レポート:トット・ツアーvol.2
「西郷工芸の郷めぐり」(後半)
普段なかなか一人では行くことができない場所にみんなで出かけ、あれこれと話も聞いてみようというトットのツアー。昨年7月、鳥取市河原町西郷地区でトットの主催する第2回のツアーを行いました。後半はガラスや木工の作家さんのもとへ。やなせ窯の前田昭博さんには、工芸の郷に関するお話もうかがいました。
昼食後は、湯谷とは別の小河内谷にある”atelier ukiroosh” へ。ukirooshはともにガラス作家として作品を作る、竹中悠記さんと矢野志郎さん夫妻の工房。竹中さんはパート・ド・ヴェールというフランスの古い技法(1)を用いた作品を、矢野さんはガラスをカットして構築し、研磨する手法で創作を行なっており、同じガラスでも作風は大きく異なるが、どちらも魅力的だ。訪れたアトリエの前は、きれいなアジサイでいっぱいだった。
ukirooshに続いて、同じく若手の木工作家、藤本かおりさんの工房へ。藤本さんは飛騨高山で木工の勉強をし、就職して家具や建具を作ったあと、八頭郡若桜町の木地師・山根粛さんに師事。その後2007年から、西郷で古い小さな平屋の民家を工房にし、木工の食器や玩具などを制作している。工房このかは曳田川を挟んで牛ノ戸焼や中井窯と反対側にあり、木を削るろくろなどの道具がある部屋からは、この谷の風景を一望することができた。
最後は白磁作家で重要無形文化財保持者の、やなせ窯の前田昭博さんに、展示場と工房を案内していただいた。
前田さんの作品は、磁土(2)を使った真っ白な白磁であるのが特徴。土は牛ノ戸焼や因州中井窯と異なり、九州の天草から取り寄せている。もともと形を意識して白磁を作っていたが、ある時、形には影ができることに気づき、その影を通して形を見て心地いいものを作りたいと思うようになった。やなせ窯の作品の特徴は、ろくろを回して作っただけでは曲線となる器に、土が軟らかいうちに指先で押さえ、硬くなってからカンナで削ることで直線的な面を生み出す、「面取り」という技法を多く使っていること。丸い器では表面に急な変化はつかないが、面を取ることにより影にアクセントができあがる。光が当たっているところから面を取った部分に移ることで陰影のコントラストが生まれ、それが形の魅力を引き出すと前田さんは言う。
こういうことを意識できるようになったことには、山陰の風土が関係している。例えば沖縄の強い光は、白か黒のように両者のあわいがあまりないように感じられるが、この山陰の地に降り注ぐやわらかな光は、器の形に白から黒の影のグラデーションを映し出してくれる。とはいえ前田さんも、最初からそんな風に思えていたわけではなかった。家の事情で西郷に窯を築いたものの、陶芸の産地でもなく情報や技術も少ない場所で、以前は作品の制作によい環境ではないと思っていた。けれど徐々に、山陰の自然光や冬に降る雪の白さ、その質感など、この土地で見えるものが自分の中で意識され、まわりのいろいろなものから恩恵を受けていることに気がついた。ここで見えるものを自分の特徴に活かさないと、いいものはできない。そう思い、それらをうまく受け入れようとすると、西郷がとてもいい場所に変わった。やなせ窯をはじめて20年ほど経った頃のことだ。ここで素敵な白磁を作ることが自分の仕事だと思えるようになったという。
やなせ窯の白磁は牛ノ戸焼や中井窯のように、この土地にもともとある素材を材料としているわけではないが、うかがったお話から、そこに直接の素材ではないところでの風土との深いつながりを知ることができ、前田さんはこの西郷という土地と、何十年にも及ぶ長い間じっくりと対話を続けながら、作品を生み出してきたのだと感じた。
最後に、西郷工芸の郷についてもお話をうかがった。昔は工芸の産地は材料が出る場所に限られていたが、今は宅配で材料は手に入るため、必ずしもそうでなくていい。西郷は材料というより、ここでやるといいものができそうだなとか、この仲間と一緒にやると力が湧いてくると思う人たちに集まってもらい、それぞれが自由な考えのもとに作りながら、たまには互いに話し合って、その中でこれからの時代に必要なものを生み出していく場にできたら。そう前田さんは考えているという。
工芸の郷の活動として、西郷小学校の給食で、地元の作家が作ったご飯茶碗を生徒に使ってもらう取り組みも行なっている。子どもたちは、作っている人の顔が見えることで器を大切に使うようになり、その中で自分なりの美意識を育てていってほしいと望んでいる。卒業と同時に、その器は生徒に自分のものとして一生使ってもらう。これは小さな小学校だからできたことだけれど、手作りのものが食卓なり生活の一部にあると気持ちもちがってくる。工芸の郷の取り組みは作家だけでなく、この社会の将来を担っていく子どもたちの感性を育てることにも、力を入れているようだ。
実は筆者自身もこの地区の出身で、地元の作家さんたちについてある程度知ってはいたけれど、この日実際に足を運んでお話をうかがい、初めて知ることも多くあった。特に古くからこの地に窯を構え、陶土や釉薬まで土地の自然のものを使う牛ノ戸焼のあり方からは、自分自身がいったいどのような場所で生まれ育ったのかを改めて教えてもらうような気がし(3)、他方、材料は他の場所から取り寄せたものを使いながら、土地の自然を別の仕方で受けいれていくやなせ窯の姿勢からは、風土に対してもう少し軽やかに触れ、別の新たな可能性を引き出しているという印象を受けた。
これまでのこのような創作の土壌を知ることで、若い作り手たちがこれからこの地とどのような関係を結んでいくのか、筆者自身にはまだはっきりと目には見えないけれど、きっと新たな何かが生まれていくのだろう、あるいはすでに生まれつつあるのだろうと感じることができた(4)。
西郷工芸の郷には、今春新たに、栃木県の益子焼で活動してきた若手陶芸家の小渕祥子さんと広瀬泰樹さんの二人が移住した。またこの2月から地域おこし協力隊として西郷地区に赴任し、工芸の郷の情報発信やイベント企画を行う山川良子さんも、その大きな力となっている。新型コロナウイルス 感染症の流行が大きく懸念される昨今だが、西郷地区では着々と新たな種が蒔かれ、芽生えを待っているようだ。工芸の郷では毎年秋に西郷公民館で工芸祭を、また定期的に講演会を行なっている。ぜひこのような機会を利用して、西郷地区で生まれる作品に触れてみてほしいと思う。
案内をしてくださった北村さん、作家のみなさん、えばこGOHANの今家さん、ありがとうございました。
協力:北村恭一(一般社団法人 いなば西郷工芸の郷・あまんじゃく代表)
写真:田中良子
1.まず石膏で型を作り、それに模様の凹を彫って、色ガラスの粉を詰める。それから本体部分のガラスの粉を詰め、型に入れたまま時間をかけて低温で焼き、その後型から出して研磨する技法。「ギャラリーそら」ホームページ(http://www.gallery-sora-kuu.moo.jp/?eid=1036445)を参照した。
2.磁器をつくるのに適した土。陶器をつくる土よりも珪石や長石というガラス質の高い成分を多く含む。
3.2019年度に「西郷工芸の郷 文化シンポジウム」で講演した鞍田崇さんが紹介された陶芸家の柴田雅章さんの言葉は、筆者のこのような感覚とどこかで通じているかもしれない。「要は、土は焼物のためだけのものではないと言われたんです。土は、さっきの濱田[庄司]の話ではないですが、野菜を育み、植物を育み、命の源なんだと。なので、最終的にその土を焼いて固めてこうやってちんと納まっているけれども、これは命の源なんだと」(『いなば西郷工芸の郷 フォーラム記録集(二)』、一般社団法人 西郷工芸の郷あまんじゃく、2020年、36頁)。
4.鞍田さんは同講演で、西郷工芸の郷を柳宗悦や志賀直哉ら白樺派の作家が1914年頃から集った千葉県の我孫子に比較している。もしかすると作家たちにとって、美しい自然のもとで仲間とともに生活し創作することは、本質的な要求に含まれていることなのかもしれないと考えさせられた。
※各工房を訪問される際は、事前に連絡の上お訪ねください。
atelier ukiroosh
https://ukiroosh-glass.wixsite.com/ukiroosh
工房このか
場所|鳥取河原町本鹿271-1
メール|conokanocoto@gmail.com
https://www.facebook.com/koubou.conoka/
やなせ窯
場所|鳥取市河原町本鹿282
TEL|0858-85-0438
http://yanasegama.com