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2017.4.10

西野 達(アーティスト)#1
米子、すごくいい。この場所一目で気に入ったね。

鳥取県立博物館のシリーズ企画展「ミュージアムとの創造的対話01 Monument / Document 誰が記憶を所有するのか?」が2017年2月25日~3月20日に行われました。参加アーティストのひとり西野達さんは、ドイツと東京を拠点に活躍するアーティスト。世界中の都市で屋外プロジェクトを数多く手掛け、人々の常識やその地域の慣習を覆し、誰もがあっと驚く作品を生み出し続けています。
そんな西野さんが今回、県立博物館の建つ鳥取市から100キロ近く離れた県西部のまち米子市にて、大規模な作品を複数点制作するとの噂を聞きつけました。これは逃すわけにはいかない!と、制作の真っ只中にお話を伺いました。(※会期は終了しています。)


1960年愛知県生まれ。武蔵野美術大学で学び、1987年にドイツに渡欧。現在は東京とドイツを拠点に活躍。

― ものすごくお忙しいところお時間頂き、本当にありがとうございます。今まさに制作中ですね。

西野:そうだね、米子では4か所で3作品つくってるんだけど、昨日まで県立博物館でも新作を製作中でそれらもまだ途中なんだ。なので2・3日米子で制作した後は鳥取にとんぼ返りして展示室の作品を完成させ、オープン前にまた米子にもどってここの作品の最終確認をしなくちゃいけない。

西野さんお気に入りの米子市糀町の児童公園。江戸時代から続く住民の生活道路「小路(しょうじ)」が入り組む住宅地にある。

― 西野さんの屋外型の作品は、その場所の文脈を突如として覆すという力があり、多くの人を惹きつけるのだと思うのですが、いつ頃からこういったコンセプトで始めたのですか?

西野:1997年にドイツのケルンで発表したのが最初で、それから屋外での作品展開をはじめたんだ。街中のモニュメントを取り入れて小屋を建てリビングルームにした「obdach宿あり」というインスタレーション作品で、そこでは屋外と室内の逆転、公共とプライベートの逆転が起こっている。
その後、街灯をキッチンに突き刺して壁照明にしたり、大学の巨大な時計塔の時計と学食の普通の壁時計を交換したりと展開してきた。
最初のホテル作品は1998年にケルンで見せた「Hotel am Rhein」だけど、モニュメントを取り込んだホテルプロジェクトは2002年の「Hotel Continental」になる。シンガポールのシンボルであるマーライオンを囲ったホテル「マーライオン・ホテル」(2011年)は、2か月の宿泊予約が1時間で埋まったぐらい人気があって、金も贅沢に使わせてもらってシンガポールの国家プロジェクトみたいになったよ。日中は誰でも無料で観られるようにしていたので、延べ10万人ぐらいが訪れたはず。

― 10万人!ものすごい数ですね。

本展の滞在制作前には、近隣のコミュニティスペース「わだや小路」にてアーティストトークが開かれた。

西野:美術館やギャラリーでの展示だと見に来るのは美術評論家やコレクターや美術学生ぐらいで、非常に限定された狭い世界になってしまう。ドイツの美術学生のころ、草間彌生を扱っている当時有名なギャラリーで展覧会をしても訪れる人はものすごく少ない。もちろんその観客数は俺の実力でもあったのだけれど、しかし関係者だけで回ってるアートシーンに嫌気がさしたのも確かなんだ。
俺はアートの享受を人の権利と考えているので、作品を多くの人に見てもらわないと意味がなくなってしまう。基本的には作品を屋外で展示し、普段あまりアートに興味がない人を観客として想定しているんだけど、最近は美術館からの依頼も増えてきてアートシーンに近い場所でも発表してるよ。その場合でも「通行人をいかに美術館に引き入れるか」が、一つの重要なテーマになってくるんだ。

― 国内で作品発表される機会は少ないと伺いました。なぜですか?

 西:日本での屋外作品は許可が下りないことが圧倒的に多くて、これまで日本で作品発表したのは4・5回しかないね。それもほぼ毎回私有地でやってる。今回も同じ。でも、パブリックな施設からの依頼で野外展示という企画は初めてだな。俺のような作品を作っていると、そもそも公共の美術館から作品依頼の話が来ることなんてほとんどないからね(笑)。

昭和初期に建てられた米子市糀町の平長屋が制作現場のひとつ。児童公園に面している。

― 今回、なぜ屋外制作に米子を選んだのですか?

西野:誤解を恐れずに言うけれど、米子は良い感じで寂れてるんだ。俺が作品を制作している米子の旧市街地は、細い路地(江戸時代からの生活道路で米子では「小路(しょうじ)」と呼ぶ)が迷路みたいに入り組んでいる。建築基準法で幅の狭い道路に面している土地には新築が許可されないことから、ほぼ昔のままの姿が残っているそう。
経済的に潤ってる大都市だとそういう状況は生まれないよね。駅近くの土地はまとめて買い取られて大きな道路を通しマンションを建ててしまう。そういう流れは都会では止められないけど、しかし米子では幸いにしてそれは起こらない。
旅行者の勝手な思いだけど、米子は今のまま歴史のテーマパークとしてこの姿を保ってほしいな。

《続く》


西野 達
1960年愛媛県生まれ。日本とドイツで美術を学び、現在はベルリンと東京に拠点を置きながら、世界各地の舞台を都市を舞台に、公共空間に介入し人々の慣習や常識を打ち破る挑戦的なプロジェクトを数多く手がける。
tatzunishi.net


 

ライター
水田美世

水田美世

千葉県我孫子市生まれ、鳥取県米子市育ち。東京の出版社勤務を経て2008年から8年間川口市立アートギャラリー・アトリア(埼玉県)の学芸員として勤務。主な担当企画展は〈建畠覚造展〉(2012年)、〈フィールド・リフレクション〉(2014年)など。在職中は、聞こえない人と聞こえる人、見えない人と見える人との作品鑑賞にも力を入れた。出産を機に家族を伴い帰郷。2016年夏から、子どもや子どもに目を向ける人たちのためのスペース「ちいさいおうち」を自宅となりに開く。

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