田口あゆみ
気配のかたち
#2 なくしたものに焦点を合わせる

失明し、米子に帰って7年。いまも光と影、全ての色やかたちに強く焦がれている。ここ数年はカメラを回して作品を作ることも。見えないのにどうして映像なのか、確認できないヴィジョンは本人にはどんな意味を持つのか? 視覚喪失後の世界で撮り続けて変わること/思うことを書いていきます。


見えなくなって初めて観た映画は、大森立嗣監督の『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』。失明してから2年ほど経ったころだった。

視力を失った悲しみは2種類あって、直後に捕らわれたのは、治療期間の不安や“失明”というイメージに増幅された正体のわからないもの。もうひとつは、ふとした瞬間に気づくリアルな喪失からくるもの。こちらは今でも存在する。もちろん実際に機能が失われているので見えない不自由さは一定なのだけれど、特に悲しく感じる瞬間がある。
多分これは大切な人を亡くした悲しみに似ている。誰かを失ったショックが通り過ぎても、急に寂しさが襲ってくることがある。きっかけはつらい思い出ではなく幸せな時間ではないか。大切であればあるほど、いない人が意識されて胸が痛む。
この“失った痛み”が生々しくて、しばらく映画を観るのを避けていた。代わりに視覚なしで歩くことや料理するなど新しい日常を学び、少しずつできることが増えると嬉しかった。意識していなかったけれど、新しいやり方を探すのは自分の“できない”ことを確認する作業から始まる。小さい“痛み”を重ねて少しずつ耐性がついていたのかもしれない。
映像記憶の他に頭の中にある映像に気づいたのもこの頃。周囲の情報を映像として処理する内部映像は情報が追加される都度変化する。今までと違う感覚を得たように感じるが、実は全くの新しいものではない。視覚が外部情報を伝えていたときは内部映像とぴったりリンクしていて気づかなかったのだろう。聴覚や触覚を使うようになると像が確定しなくなった。この違和感が、変化した感覚を浮き上がらせたと想像できるのが面白い。“見える”感覚は“みえない”とつながっていた。

雲の間から光が射す。確認できない美しさの景色(筆者撮影の映像より抜粋)

そのうち、どうしても観たい映画ができた。『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』。児童養護施設で兄弟のように育ったケンタとジュン、ジュンの恋人のカヨちゃんが新しい人生を求めて旅するロードムービー。邦画で字幕がないし、特殊な世界観ではないので映像がなくても少しは理解できそうに思えたのが背中を押した。
作品は素晴らしかった。3人が寄り添い、絶望的にみえる状況でも希望を追っていることに感動する。ちょっとカッコ悪いのが愛おしい。
映画を観はじめると使える感覚は全部映画に集中し、想像力は限界まで働こうとする。それでも全然追いつかない。この表情が見たい、動きが見たい、景色が見たい。もどかしくて鮮やかなほど痛みを感じるけれど、構わないくらい作品に夢中になって、ただただ涙が出た。映像は映画の魅力の大きな部分を占めていて、それを失ったこと、それ以外の音や空気に広げられる想像が思ったより豊かなことがハッキリ自覚される。
“みえない”ことばかりが意識されて映画を観る楽しみを失くしてしまうのではないかと恐れていたが、視覚なしでも、映画を観ることは素晴らしかった。

※このコラムのロゴは(公財)とっとり県民活動活性化センター「平成30年度非営利公益活動広報補助金」を活用して作成しました。

ライター
田口あゆみ

田口あゆみ

米子生まれの米子育ち。東京で編集の仕事をしていたが目を病んだことをきっかけに帰郷。人と機会に恵まれて自分で映像を作り新しい喜びに気付く。障害を得たせいか米子というコミュニティの特徴なのか、人との関わり方が以前と全然変わって面白い。出会いに感謝しつつ新しい視点の楽しさを伝えられたら、と模索中。