デイナ・ウォルラス(アーティスト、文筆家、人類学者)#2
本当の「狐憑き」は戦争をOKとする考えだと思います
2017年の4月14日(金)~30日(日)にKOBE STUDIO Y3にて展覧会を開き、時期を合わせて神戸にあるインターナショナルスクール、カナディアンアカデミーのレジデンスプログラムに参加したアメリカ人アーティストのDana Walrath/デイナ・ウォルラスさん。
日本での滞在期間中は、鳥取をはじめ、東京や周辺都市、広島、横浜、福井などへも精力的に足を運びました。文筆家、人類学者という観点も併せ持つ彼女が、日本でどのようなことに心を留めて新しい作品を生み出そうとしているのか。2回目は神戸で制作中の作品を中心に伺いました。
― 神戸のインターナショナルスクール、カナディアンアカデミーで滞在制作中の作品について教えてください。
デイナ:現在制作中の作品は、鳥取と東京周辺でのリサーチがベースとなっています。ですが、実はリサーチのつもりではなく訪問した広島で得られたことが、結果として繋がり、いま神戸で制作中の作品に大きな影響を及ぼしています。
広島を訪れる前、1回目の鳥取訪問よりも前ですが、松戸で認知症キャラバンの人たちにお会いしました。その際に認知症に対するスティグマ、つまり、差別的な見方や社会的弱者というレッテル、を減らすために努めていることは何かと質問したところ、脳の機能低下という認知症の捉え方を正しく伝えること、科学的に理解してもらうとの返事でした。ではそれ以前はどのようなモデルで認知症が理解されていたのかを伺ったところ、認知症は「狐憑き」として考えられてきたと言うのです。
この「狐憑き」を知った後で、私は広島へ行きました。そこで被爆体験の語り手の男性を尋ねました。
彼は3人兄弟の長男で、1945年の被爆当時11才でした。「8月6日、母親が朝ごはんの準備をしていた時です。次男は窓の近くに座っていていました。三男はまだ赤ん坊で畳の上に寝かされたままでした。8時15分、まぶしい光が一瞬にして広がり、空気が大きく揺れて、全てのものが音を立てて崩れていきました。」
彼は続けました。「その瞬間に見た母親は、まるで蝋人形のようだった」と。「その母親の姿が、70年以上たったいまも、私の心のフィルムに鮮明に焼き付いて離れない」と。その話を聞きながら、私は涙を流さずにはいられませんでした。通訳のモニカも「蝋人形」という表現に言葉を失い、泣いていました。彼は普段体験談を語るときは涙を流さないそうですが、この時は涙を流しながら語っていました。
一通り話が終わり、彼の方から記念に写真を撮ろうと提案され、私たちは広島平和記念公園のモニュメントの前に移動しました。その時、彼がとてもカジュアルに、「弟たちはね、原爆の影響で被曝障害(※1)を負っているよ」と話したのです。「次男は進級目前だったが、被曝障害で最後の1単位を残して卒業できなかった。三男は40歳ごろから体に不調が出て、そこから仕事はできていない状態だ」と話をされていました。また、彼自身も現在84才になり、脳神経のダメージが表れているとのことでした。
私は、認知症とトラウマの関係性は少なからず存在するのではないかと考えています。彼のこの話を聞いたとき、広島はアメリカが生み出したスケープゴート(※2)のひとつであること、そしてアメリカのリーダーがこの恐ろしい惨状を生み出したのだということ、その責任の重さを、深く感じました。それと同時に、私たちが生きる2017年という現在、非常に狂気じみた世界情勢であるということが、鮮明に浮かび上がったのです。
私が彼の話から感じたのは、本物の「狐憑き」というのは、「戦争はOK」と考えている人たちなのではないかということです。神戸でいま制作中の作品は、認知症のかつての捉え方である「狐憑き」と、戦争という図り知れない暴力が、2017年を生きる私たちの潜在的な意識の中に存在していることを描いているのです。
― 具体的に「狐」をどのように描いているのですか?
デイナ:狐の集団が一つの方向にのみに進んでいく様子をコラージュで表現しています。まるで銃弾のように山の方に向っている様子を表しました。狐はどのような文化においてもトリックスター(※3)のような位置づけを得ている動物なので、そのイメージを使って戦争に突き進むプロセスを表現しようとしているところです。
― コラージュの素材は印刷物のように見えます。
デイナ:そうです。狐の部分に使っているのは歴史の本です。その本の内容は帝国主義時代の各地の帝国の在り方を網羅したもので、作品にとって重要な位置を占めています。なぜなら、私たちが帝国主義を生み出したことで、世界中に及ぼした様々なダメージは計り知れず、そのことを正面から見つめて反省してこなかったがために、現在の世界情勢が生まれているのだと考えるからです。
作品の中央には、大きな太陽を描きました。この太陽は広島の爆心地と放射線の影響範囲を同心円状に示した地図がモチーフになっています。この太陽にはコロンビア百科事典の「Pathology/病理学」について説明したページをあえて選び使用しています。「狐憑き」と同様に、私は、戦争を企て戦争を行う人たちこそが、病に取りつかれているのではないかという考えからです。
またふたつの山の間の空の部分に使用したのは、カナディアンアカデミーの先生のご自宅にあった古い書物『トロイルスとクリセイデ』(※4)です。トロイ戦争の時代の物語で、恋愛してはならない関係でありながら恋愛をするふたりの物語です。詩文で書かれているので、同じような文字のパターンが繰り返し記載されています。それを見たときに空の模様の様だと感じ、空に見立ててコラージュしています。
(スマートフォンの画面を見せながら)すべてのパートがこのように横に繋がっていて、絵巻物のような長い作品になる予定です。
通訳:モニカ・メッセイ
※1:放射線により生じるありとあらゆる身体的、知的、精神的障害の総称。体内に取り込まれた放射性物質が放射線を出し続けることで、時間をかけて細胞レベルで破壊が進む。
※2:心理学でよく使われる用語で、集団自体が抱える問題が集団内の個人に身代わりとして押しつけられ、結果として根本的な解決が先延ばしにされることを意味する。
※3:神話や物語などに登場する、詐術やいたずらで秩序を乱す性格を持つとして描かれる者。
※4:14世紀イギリスの詩人、ジェフリー・チョーサーの長詩。トロイの王子トロイルスとトロイの神官の娘クリセイデが恋に落ちるも、戦争によって関係を引き裂かれてしまう物語。
〈#3へ続く〉
Dana Walrath/デイナ・ウォルラス
アーティスト、人類学者。医大の授業で物語を援用したことをきっかけに文筆活動もはじめた。主な作品に、研究者としてアルメニア滞在中に執筆した受賞作〈Like Water on Stone〉、アルツハイマーの母アリスとの回想を物語にした作品〈Aliceheimer’s/アリスハイマー〉などがある。今回の来日は神戸にあるカナディアンアカデミーのレジデンスアーティストとしてだが、東京、鳥取などへもリサーチのために訪れた。
danawalrath.com