater」を運営する柴田修兵さんと、学芸員・岩船郁さんをゲストに迎えたトークイベント『写真と映画の「風景」』が行われ、写真や映画、風景、土地の記憶——それぞれの視点がゆるやかに交わりながら、“鳥取の風景”と“境界”について語り合う時間となりました。


カメラを通して、その土地を知る
東京で生まれ、沖縄で10年を過ごし、2021年に鳥取へやってきた當麻さん。知らない土地に根を張ろうとするとき、當麻さんはいつもカメラを手にしてきました。

「移住するということは、ゼロからその土地のことを知っていくことになる。カメラを通して景色を見ていくことで、その地域を知っていきたいという気持ちがずっとあるんです」

撮影はいつも一人。でかけた先や移動中に気になる場所をメモしておき、「今日の空いいな」という日に一人で戻ってシャッターを切ります。また、構図を作る手前で撮りたいという思いから、いつも三脚は使わないそう。
場所を知るためにシャッターを切る。そのたびに、少しずつ根が伸びていく。そういう静かな営みを、當麻さんはずっと続けてきたのだと思います。

“映画でみる”ということ
今回の展示を構成するきっかけになったのは、昨年の5月末から6月の初旬に「jig theater」で上映された映画『メイデン』(グラハム・フォイ監督)。カナダの郊外を舞台にした青春映画ですが、「この辺の雰囲気に似ている」と鳥取の観客から声が上がることも多いそうです。
「私がずっとやりたかったことを、てらいもなく映画にしている人がいる。私もやっていいんだ、と思えたんです。」と話す當麻さんは、この作品から大きな勇気をもらったと振り返ります。

それに関連し、柴田さんは、“映画館で映画を観る”という体験について語ってくれました。他人に囲まれながら約2時間、映像を浴び続けることで、その風景が身体の中に蓄えられていくような感覚がある——。カメラの原型である「カメラ・オブスクラ(1)」を例に挙げながら、「光学的な像として風景を受け取ることへの欲望は、人間に昔から備わっていたものかもしれない」と言葉を続けました。

写真も映画も、人間がずっと持ち続けてきた、ある切実な欲望の形なのかもしれません。

まっさらな視点が見つけたもの
今回の展示のキーワードは「境界」。あちらとこちら、この世とあの世、自分と他人。
その言葉を口にするとき、當麻さんの声はどこか落ち着いていていました。恐ろしいものを語っているのではなく、長い時間をかけて実直に向き合ってきたものを愛おしむような、そんな静けさがとても印象的でした。

當麻さんの作品の前に立ったとき、わたしは不思議な感覚に包まれました。人とモノ、有機物と無機物、生きているものと死んでいるもの、そういった区別が、どこにも見当たらないのです。
草も、家屋も、空も、電柱も、そして人も。みんな同じ重さで、そこにいる。
當麻さんは鳥取の風景の特徴を「三層構造」という言葉で語りました。手前の景色、集落や小屋のある「中層」、そして人がなかなか入り込めない奥の「山」。その三つが、どこまでも静かに続いている構造です。

「意外と人の手がかなり入っているんですよ、私が通ったところって。草刈りがされていたり、道が整備されてたり。でも、ちょっと放棄されているところは緑が覆いかぶさってきて……。そのせめぎ合いというか、真ん中のゾーンがずっと気になっていたんです」

本当の意味での「手つかずの自然」など、今の日本にはほとんどないのかもしれません。でもだからこそ、當麻さんが切り取る風景にはあんなにも人の匂いがして、あんなにもやさしいのだと思います。

なんにもない場所は、なんにもない場所ではなかった
撮影地は鳥取の中部〜東部だと聞いて、米子市出身のわたしは驚きました。西部の写真は一枚もないはずなのに、どの写真も自分が育った場所の景色にしか見えなかったからです。
展示で並んでいたのは、わたしにとってあまりに日常すぎて「そういえばこんな場所が家の近くにあったな」と思い出す程度の、本当に“なんにもない風景”ばかり。しかし當麻さんは、そんな見過ごされがちな風景のなかに、確かな「何か」を見出していました。

「なんにもなくて、良い場所だけどちょっと寂しいな」と思っていたわたしの地元は、実はなんにもない場所ではなかった。
そのことに気がついたとき、少し胸が痛くなりました。ずっとそこにあったのに、自分が見ようとしてこなかったものがあったのだと気づかされたからです。
学芸員の岩船さんも、似たような感覚を話してくださいました。「撮影地が特定できなくても『この鳥取を私は確実に知っている』という感覚がある。でも、それが何なのかずっとわからなかった」と。
「自分が好きだと思っているけれど言語化できなかった風景を、作品として誰かが示してくれるから、初めてその感覚を共有できる喜びがある。鳥取という場所で、『TOTTORI』という写真展をするということに、大きな意味を感じます」
岩船さんの言葉を聞きながら、今日ここにきて良かったと心から思いました。

自分の“感じ方”を知るということ
トークの中で「映画や写真はなんのためにあるのか」という話になりました。わたしたちは性能の良い目を二つも持っているのに、なぜわざわざレンズというフィルターを通す必要があるのか、という問いです。

わたし自身、その場でリアルタイムに感じたことを言葉にするのが得意ではありません。あとになってから、じわじわと気持ちが出てくるタイプ。でも、そのじわじわが訪れたとき、「あ、あのとき自分はこんなことを感じていたんだ」と、まるで自分の心の地図を手に入れるような感覚になることがあります。
映画や写真は、そういう時間をくれるものだと思っています。自分を理解するための、遠回りな、でも確かな方法。

そしてもうひとつ、写真や映画は「他者の目に映った風景」を追体験させてくれます。わたしたちは一点からしか世界を見ることができませんが、隣にいる誰かの目に映る景色は、私が見ているものとは全く違うものかもしれません。
當麻さんのカメラは、わたしが持っていなかった“もう一つの目”のようでした。その目を借りて、わたしははじめて、自分のふるさとを“見る”ことができた気がします。

写真撮影・提供:當麻妙(2枚目、4枚目)


(1) ラテン語で「暗い部屋」を意味する、写真機の原型となった装置。暗室の壁に開けた小さな穴(ピンホール)から外の光を取り込むことで、反対側の壁面に外の景色が逆さま(倒立実像)に映し出される仕組み。古代ギリシャから原理が知られ、のちに画家の写生用道具や視覚玩具として発展した。


當麻妙 / TOMA Tae

東京都出身。写真誌編集プロダクションを経て、フリーの写真家として活動。
写真展・写真集を通じて作品を発表するとともに、エディトリアル、広告等で写真を提供。
沖縄に拠点を移し、10年に亘り南島の風景を撮影。 
2021年に鳥取へ移住し、山陰の風景写真を制作。
2020年-2021年、二十四節気それぞれの季節の風景をテーマにした「二十四節気ことのはノート」を『天然生活web』にて連載(写真担当)
2023年、「神奈川県美術展」写真部門にて特選受賞。

Instagramhttps://www.instagram.com/taetoma/
ウェブサイトhttps://www.tomatae.com


當麻妙写真展「TOTTORI」
期間|2026年5月2日(土)-5月15日(金)
会場|Librarie by HAKUSEN(鳥取県東伯郡湯梨浜町松崎619 旧さくら小学校1F)

関連トークイベント『写真と映画の「風景」』
日時|2026年5月2日(土)17:00〜18:00
登壇者當麻妙・柴田修兵(jig theater)・岩船郁(学芸員)

ライター

髙﨑凜

2001年米子市生まれ。幼少期から、活字・紙の手触りに惹かれて育つ。本や言葉への探究心から、大阪芸術大学文芸学科へ進学し、手製本やエディトリアルデザイン、インタビュー技術を学ぶ。卒業後は地元の印刷会社に就職し、現在はライター・編集の世界に身を置く。ヒップホップやR&Bなどのブラックミュージック、海外の学園ドラマをこよなく愛する(中でも好きな作品は、『Euphoria』)。