永井伸和さん(株式会社今井書店グループ 相談役)#2
一隅を照らす知の育成

長らく山陰の出版文化の育成に務めて来た永井伸和さん。今年1月に今井書店グループの代表役を退き相談役となったいま、これからの書物の未来について伺った。


― 出版事業だけでなく、多方面で地域の知を底上げする活動をされて来たと思いますが、とりわけ印象に残っているものとして何がありますか。

1976年に、米子に美術館がなかったため、当時の米子市文化協議会会長の松田勝三さん、日本海新聞米子支社長の影井亮さん、画家の梅原宏治さん達の提案で、「これだけ利用者がいるんだ」という証をとギャラリーを作りました。初期のギャラリーの集いには、写真家の植田正治さん、当時の教育長だった友松康雄さんをはじめ30人くらいが集まり、それが米子美術家協会の運動に呼応して後の米子市美術館の下敷きとなりました。
1983年に西部はギター奏者の門脇康一さん、中部は作曲家の山本喜三さん、東部は作曲家であり指揮者の新倉健さんが世話人となり、音楽家の集まり「音の会」を有志で立ち上げました。ギャラリーやホールを会場にサロンコンサートを始め、1987年には『生ましめんかな』で知られる原爆詩人栗原貞子さんの詩を白石由美子さんが歌い、詩人の山本清三さんがスペイン内乱の反戦詩人ロルカの詩をギター伴奏で披露するという「平和コンサート」を鳥取市文化ホール、東伯町のカウベルホール、米子市公会堂で開きました。「音の会」の活動が2002年の国民文化祭のオペラ公演に役立っています。

― そうした文化活動だけでなく、1987年には「ブックインとっとり‘87 日本の出版文化展」と銘打った、地方書店では接することの少ない専門書や文芸書など3万点を集めて展示するイベントを構想し、実際に開催されています。さらには、地方出版の活性化にとどまることなく、知の基盤としての図書館の役割について強調されています。

「ブックインとっとり」の愛称は「本の国体」。1987年当時、県民の実行委員会が手づくりの模擬図書館として、開きました。全国一遅れていた市町村立図書館の振興と読書推進を目的にしています。鳥取市3日間、倉吉市3日間、米子市4日間で、延べ10日間に県人口の1割を超す6万7千人が参加しました。その模様はNHKのETV8文化ジャーナル(45分間)で全国放映され、注目を集めました。
図書館は市民の知のインフラです。「図書館の自由に関する宣言」には、こうあります。「図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することを、もっとも重要な任務とする。この任務を果たすため、図書館は次のことを確認し実践する」。民主主義の根幹を成す大事な役割が図書館にはあるのです。
しかしながら図書館とはあくまで本を借りる場所であって、基本的人権や知る権利、表現の自由に関わることだとは、利用者はあまり認識していないでしょう。あるいは働いている司書にしても、そこまでの専門性を普段から要求されていないと思います。そこは欧米とはなはだしく異なるところです。

― 欧米と日本の図書館の社会的役割の根本的な違いとは?

かつてヨーロッパは教会や王が知識と情報を独占していました。やがて市民革命を経て、知る権利を市民が勝ち取っていきました。アメリカはヨーロッパと異なりながらも、開拓したまちには広場と教会、議会と図書館を設けましたし、市民の働きかけにより公共図書館が設置されて来たという歴史があります。いずれにせよ図書館は生きていく上で、あるいはコミュニティには不可欠だという意識が日本人にはありません。
図書館の問題に関心を持った時、変人扱いされました。書店や出版社、時に作家にとっても「無料で借りられるから本が売れないのだ」と言いたい相手、いわば図書館は天敵という訳です。けれども後世に残すべき本を図書館が買い支えることによって、図書館は市民社会の表現の自由と知る権利を保障する礎ともなるのです。
出版界も図書館界もムラ社会の側面がありムラの中にまたムラがあります。互いを隔てる壁を壊すべく、私なりに地域から変えていくことはやって来ました。どれくらい実現できたかと問われれば、道半ばではありますが。
地方創生を言うなら上からではなく地域からの自発性がないといけません。その立ち上がる環境をどのように整えるか。やはり地域の知のインフラ、図書館の役割は大きいと思います。

― 今後の出版の可能性について思うことはありますか。

例えば紙と電子書籍について言えば、両者は補完関係です。ただし電子書籍についてはひとりひとりの人間の発達段階を考えた方がいいと思っています。ある時期や状況によってはページをめくることや本の重みを感じるといった身体性は大事だと思います。
その一方でデジタル化は視覚や聴覚、知的にハンディを負った人にとっては福音になりえる可能性はあるでしょう。ひとりひとりの意欲に寄り添うのが教育の原点であるならば、デジタル化は必然的に多様性と向き合うことになります。それはいちばん陽の当たらないところに光を当てようとすることになっていくと思います。またデジタル出版は、「誰でも書ける時代」を切り開いて出版と読者の多様性の方向に向かっています。表現の自由はひとりひとりの書き手と読み手のひだひだに存在します。しかし、グローバル資本主義による国境を越えた画一化を見逃せば多様性は成り立ちません。世界をのっぺらぼうにしたら言論の自由もなくなります。
画一的な中央集権の現状だけを追認していたら、多様性は成り立ちません。ひとりひとりが学び考える市民になる。時間はかかるけれど対話を通じて土壌をつくり、すそ野を広げる。そういうことが大切だと思います。そんな取り組みにつながる地方自治と出版や図書館の文化を21世紀の主役たちに育んでもらいたいのです。

写真:水本俊也

《終わり》


永井伸和 / Nobukazu Nagai
1942年米子市生まれ。山陰地方最大規模の今井書店グループの会長を2018年1月まで務めた。読書運動の推進や地方出版の育成を通じた、本による地域文化づくりに長年寄与。三代今井兼文のドイツの書籍業学校(現メディアキャンパス)に学ぶべきという遺志を継ぎ、1995年1月米子市に本の学校と実習店舗を設立。2012年3月1日より、特定非営利活動法人「本の学校」となる。1991年にサントリー地域文化賞受賞。2009年、第57回菊池寛賞を今井書店グループと「本の学校」として受賞。今年1月に41歳の島秀佳社長が誕生し、従兄弟の今井直樹さん、田江泰彦さんとともに代表権を退き、現在は相談役。

特定非営利法人「本の学校」
鳥取県米子市新開2-3-10
Tel: 0859-31-5001
Fax: 0859-31-9231
www.honnogakko.or.jp/
b-schule@imaibooks.co.jp

株式会社 今井書店
https://www1.imaibooks.co.jp/book/

ライター
尹雄大

尹雄大(ゆん・うんで)

1970年神戸生まれ。関西学院大学文学部卒。テレビ制作会社を経てライターに。政財界、アスリート、ミュージシャンなど1000人超に取材し、『AERA』『婦人公論』『Number』『新潮45』などで執筆。著書に『体の知性を取り戻す』(講談社現代新書)、『やわらかな言葉と体のレッスン』(春秋社)、『FLOW 韓氏意拳の哲学』(晶文社)など。最新著書『脇道にそれる:〈正しさ〉を手放すということ』(春秋社)では、最終章で鳥取のことに触れている。